第52話 愛しき者に

魔界軍が幻界の主要都市『グリザイヤ』を攻略する為にと、グリザイヤを防御している防衛衛星都市を制圧しようとしていた時、その一つに於いて魔界の重鎮の一人―――竜吉公主が不穏な空気の中その気配が不明な処となってしまった。 他の5つを攻略していた者達は自分が担当している処をお座成ざなりにしてまで公主の行方を捜す―――などと言う愚を犯したくなかったので、自分が担当している処を手早く済ませて駆け付ける……と言うのが暗黙の了解でした。

ところが―――この異変を知り単独で動いた者がいたのです。 その者こそ竜吉公主の眼に留まり、「士官学校」に通っていた時分に全面的な支援を受けたベサリウスだったのです。


普段の彼は、どことなく「のほほん」としていて、どことなく捉え処のない男でした。 しかし公主はその彼の隠された才能を見抜いていた。 戦争に於いて敵国が嫌がる事を率先してできる―――「参謀役」……そのお蔭で一度公主も辛酸を嘗めさせられたものでした。 けれど逆に公主自身が目を付けた才能は間違いがないと言う事を改めて思い知らされた……公主自身が捕縛され恥辱の憂き目に曝されたとあっても、もう既にそんな事は公主自身の中でどうでもよくなってしまっていた……そして今回、その竜吉公主が何らかの手で行方が不明とさせられた。

自分の事を認めてくれた人物が遭難してしまったのに、自分が救助に向かわないのは矜持に反する―――ベサリウスが公主の目に留まった一つの要因に、その義理堅さがありました。

ただの“遊び”相手だった友人が殺されてしまった時、彼女の無念をそそぐべく彼女を殺した者を殺した―――しかしながら彼が殺した者は地位も家柄も上級だったものだから、捜査機関もそうした事情を取り調べもせずベサリウスを捕縛、収監したのです。

そうした一部始終(ベサリウス逮捕・収監)を見ていたのが竜吉公主でした。 捜査機関に逮捕されたとしても動じるでもない―――どころか、どこか達成感にも似た清々しさが見て取れる表情をしていた。 そうした処が気になった公主は、ベサリウスが逮捕・収監にまで至った事件の事を独自で調べ上げ、彼ほどの才ある者をこのまま失ってしまうのは勿体ない……そうした感情の下、ベサリウスを保釈させる代わりに「士官学校」で学ぶことを条件に、そしてまた近未来に於いては『聖霊』の……自身の役に立ってもらう様投資(入学金・授業料etc…)したものでした―――が。

「士官学校」と言う事は魔王直属の軍である「魔王軍」と直接関連がある―――ベサリウスの優秀な処は当時の魔王であったルベリウスの耳にも届き、彼の「士官学校」卒業を期に自身の軍である「魔王軍」「総参謀」の地位を与えて厚遇するなどで抜擢したのです。


しかしここで腹の虫が収まらなかったのは竜吉公主で、自身が私財を投じて支援をしてきたのに『横取りをされた』という感情に至り、そしてまた当時をしてルベリウスが豹変した時期と重なったので、彼女自身冒険者のフリをするなどして反乱者レジスタンスへの支援を本格化させたのです。


         * * * * * * * * * * *

それはさておき―――公主が行方を断った場所へと急行したベサリウスは……


「あんたか―――うちんとこの竜吉公主サンをどうにかしてくれたのは。」

「ほう……あれが悪名高い魔族の幹部の一人竜吉公主だったとはな。」


「フン…ラプラスにしちゃその程度なんだろうが、“オレ”達にゃなくてはならないお人なもんでね。」


すでに陥落してしまった防衛衛星都市の一つ、なのに無駄に抵抗をしてくるラプラスの『時空魔導士』。 普段は冷静なはずのベサリウスも感情的になったものでしたが―――


「フ…フフフン―――何だお前、やけに感情的じゃないか。」

「うるせえ!あの人はなあ……“オレ”を認めてくれた―――愛情を注いでくれたもんさ。 そのあの人を、お前らの様な下衆な連中に!!」


「なるほどな……つまりお前もあの女の事を愛してた―――って事か。 そいつは悪かったな、愛する2人を引き裂いて。 だがな…こちらもそう言うのはゴマンといるんだよ!!」


その、『時空魔導士』からのふとした何気ない一言に、ベサリウスは耳を疑いました。


『“オレ”が……あの人の事を―――?』


ベサリウスが竜吉公主からの愛情を一身に受けていることは、ベサリウス自身も理解していました。 しかし、今言われた様にベサリウス自身が竜吉公主の事を愛している―――…少し残念な事に、彼には“恋愛”と言う感情はありませんでした。 とは言え、以前親しくしていた異性の友人が殺害された時にその仇を取ったのは「義理だけ」だと思われていました。

{*実際、竜吉公主が彼の事を調べて行く際に「義理」の部分だけではなく、殺された彼女を「愛していたから」と疑った部分はあったようだったが、その後の調査で「恋愛」の感情がなかった事に、ならば自分こそを恋愛対象にしてみせようとした部分はあるみたいで…}


それに公主からの熱すぎる支援を受けても「恋愛」にまでは発展する事はなかった。 けれどそれが、彼が「無自覚」だったならば……?

そこを敵であるラプラスの『時空魔導士』から指摘されて、一時的に彼の行動に躊躇ためらいが見え始め―――た?


「その首貰い受けた!」


気が付けば、自身に迫り来る凶器―――その事に防御態勢を取ろうとするも、時すでに遅し……???


「何をしているベサリウス。 敵前で呆けるなど貴様らしくもない。」

「(!)ウリエル様……も、申し訳ねえです。」


彼の身に迫る危険を未然に防いだのは、ベサリウスや竜吉公主と因縁浅からぬ人物―――『神人』“地”の熾天使ウリエルでした。 しかも…


「(フッ)私が担当していた処はすでに陥落おとしてきた。 それに彼の3地点もやがては……なあラプラスよ、公主殿をどうしたかは知らないがお前がやったこととはお前達の首を絞めるようなものだったのだぞ。 大人しく敗北の味を味わっていれば良かろうものを……なあ。」

「くうぅっ…!ならば貴様らも同じ目に遭わせてくれる!!」

「無駄な足掻きを……公主さんをどうにかした処でお前サンの魔力も尽きてるだろうに。」


―――こうして、竜吉公主を異世界に追いやった『時空魔導士』はウリエル、ベサリウス両者によって討たれました。

……が、ベサリウスにしてみれば『時空魔導士』に言われた事が気になっていた―――とにかく気になっていた……ので。


「あ、あのう……ウリエル様、少し伺っても?」

「なんだ、どうした。 お前が私に何かを聞くというのは珍しいな。 いつもは公主殿に聞いているのに。」(ニヤニヤ)


「オ、オレが……そのう、公主様の寵愛を受けていたのは知っています―――が、そこはそれ、あの方は『聖霊』の重鎮だから自勢力の発展と補強の為に……と、思ってたんですが―――もしかすると個人的にも??」

「公主殿が一個人にその愛情を注ぐ―――それはこれまでにもよくあった事だが、お前に関しては事情が違ってなあ~。 お前が「士官学校」を卒業した折にルベリウスの処に行っただろう、その事に公主殿は相当業を煮やされて、あのヴァーミリオン達もたじろいでいたものだ。」


「ま……まああ……そこんところはあの人を捕虜にした時に思い知らされましたよ。 けど、だからといってがあの方に対して恋愛の情を抱くなんて―――」

「いくら鈍いお前でもようやく分かるようになったと言った処か。 まあ視ている私達は面白くはあったがな。」


「(は)はああ?な、なに面白がってるんですか!! じ、じゃあ…て事は、ヴァーミリオン達や“我がマイ・マスター”までも??」

「斯く言うシェラザードは『はよ結婚しろや』などと言っていたものだったぞ。 見ていて相当もどかしかったのだろうな。(笑)」


知らなかったのは彼自身なりけり、周囲から見たらバレバレだったのに一向に進展しないと言うのは、全身にむず痒さが迸る感覚に似たような処があったようです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それはさておいて、グリザイヤを取り巻く防衛衛星都市の総ては魔族の手により陥落おちました。 これによりグリザイヤを防御していた結界は消失し、“人間”の国家であり一大都市に異形の種属「魔族」が跋扈ばっこし始めたのです。

自分達とは違う異形の者に恐れを抱き、泣き叫び許しを乞う者までいました。 現に教会からの教え刷り込みによって、『自分達とは違う異形の種「魔族」は暴虐にして残忍である』と言うのが蔓延していた事も手伝い、そうした事をする者が続出したものでしたが……

不思議と―――自分達一般市民には手を出さない……?  教会が言っている事と違う?  ならば教会が言っていた事とはなんだったのか…

宗教の怖い処はこう言う処にある―――それまで信じて聞いていた言葉が、急に信じられなくなった。 しかもこれに味付けされるように……


「皆さまお気づきになりましたか。 これがあなた方が信じていた“神”の教えなのです。」


自分達の現在の想いを肯定するかのような声―――その声がする処を振り向いていれば、いつも自分達が通い詰めていた神殿に仕える『修道士』『神官』『司祭』の身形みなりをした者でした。

ただ……いつも自分達が見慣れていた者達と違っている処があるとすれば…

             ―――“”―――

しかしなぜ、黒い『修道士』『神官』『司祭』の身形みなりをした者が、こんなところに??


「私もなるまでは、誇らしき―――そしてまた敬虔なる“神”の使徒とそう思い、“神”への祈りを一日として欠かしてきた事はありませんでした。 けれど―――教会の一部の勢力から異端である事を疑われ、私は“人間”としての尊厳を蹂躙ふみにじられました。 そこへ異界の“闇”からのいざないを受け、なってしまった次第であります。 しかしながら私は、この自分の判断が間違っているとは思いません。 何故なら、あなた方庶民がつましい暮らしをいられているのに、私を糾弾した教会の一部勢力は贅沢三昧、今日もまた“神”の名の下に山海の珍味に舌鼓を打っている事でしょう。

それになぜ私がここまでの事が言えるのか。 それは知ってしまったからです……教会の敵と為る事で、現在教会に巣食う巨大な“闇”の存在を。

さあ逃げたければ今の内にこのグリザイヤから離れなさい、そして各地に点在している街や都市にこの事実を流布して頂きたいのです!!」


魔界軍を率いる魔王は、ラプラスではないこの世界の“人間”達にまで類を及ぼすことはない―――その想いから、元々こちら側の“人間”でありながら冤罪の憂き目に曝された『司祭』クローディアに協力を仰ぎました。

そしてこの計略は見事嵌った―――いつもは幾万・幾百万でごった返す幻界一の大都市も、今や人っ子一人としていない。

魔族vsラプラスの構図は出来上がりました。


        * * * * * * * * * * *

「なに? グリザイヤに魔族と見られる者が多数確認されておるとな?」

「はい―――そのようで。」


「ええい、防衛衛星都市の連中は何をしておると言うのか!日頃係る不安材料のないよう言い含めておったと言うのに。」


グリザイヤにある神殿の奥で、惰眠を貪っていた『賢者』の耳元に入って来た情報とは、彼女の機嫌を一撃で損ねるには十分に足り過ぎていました。

それにここの処良くない事ばかり続く―――直近で言えば、『賢者』自身も関わりのある『三聖者』の一角である『聖女』がにより殉教してしまった。 彼女の代わりを選定しなければならないと言う時に、今度はグリザイヤが魔族によって侵入の憂き目に遭ってしまった??

とは言え悪い事ばかりだけではありませんでした。 それというのも『賢者』が魔界の中で一番に警戒していた存在達―――それが、ヴァーミリオン率いる「古の英雄」だった……。 けれども彼の者達は肝いりの策略によって全員亡き者にした。 これによって自分達を脅かすような存在はいなくなった―――そう思っていた処に…


「ようやく辿り着いたぜ……こんんんのクソヤロウ!! 私の鉄拳一発や二発じゃ済むもんだと思うなよ?こんにゃろー!!」

「なっっ……お、お前は―――『グリマー』?! 貴様は我等と同じくその“”を抜いて、自意識・自我共に失ったものだと思ったのに……」


「へンッ!お生憎様、私にゃ“悪友よきとも”がいたからね―――あいつのお蔭で私は“私”を取り戻せた……なにもかもお前の思い通りに行くと思ったら大間違いなんだよ!!」

「なるほどな……そう言う事があったのか。 しかし―――浅はかよな、考え様によってはここで討ち果たすのもまた一興よ。」


「以前私は……お前達によって不覚を取った。 “その気”になれば足掻いてでも抵抗しても良かったんだけどさ―――だけど私はそうしなかった……あんたなんかにその事が判る?」

「判らぬなあ?所詮は魔族の世迷言―――あの時は貴様を堕落させることによって、その身に宿す“グリマー”の素を抽出し、いずれあの魔王が持っているとされる『闇の衣』を無効化させる算段であったが……もう、よい、ここは我が“神”がおわす御座所の様なもの、“神”力がみなぎるこの場所では『闇の衣』も役には立つまいて!」


彼女と彼女は―――これが初対面ではない。

彼女―――シェラザードは元エヴァグリムの王女……だったのでしたが、彼女―――『賢者』率いる『勇者』一行に自国を攻め落とされ、難を逃れるために逃走を繰り返していましたが、運が尽きてしまったのか囚われてしまった……そして魔王カルブンクリスが持つ『闇の衣』に対抗すべく、シェラザードが持つ『グリマー』を利用して『闇の衣』を無効化させる物質―――『光の珠』作成の為にシェラザードのココロを挫こうとしたのですが―――失敗に終わってしまった。

とは言え、こうなってしまったそもそもの原因が判ってしまった―――知ってしまった。 ならばあとはどうするか。 そんなことは聞くだけ無用―――


きたれ―――『勇者』よ、わたくしを護る盾となり、敵を薙ぎ払う剣となれ!!」

「(『勇者』……)『勇者』ぁぁあああ゛! お前だけは赦さん!!」

「あの時のエルフの王女か……あの場で馘を刎ねてさえいれば、こんな事にはならなかったものを。」


「へンッ―――お生憎様、私はこんなにもピンピンしてるよ。 そぉぉぉれにあの時私を殺さなかったお前達の不明、思い知り今一度噛み締めるがいいさ!」


『賢者』憎し、『勇者』憎しで息を巻くシェラザード。 しかし―――ここには彼女だけではなかった……


「落ち着きなさい―――シェラザード。」

「魔王―――様……」


「君が、君の怨みを払拭させるのは一向に構わない。 ああ構わないとも。 だがね……」


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