第50話 “終末をもたらす者《アンゴルモア》”

『「三聖者」の一角が崩された』―――この一報は瞬くの間にラプラス側にも、また魔界軍側にも広く知れ渡りました。

特に、かのいにしえの英雄達を欠いてしまっていた魔界軍側には士気が上がる良い機会でもありました。


片や、自分達の同志の一人が失われた事に、「三聖者」のトップの思惑は……


(なんと……よもや『聖女』殿が倒されるなど。 しかし彼女の今回の任務は、今現在魔界にと逃げ隠れている“元”『女司祭』の異端審問の為―――私は、あのような末端の者など捨て置くがよいと言ったのに……だが『聖女』殿はかたくなに聞き入れず、『彼の者より重要な情報が漏洩されたらどうするつもりか』と―――そこで仕方なく派遣を承諾したものだが……)

「これは、一度我等が神の思召しを聴かねばならぬか。 ゆえに『大司教』殿、その間の取り次ぎよろしく頼みますぞ。」


『賢者』は、自分達の組織の「教会」の中心人物の一人である『聖女』の死の悼みと同時に、彼女が欠けた穴埋めをどうすべくか―――その事を彼女達「教会」が崇める“唯一神”に相談する為、一時的に後事こうじを『大司教』に託しました。


『大司教』とは、ラプラスの世界の宗教上の権威である「教会」の最高位聖職者であり、『神父』『枢機卿』『司祭』『僧侶』『修道女』を束ねる者にして“象徴シンボル”と言えました。

そんな者でも『賢者』の持つ権力・権威には程遠く及ばなかった。 なにしろ『賢者』は『勇者』達と共に戦場を駆け、この「教会」内に於いては“唯一神”と交信・交流・交渉が許されている存在……


それに―――……


おかしな話にはなるのですが、「教会」と言う組織に所属はしていても、『賢者』を除く誰一人として、自分達が崇める“唯一神”の実態を知らなかった。

それは、斯く言う“元”『女司祭』だったクローディアもそうなのでしたが……


しかし―――は機密事項……


『なぜ異世界である魔界を侵略しなければならなかったのか』――――よりも

『崇める対象の実態も知らないのに、なぜ無条件で崇めていられるのか』――――よりも

『ならば、自分達が崇めている対象の実態とは?』―――よりも……


それは、絶対に表沙汰にしてはならない事実。


しかし、『賢者』は、知っている……

その淫らな肉体を重ね合わせた事があるから―――その淫らな肉体を“唯一神”に捧げていたから……

自分達が崇めている対象―――“唯一神”こそは、「神」……とは言えど、“よこしまなる”「神」。


        * * * * * * * * * * *

しかしながら、『賢者』も元からこう言った性格ではありませんでした。 彼女もまた、“邪”「神」の被害者の一人。

元は敬虔けいけんな宗教人だった彼女も、『賢者』として目覚めたのが運の尽きでした。


出身である片田舎で敬虔けいけんな『修道女』として仕えていた時、突如“神託”と称して自身が『賢者』なる者だと知らされた。

それからと言うものは訳の分からないままにグリザイヤまで連れて行かれ、「教会」総本部である『大神殿』の更に深層部に於いて、自分達が「神」として崇めた対象の実態を直視してしまった時、一瞬の内に彼女は“邪”「神」に取り込まれる事になってしまったのです。

ゆえにこそ、これまでに記述されてきた彼女の言動の多くは、彼女本人でありながら彼女本人ではない―――なにしろ“よこしまなる”「神」『アンゴルモア』の一部になってしまった様なものなのですから。

そう……いわば『賢者』とは、“邪”「神」アンゴルモアの「スポークスマン」であり、「アナウンサー」なのです。

とは言え、その口から紡ぎ出される事は、もはや「神」の代弁。 背く事は、一向に許されない。 ゆえに、一度背いたことのある“元”『女司祭』クローディアは、大罪人でもあったのです。


そして―――大神殿最奥部……その場にて鎮座していた者こそ、“終末をもたらすアンゴルモア”……


「ああ―――我が神よ、どうか……どうかこの迷える子羊めに、その無償なる愛を!」


このラプラス達の世界の「聖」なる場所で、聖らか《きよらか》なる力が充満し集中する場所で鎮座している存在とは、「神」という心証では到底考えられない程の邪悪さを醸していました。

とは言え、例え邪悪さを醸していたとはいえ、「神」は「神」。 ゆえに“善”であろうが“悪”であろうが関係はないのです。 なぜなら……この場所こそは、「神」を奉り、「神」が住まう『神殿』なのですから。


そうした場所で、邪神は『賢者』の肉体を貪り尽くす……性欲を絞り尽くす。

なぜ、古代や中世の歴史の中で、生贄は「子羊」や「子山羊」の他に、「処女」が殊の外重要視されたのか。

何故斯くも「神」は、「処女」ばかりを好むのか……説明の余地は、ない―――

しかも『賢者』も邪神に魅入られてしまってからは、邪神からどんなにか乱暴に扱われようが、それが彼女の至福だった……己の淫らな肉体を嬲られている間、『賢者』は策謀を巡らせる……この先どうしたら戦局は覆させられるか―――この先どうしたら自分達の大敵である『魔王』と『グリマー』を排除できるか……

黒いもやに包まれた不確定、不確実な存在の上になり下になり巡らせる。 “邪悪”の“よこしま”のをその身体に受け入れ、恍惚に浸る『賢者』。


果たして魔界の―――魔王の、『グリマー』の運命や、如何に??


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


余談―――としては、この時『賢者』が訪れた『大神殿最奥部』は、「教会」に於いても最機密重要事項トップ・シークレット

例え同じ「教会」に所属していても、『賢者』しか立ち入る事は赦されないし、警護セキュリティの点で鑑みても、“解除式句パスワード”を知るのは、『賢者』ただ一人のみ……。


ではなぜこういう記述が為されるのか。 その理由はただ一つだけ……


そう―――『賢者』が厳重な警護セキュリティを解除して入る様を、『賢者』の影に潜んであまねくを見ていた者がいた……


『(ふうーん……こいつは中々厄介ですねえ。 今回の、本来の目的の場所への侵入方法―――まあ、“解除式句パスワード”は4桁の簡単なものでしたが……「もう一つ」―――“キー”ともなっているあの女自身の「生体認証」ですか……。 それも、身長・体重・骨格・血液型・瞳の色・肌の色・髪の色……あとそれと魔力の波動・波長まで一緒じゃないといけないとは。)』


あらゆる物体や、あるいは“闇”に潜み、渡り歩く存在―――「忍」……そんな存在に、『大神殿最奥部』に入る為の所作をあまねく見られてしまっていた。

それは、“解除式句パスワード”やら“キー”ともなっている『賢者』自身の生体認証ヒ・ミ・ツまでも―――特に、“キー”ともなっている『賢者』自身の生体認証は、『賢者』認識されない仕組み……


『(ま、そんなものも、この私にかかれば意味ないんですけどねぇーーーニシシシシ…)』


『賢者』本人でなければ駄目なものを、『賢者』本人ではない忍が『意味ははない《問題はない》』と言う。

しかし、どうしてそんな事が言えたのか―――それは……


その忍―――『加藤段蔵』なる者が、仲間達が集う“溜まり場所”に顔を覗かせた時、それは語られることになるのでした。


         * * * * * * * * * * *

「おっ―――、その様子だと楽な仕事だったようだなあ?」

「ええ、まあ―――解除式句パスワードの方は「4269」。 なあーんの捻りもないでした。 けどちょっと厄介な事が……」

「どうしたの―――?」


「いえね?実際の“キー”となってるあの女自身の生体認識……要するに、『あの女そのまま』じゃないと解除できないみたいなんですわ。」

「それはまた難儀な。」

「とは言え、『出来ない』って事は言わないのでしょう?『加藤段蔵』。」


「へへへッ―――冗談キツいですよ?『静御前』。 この私を一体誰と思ってるっていうんですかあ? とは言っても、まあ……時間がかかるって事にゃ間違いないですけどね。

それより『破界王ジャグワー・ノート』?どうしたんです。」


「いえ……それがですね、この手折れてしまいそな一輪の花の如きのわたくしに因縁つけてくれやがった女が、この世界でも名のある『聖女』だったとは……わたくしも、そうと知れればもう少しばかり遊びたかったのですけどねえ―――――…」(青色吐息)


「(いやいや、おまいが言ってる“遊び”ってヤツは、瀕死の獲物を嬲って殺すって言う、肉食獣の性質それだからなあ?)」

「(しかし―――ねえ?その『聖女』って人も運がなかったわよねえ~。 ちょっと前の私を思い出しちゃったわ。)」

「(あの、お言葉ですが……あなたの「ヤラカシ」を“運”だけで済ますのは倫理上どうかと。)」

「(とは言え、今の実証を聞いて私は非常にガッカリだ!! 嗚呼……この世界にもいないものか、この私をく―――…)」

「(お黙りなさいね?『覇王ウオー・ロード』。 しかし……『破界王ジャグワー・ノート』の“遊び”にも未満みたないもので壊れてしまうなんて……この世界の者達も「取扱コワレモノ注意」なのでしょうか?)」


この地、グリザイヤにある彼らの“溜まり場”で、様々な事が話し合われていました。

その中でも重要と見られるもの―――かの『大神殿最奥部』の侵入の仕方。

そう……それは、それこそが“彼ら”がこの世界にいると言う理由。

とは言え、侵入不可能とされている「教会」でも極秘中の極秘の扱いとなっている場所に、一体何の目的が??


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一方―――『聖女』が何者かによってたおされたと言う事を、クローディア経由で知った魔界軍は。


「それは本当ですか―――!?」

「はい、幸い……と言っていいのか、この私は元ラプラスの『司祭』の地位にあり、かの「三聖者」の事はよく見かけておりましたので……。 そして今回その一角を担う『聖女』が、彼女率いる『異端審問官』と現れた時、私も運命と言うものを覚りました。

ところが―――です、私が追手から逃れる道中、私達と同じ様な『聖職者』の身形みなりをした女性が、私の追手を払いのけてくれた……どころか、勢いで『聖女』をも撃破してしまったのです。」


「ふぅぅむ―――…」

「どうしたの?ササラ。」


「ああ言え、私が師であるジィルガから聞かされた事から言えば、『賢者』『大司教』そして『聖女』とは、ラプラスの世界を取り仕切る「教会」の最高権力者の三人……それが「三聖者」なのです。

その一角が、過程がどうあれ崩された……ここは、この機は絶対に逃してはなりません。

残る最重要拠点「アンカラ」を竜吉公主様―――魔王様とシェラさんはそのまま進撃を続けてグリザイヤ正面に着陣。 その後詰としてウリエル様、ガブリエル様、ラファエル様―――そして大本営をあずかるのは不肖『黒キ魔女』たるこの私が務めます!」


ラプラスの中枢機関「教会」が抱える3つの実力者、「三聖者」……その一角である『聖女』が何者かによって葬られた―――それが総ての契機と呼べました。

そしてこの好機を逃すことなく、ラプラスの都「グリザイヤ」への進撃が伝えられる。 既にグリザイヤに距離を近づけていた魔王とシェラザードは、「兵器神仙」こと那咤と共にグリザイヤ大正門の真正面に陣取り、その彼女達の援軍として駆けつけるのは神人族「エンジェル」の四大熾天使の3人。

そして残してはおけない最重要拠点の攻略を竜吉公主に任せた……


ただ―――この様相だけをみてみれば、魔界軍有利にもみえるのですが……


『油断大敵』―――と言う言葉も、忘れてはいけない……



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