第49話-① “弱者《ヒツジ》”のフリをして、獲物を狩る“狼《ケダモノ》”

この“語り”は、本編では描かれなかった事の「一部始終」が記されたものである―――


魔界のある町に於いて、まるで隠れるように生活を営んでいたクローディア。 その彼女は元々はこの魔界の住人ではありませんでした。

そう彼女は、クローディアは、エニグマの襲撃によって壊滅してしまった、グリザイヤにある「大神殿」唯一の生き残り。

そこを、『賢者』から謂れなき罪の烙印を押され、クローディアは罪人つみびととして生を終える処でした。

そんなクローディアを救った存在こそ、グリザイヤ大神殿を襲撃し、多くの聖職者たちを亡き者にしたエニグマ本人。

ですが、クローディアはそんな事は知らない……そんな真実は方が好い―――

自分自身をと切り捨てた「教会」よりも、自分自身をと手を差し伸べて来た「“闇”の化身エニグマ」……一体どちらに傾倒してしまうかは、判り切った事。


そして今、クローディアは魔界に馴染み、その地域の住人と苦楽を共にして過ごしていました。 そんな彼女の平穏を破るかのように、「教会」の『異端審問官』や『処刑人』、『聖女』がクローディアの前に立つ。


一方、『聖女』を筆頭とする異端審問院にも意地がありました。 「教会」の綱紀粛正こうきしゅくせいうたい、罪人つみびと咎人とがびと何人なんぴとも許すまじの精神。 皆一様にして異様な雰囲気に表情をして、クローディアを確保しようとするのですが―――…思わぬ処で阻まれてしまった。

そしてよく視てみれば、自分達を阻んだ者も自分達とよく似た服飾、「聖職者」のを模している?

いやだがしかし、その者は自分達の「教会」にはいなかった事が知れると、やはり口調の方もキツくなってしまうと言うのは道理であり…


「あ・の、どこのどなたかは知りませんけれど、他人に頼み事をするのにそんな命令口調では従いたくとも従いたくもなるものですよ。」

「なんだと、うるさいぞ! 所詮お前もこの穢れた世界の住人……そして聖なる我等の真似事をする「紛い者くずれ」だろうが!」


「あらあら、なんとも口の悪い方々なのでしょう、仕方のない人達です、余程死にたいのでしょうね。」


聖職者、死を臭わせる言動をするものだった。 とは言え『異端審問官』達もそうだったのではありますが……彼らは所詮、その職業柄だけ。

けれど、この「女の『聖職者』者」に関して言えば、特に職業柄そうしているわけではなく……いわゆる生来からの―――


「聖職者たる者、そのような死と連動させるような言葉は聞き捨てなりません! そこにいるクローディアともどもグリザイヤまで連行し、我等の教義を浸透させてくれる。 確保!!」

「さあ、観念して一緒に来るんだ。」


不遜な事ばかりを口にするものだから、大罪人であるクローディアと共にラプラスの都グリザイヤまで連行する―――その為にと確保の為手を触れようとしたのですが……


「わたくしに手を触れるな!!」


凄い形相で睨み返し、強めに手で振り払われた……つまり『聖女』一行にしてみれば「公務執行妨害」である。

だからこそ『聖女』の方も強硬な手段に姿勢にならざるを得なかった……


「おのれ!私達に逆らうとは! 構いません、強制的にでも押さえつけて然る後に連行します。 その許可はこの『聖女』たる私の名の下に!!」

「強制連行……この品行方正なわたくしに対し、まるで犯罪人扱い―――ですか。 判りませんねぇ……そのグリザイヤとやらへにはじきに戻りますのに……。」


「本当か―――? いや、けれども魔界に住まう穢れし者の証言など信用できません。 ならば、あなたの身の潔白を表明するなら今は大人しく縛につきなさい!!」

「はあ~あ、やれやれ……ですわ。 言葉が通じ合わないと言うのは、これほどまでに苛立ってくるものなのですね。

それにしてもなんですよね、お前共は見た処わたくしと同じ様な聖職者。 聖職者ならば他人の言っている事に耳を貸さず、有無を言わせないのが許されているのですか?違うのでしょう??であれば、わたくしが言っている事にも耳を貸しなさいませ。」


確かに、言っている事はもっともだった。 しかし今は「公務」の最中。 「罪人つみびと咎人とがびと何人なんぴとも許すまじ」の精神は何に於いても最優先しなければならない。


「あなたの言っている事も判る……ですが、己の身の潔白は、せめて私達の神の御前おんまえで示しなさい。」

「全く話しが噛み合いませんわねぇ……なぜわたくし自身の身の潔白を、お前共の神の前で示さねばならないのです。

では一つ問いましょう……お前共が崇める神とは何です?その実態は知っているのですよねえ?」


「何……っ、をっ、そんな畏れ多い事を……。」

「あらあら、証言できないと言うのですか? それはおかしいとは思いません?おかしいですよねえ?だって、そんな実態の判らない存在を、無条件で信じられるなんて……崇められるなんて、常識に照らし合わせてみれば不可思議そのものですよ。」


『全く、その通りだ……』

私達は、自分が崇めている対象を「神」と疑わなかった。 疑いすらしなかった。 それゆえの“妄信”……それゆえの“狂信”。 その、「女の『聖職者』者」が説く教えにあたるまで、「神」だと信じてまなかった私達。


けれども、その実態の判らない「なにものか」を信じ、崇めてきた結果、彼女は『聖女』にまで登り詰めることが出来ました。

だからこそ、その「女の『聖職者』者」の説く言葉に恭順してしまえば、今までの自分を否定してしまう事になる。 今の自分を否定してしまう事になる……


「そのような世迷い事に耳を貸す私ではない! その口を塞げ、そして皆を惑わす言葉を避けよ! さすれば……拷問だけは勘弁して差し上げます。」

「「拷問」??だなんて、なんて時代遅れも甚だしい。 あ・の、そうした野蛮行為は感心致しませんよ? それにお前もそれなりの地位にある者ならば、よくお前の歩んできた道程を見返してみる事です。」


「この……ッ! この『聖女』たる私の最後の情け最後通牒を要られないとは―――もうよい、この上は少々手荒となりますが、全員武器やスキルを使用しての「確保」の許可を、『聖女』たる私が許可します!」


その「女の『聖職者』者」の無礼極まる言動は止む事はありませんでした、ゆえにこそ現場の警戒レベルも引き上がり、『異端審問官』全員、武器とスキルを使用しての捕縛が開始され……る?


「(な……っ?!)て、抵抗をするな! 抵抗をすればするだけ、お前への罪は深くなるばかりぞ!!」


「抵……抗?何を言っているのです? わたくしは、わたくしに降りかかった塵芥ゴミを払いのけただけです。 それを……抵抗などと―――ああ、もしかするとお前、『聖女』などと言う大層な者ではなく、『漫才師』の類でしたか? それにしても笑えませんわねえ?お前も『漫才師』ならば、わたくしを笑い死にさせる努力をするべきです。」


「うう、お……おのれ!この私を愚弄する言葉、最早許すまじ!! さあ立ち上がりなさい神の下僕しもべたちよ、最上限の能力付与に多重層防護結界であの女の心を挫くのだ!!」


「クス。   クス。 クス。 そうですよねえ~?わたくしたち回復職は、前衛にいる者を手助ける為に後衛にいる事が多い。 けれどそれでは、わたくしのいとおしの殿方の活躍ぶりが、この網膜に焼き付けられない……だからこそ、わたくしのいる場所はいとおしき旦那様の常に傍らにいないといけないのです。」


その、「女の『聖職者』者」の暴言は止まない。 ラプラスの「教会」内に於いて確たる地位にある『三聖者』の一人、『聖女』を前にしても彼女の事を『漫才師』の類だのと広言はばからなかったり、どこかやけに好戦的だったり……とは言え、決してその「女の『聖職者』者」からの攻撃はなかったのです。 総てに於いて彼の存在の身に降りかかる災禍ひのこを振り払っただけ―――それに、その「女の『聖職者』者」は大人しく縛に着くつもりもないようで、だから反撃はしていた―――そう、「反撃」……つまり、「交戦の意志はある」と見なされてしまった。


そこで『聖女』は、自らが従えている『異端審問官』全員に、全能力が向上する付加魔法を唱え、あまつさえ多重層での防護結界を張り巡らせた。

これによって“無敵”と化した武装制圧集団は、一斉にその「女の『聖職者』者」の制圧に躍りかかる……


「なぜ……なぜその様な無益な事をすると言うのです?一体このわたくしが何を為したと言うのです?? 見ての様に、わたくしの方からは一度たりとて手は出していませんよ? お前共が傷ついたのは、この弱弱しい、野に咲く一輪の、触れば手折れてしまいそなわたくしに触れそうになったから振り払ってしまっただけ……交戦の意志などわたくしにはないと言いますのに―――…」


しかし―――それは“大いなる偽り”……


その者の本性は、“獣”……いくら弱者としての羊の皮を被ろうが、「狩られる側」ではなく「狩る側」の方。


いうならくは、『の皮を被った』―――


現在手懐てなずけられている主人からの言い付けを守り、どうにか穏便に――――事を済ませたくとも……


「あああ―――なんとご無体な……止めて下さい、止めて下さ――――」


               イヒっ♡


その現場に立ち合った者は、何が起こったかは判らなかった事でしょう。

なにしろ、目の前で“人”(?)の顔が表現しづらい愉悦に歪んだ表情をなし、人の拳で、人の頭が、まるで中身が水で満たされた水風船の様に割れてしまったのだから。


飛び散る脳漿のうしょう―――血飛沫ちしぶき、その惨事の前に『聖女』は立ちすくむ。



これは……一体、何が起こっていると言うの??



自分のしたことが、してしまった事が今ひとつ理解にまで至らない者に、“獣”諭す……“獣”諭す。


「わたくし、申し上げましたよねえ?『わたくしに交戦の意志はない』と。 それなのにお前は、わたくしが言う事に耳を貸さなかった、貸そうとすらしなかった。

その結末が“これ”です。 お判りですか?この者共はお前のちっぽけな「正義」の所為で、お前の下らない「矜持」の所為で、お前の信じた狭い「教義」の所為でお亡くなりになってしまわれたのです。

あの時わたくしの言葉に耳を傾けてさえいれば、今頃この者共もそしてお前も、大切な者が待つ温かな家へと戻り、そして温かなスープを呑んだりなどして団欒を愉しめたのでしょう。

一方わたくしも、愛する者の為にこのみおつくし、健やかなる時もまた病める時も一時ひとときとして離れずその愛を育めたものでしょう。

ですが……お前のその短慮の所為で、その夢は儚くも潰え去りました。

そぉ・ー・れ・にぃ……なんですか?そのガラスの様な防護結界は……そんなもの、5枚であろうが10枚であろうが、この『破界王ジャグワー・ノート』の前では、意味のないのと同じ!!

さああぁぁこの上は、震えながら―――ではなく、藁の様に死んで逝くがいい! エイメン!!」


          ≪冥府で爆ぜる戟を振るう闘神≫


『聖女』が張る防護結界の固さは、ラプラスの世界における「(邪)神」に仕える3人『三聖者』の中でも特に優秀だと言う事を、“元”『女司祭』であったクローディアは知っていました。

知っていました―――が、その多重層の防護結界が、『聖女』と共に音を立てて崩れ行く様をまざまざと見せられていました。


          * * * * * * * * * *

それにしても凄まじかった。 私達回復を担う者や魔法で攻撃をする「魔法職」は、好んで前衛に出る事はない。

魔法を唱える時はいつも無防備で……だからこそ、いつもは誰かに護ってもらわないといけない立場―――と言うのはよく理解できています。

ですが、この…あまり素性のよく知れない方の様に、私自身を護る術を持てば―――



そして彼女は“後日”―――それも遥かな“後日”にて、こう呼ばれる事となる。

魔界の一軍の“攻”“守”の要として、時に前衛に―――時に後衛に縦横無尽の活躍を為する者……『移動要塞』―――と。



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