第29話 示唆

「何―――?今一度申して見よ。」


静寂な空間に響き渡る一声―――この世界……ラプラス共の世界である『幻界』の「大聖堂」で就寝していた『賢者』が、思いも寄らない報告を耳にしたためつい声を荒げてしまった。

しかも昼夜を問わぬ宴を繰り返し、昨夜の酒も抜け切っていない時に、こうした不快に感じる報告に…しかしながら少しばかり気を取り直し、改めて報告に耳を傾けてみると―――



なん……だと?

こちらの世界ではない者達が、こちらの砦の一つを奪取!?

バカな、向うの連中にはこちらの世界へ渡って来る手段など持ち合わせていないハズ……なのだとしたら野に隠れている不穏分子が集結したという見方が妥当か?



未明―――不明による武装した集団によって、ラプラスの砦の一つが陥落、そして占拠されてしまったとの報を聞くに及び、『賢者』は魔界の関与の可能性を捨てきれないながらも、なぜラプラスが魔界を標的にしていたかの事由もあり、やはりこの一件は無理矢理屈服させた勢力の不穏分子が時を得て集結し、決起したのではないか―――との結論に落ち着いたのです。

その証拠に、それ以降は大人しかった……だからこそ―――なのですが。

不穏分子如きに後れおくれを取るのも面白くもない話しだとし、急遽砦の奪還のための編成を急がせたのです。


        * * * * * * * * * *

ところが―――『賢者』が、失陥させられた砦を奪還させるために編成をした軍が、その砦に到着する5日ほど前に……


「ねぇねぇ聞いた聞いた? なんでもこの近くに潜んでいるニュクスの息がかかった者達が、この砦を襲うらしいよ~?」

「まあ~怖い、けれどこの集落は砦の内にあるんだし、門を固く閉ざしておけば安心よねえ?」

「すかし判らんものだっぺや。 ニュクスと言やぁ最後まで抵抗したそうじゃねえべか。 そがんこつ処のぉ眷属達がなしてまたぁ―――」


この砦が陥落する5ほど前から流れ始めた「流言」。

一人の「噂」が二人目三人目を呼び込み、その噂はやがて「尾ひれ」「端ひれ」が付いて泳ぎ出す―――。

そして「流言」が流れ始めた2日目に、その噂は自然と砦を守備する衛将の耳にも入り、間もなくして砦への出入りの刻限が決められ、刻限が来たと同時に砦の門は固く閉ざされたのでした。

その―――頃合を見計らうかのように……噂が「噂」ではない事が、判明してきたのです。


砦出入りの刻限が到来し、堅く閉じられた門の向こう側で、「わぁワァ」と騒ぎ立てる集団が見張りにより確認されました。

これによりあの噂が単なる「噂」ではなくなった確認が取れはしたのですが―――ただ、妙な事と言えば。


「(ヌ?)なに?騒ぎ立てる一方で何もせず去った―――だと?」

「はい。 まあ程度の投擲はあったようですが……こちらにはそれ程被害になるような事は―――」


“妙”と言えばあまりに妙だった。

確かに自分達に対しての不穏分子と言うものは、大なり小なり少なからずいるようで、しかも噂にもなっているような事案も発覚してきた。

なのに……ただ、門前を騒がせた―――だけ?


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「少し……あなた方にお話しが御座います。」

「誰だね、あんたは……」


くだんの「噂」が立った砦の近くの洞穴ほらあなに、実に数人単位の何者かが居ついていました。

しかし彼らこそは……そんな彼らを前にし、成人の黒豹人の女性が「ある話し」を持ちかけてきたのです。


「あなた方は、元―――ニュクスなる者の眷属ですよね。」

「あ、あんたは一体!!? もしかすると奴らの?」


「落ち着いて下さい―――何も私達は「アンゴルモア」の手の者ではありません。」

「(は?)は?? いや―――ならばなぜ我々に接触を?」


「あなた様方の「主神」の不遇、まこと残念至極にして同情の念を禁じ得ません。  そう、だからこそ私はあなた方に問い掛けるのです。」

「私どもはあなた方と境遇は同じ……だからこそ手を取り合おうではありませんか。」


この洞穴ほらあなで細々と生を繋いでいる者達こそ、元ニュクスの眷属の生き残りでした。

だとて、「主神」ニュクスの不遇を知っているが為、「奴ら」が治める土地で「奴ら」の意向に屈服した者達と一緒には暮らしたくはない……暮らせない。

だからこその「不穏分子」と位置付けられるのですが、その規模としても10人も超えない実に数人単位であったが為、反旗を翻したくとも翻すことが出来ない。

しかし―――そこを、成人の黒豹人の女性と、その身には何者にも染まらぬ決意を固めた闇司祭ダーク・プリーストは付け入ってきたのです。


「先程も申しましたように、私達は「奴ら」の手先ではありません。」

「そしてあなた方は「奴ら」に対して、激しいまでの憎悪を募らせていらっしゃいますね。」


「それは私達も同じ―――なのです。 あなた方も“あそこ”に見える「奴ら」の砦……わずらわしくはありませんか?」

わずらわしいでしょう?目障りなのでしょう? あんな砦……なくなってしまえばいい―――そう思っているのでしょう?」


「そこで―――です、私達に協力しなさいませ……。」

「『協力』?しかし今の我々には、あの砦を陥落させられる程の戦力は、とても……」


「大丈夫で御座いますよ?既に布石は打って御座います。」

「私達が欲しいのは、その“きっかけ”―――」


『黒キ魔女』と『闇司祭ダーク・プリースト』の初の共同作業。 それこそ「示唆」の外ならない。

かつて主神ニュクスを自分達の前で屈服させられる姿を見させられ、後に何の支援もないままに異世界の侵略を強要させられてきた。

そして主神ニュクスが留守の間に自分達の粛清は進み、そんな中に自分達がどうにか逃れられることが出来た。


とはしても10人にも満たない数人で何ほどのことが出来るのか。

何も出来はしない―――なのに、どこの誰とも知れない2人の女が、自分達の内部でくすぶる復讐と言う名の炎を焚き付ける……。



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