エルフの「王女様」だって、英雄に憧憬れてもイイじゃない！ ２

第13話 奸雄ワラウ

ダーク・エルフの国『ネガ・バウム』。

その国家の政務代理補佐的な役割を担う「姫」であり、軍の司令官でもある「将軍」であるアウラは、どうにもこの「グレヴィール」と言う男性エルフに、好意と言うものが持てませんでした。

端から見るとこの男性エルフは、これまでにも見てきた「男性の」エルフとそう変わりはなかった……。

容姿端麗で優しげで、人畜無害―――これが世間での「エルフ」の評判でした。

｛＊エルフ族の名誉の為、ここからの記述は「彼」だけのものであり、エルフ族の男性全般がこうではないと言う事を、ここで予め（あらかじめ）言わせて頂く事にする。｝

けれど……この男だけは―――

「アウラ様、少々お時間を、よろしいでしょうか……。」

「どうしたのだ、侯爵グレヴィール殿……また改まって。」

私は、どうにもこの男の事が好きにはなれない。

そのニコやかな面の皮の向こうで、お前はまた何を企もうとしているのだ……。

「彼（グレヴィール）」は―――優秀……

いえ、優秀過ぎた。

その優れた“才”は、元来のエヴァグリムでは到底受け切れるモノではありませんでした。

一定容量が収まる器には、収まらない才―――人はそれを「智の暴力」とさえ言う……。

私は、この男が『侯爵家の嫡子ではない』―――と言う事に、非常に安堵をしていた……。

だが、シェラザードの改革―――「粛清」により、佞臣の悉く（ことごとく）はここぞとばかりに一掃された……。

本来なら、その事自体は大変慶（よろこ）ばしい事だった……。

だが……こんな男が世に出てしまっては、本末転倒と言うものだ！！

グレヴィールは……「グレヴィール」と言う男は、一言で言い表すならば―――『奸雄』……

旧き（ふるき）慣習の下、世襲制だったエヴァグリムでは、侯爵家もそれに倣いグレヴィールの「兄」が当家の次期当主に収まるハズでした。

そう……グレヴィールの「兄」―――

この「お話し」では、その名さえ記することすら許されなかった、あの……

「彼（グレヴィールの兄）」もまた、“時代”と言う潮流に呑まれ、消えて逝った存在……

そして―――台頭してしまったのは……

「それ……で？　何の用なのだ。」

「近々私達は、「行動」を開始します。」

「…………「行動」―――」

「今現在私達は、こちらの国にご厄介になっている状況―――ですが……私もエルフの端くれ、このままダーク・エルフの国に骨を埋めよう……などとは思ってもいません。」

「面白い物言いをするものだな、卿も―――。

私達はその肌の色は違えども、同じ「エルフ族」だ、構わんのだぞ遠慮をしなくても。」

「いえいえ―――私が哀しむのは、シェラザード様のご無念にあるのです。

はっきりと申し上げましょう―――私は以前の、「私の国（エヴァグリム）」が大っ嫌いでした。

立場の弱い者達の前では強きに出て、そのくせ立場の強い者達の前では阿る（おもねる）……そんな卑屈な―――姑息な国が大っっ嫌いだったのです！

けれども、あんなゴミ溜めの様な国の内（なか）で、唯一の希望の光が見えてきたのです。

あの方は、自分がやるべき事にいち早く気付き、またご母堂やご先祖の偉業に目を触れるなどして、先達の手法に倣う（ならう）ではなく、あの方自身の手法を模索した。

そして改革は成り―――エヴァグリムは生まれ変わる……はずでした。

ですが哀しい事に、ラプラスとかいう者達に強襲され、一夜にしてエヴァグリムは滅ぼされてしまいました……。

そして、私の唯一の希望をも囚われてしまった―――。

そればかりか、あの嫋やかな小禽（たおやかなことり）を「奴隷」などと言う身分に貶め（おとしめ）、あの方に値札を付けたのです！！　あの方の身を「銭勘定」で決めていいわけがない！

ですが……分別ある方のおかけで、すぐに私だけの小禽（ことり）は奴隷ではなくなりました。

そこで私共が飼っている『禽』の働きもあり、あの方が「王国の再建」に向けて既に動き出している事が知れたのです。」

侯爵グレヴィールが、姫将軍アウラに接見をしていたのは、ある交渉―――

未明に強襲され、一夜にして滅んでしまったエヴァグリム。

そこで失ってしまった多くの臣民―――しかも王族の血を引く王女も囚われ、剰え奴隷にまで貶め（おとしめ）られてしまった……ここで完全に希望の光は潰えてしまったか―――に思われたものでしたが。

期せずして、何者かによって奴隷となった王女は救い出され、そして「王国再建」を模索し始めていた……

だから―――

奸雄（この男）が動き始めたか―――……

また一体、何を要求してくるのだろうな―――……

ここで一番懸念しておかなければならない事は、この国（ネガ・バウム）を礎として私達（ダーク・エルフ）ごと喰らいかねん―――と、言う事だ。

そう……この男（グレヴィール）ならやりかねない―――

その為にもと、「身代わり」をこなした者も、この国にいるのだから。

　　　　　　　　　だ　　　　　　　　　　　　　　が

嗤（わら）っている―――だ、と……？

なんだ―――その“嗤い（わらい）”は……！

なんだ……その―――私の懸念を見透かしているかのような「嗤い（わらい）」は！！

「ご心配には及びませんよ？　姫将軍―――亡国の徒である私達を庇護してくれたのです。　恩を仇で返すような真似など致しませんとも…………」

「（～）何が言いたいのだ―――卿は……。」

「手出し一切無用―――」

「な……に―――？！」

「私達がこの国へと逃げ延びた時、手厚く迎えて頂いたことは大変感謝をしております。

ただ―――それは“それ”。

あなた方の力（軍）を借り、王国の再建をしようなどとは、私は思ってもおりませんし、何より望んでおりません。

確かに、『恩を仇で返すような真似など致さぬ』とは申し上げました。

それは、これから新たに生まれ変わったエルフの国の、新たな女王陛下の最も忌むべき事でありますから。

ですが―――国を亡くした私達を庇護してくれた事までは感謝を致しております。

……が―――新たに生まれ変わろうとしている国に、他からの力は一切借りぬ。

それはこの私も……況（ま）してや女王陛下も、貸しも借りも作りたくはないのです。」

この男（グレヴィール）は気付いていた―――……

私が王女のためにと、密やかに軍備を整えていると言う事を。

しかもその頑な（かたくな）な決意―――いまだそうでもないのに、もうシェラザードの事を「そう（女王陛下）」呼ぶとは！

全く以て（まったくもって）恐ろしい男だ……幸い―――と言うならば、この男が「王」ではなかったことくらいか……。

それに、やはり大した奴だ―――お前は……

こんな男と、対等に渡り合えるのだから―――な……。

だから、頼んだぞ―――シェラザード、この男を御せられるのはお前しかいないのだからな。

他からの（協）力は一切借りず、自分達の力だけで滅んだ王国の復活を目指す。

それがシェラザード・グレヴィール両者の一致していた見解でした。

｛＊但し、ここで注意しておかなければならないのは、シェラザードは『再興』であり、グレヴィールは『再建』と言う点。｝

そして再建された王国には、やはり前の国の王族の血を引く者こそが「王」には相応しい。

それにこの願望は「すぐにでも成る」であろうことを、グレヴィールは予感していました。

だから、ネガ・バウムの姫将軍アウラを前にしても、口も憚る（はばかる）ことなくシェラザードの事を『女王陛下』だと申し述べた……

「宣伝広告」は、ある意味で強烈で（インパクトが）なければならない―――ただし、誇大表現は厳禁……

しかし姫将軍は、侯爵が言っていた事を真（ま）に受けた……。

その「宣伝広告」は、近い内にそうなるものだと思ったから、異論は差し挟まずにおいたのです。

そして―――侯爵の口角の端は吊り上がる……

それは、不気味な笑みを湛えた道化師（クラウン）の様に。

つづく