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町の広場 早朝

町人1(男)登場。


町人1(男)「セリーヌ! セリーヌ! いたら返事をしてくれ!」


町人2(男)登場。


町人2(男)「おーい! お前も妻を探しているのか? 俺の妻も、今朝目覚めたらいなくなっててよ。人さらいか? 心配だ」

町人1(男)「さあ、どうだが。無事でいてくれればいいんだが」


町人3(男)登場。


町人3(男)「おっ母! おっ母! 返事してくれ! おっ母! なあ、オラのおっ母を見てねえか。朝から姿が見当たらねえ。体が弱いのに……ああ、おっ母の身になにかあったらどうしようか」


町人4(男)登場。


町人4(男)「へい! 俺の娘と嫁を見ていないか。あいつら俺を見捨て出ていきやがったに違いねえ。見つけたらきっちり痛めつけて分からせてやるからな」

町人2(男)「お前のところもいないのか。俺もだが、ここにいる奴らみな今朝から妻やお袋の姿が見当たらないって。やっぱり人さらいだ!」

町人4(男)「人さらい!? そいつはどこだ? ただじゃ済まねえからな」


町人5(男)登場。


町人5(男)「大変だ! 大変だ! みんな大変だ! 俺宛に果たし状が届いてる。いったいどういうことだ。セリーヌって女からだ」

町人1(男)「セリーヌ!? 俺の妻だ! どういうことだ、お前は俺の妻になにをした!」


町人1(男)は町人5(男)の胸ぐらをつかむ。


町人5(男)「しっ、知らねえよ。朝起きたら机の上にこの果たし状が置かれていたんだよ。それに、俺の姉がどこかに消えちまった。なにが起こってるか訳が分からねえ」

町人1(男)「お前の姉なんてどうでもいい! いいか、俺の妻に指一本でも触れてみろ、お前の命はないからな!」

町人5(男)「とばっちりだ! お前の馬鹿女が俺に喧嘩を振ってきたんだろ」

町人1(男)「俺の妻を侮辱するな! 許さんぞ!」


町人1(男)と町人5(男)は取っ組み合いを始める。まわりにいた男たちが仲裁する。


町人6(男)登場。


町人6(男)「ははは! 俺と戦おうって馬鹿な女はどこだ? デボラとかいう頭のおかしな女はどこだ。隠れていないで出て来い!」


町人(男)たちが果たし状を持ちながらわらわらと登場。


町人2(男)「これは一体どういうことだ。果たし状を見せてくれ。なに……町の広場で決闘を申し込む。私が決闘に勝利した場合、敗者にはマリアの裁判やり直しの抗議活動参加を要求する、アンナ。……マリアの裁判? なんだこれは」

町人3(男)「アンナはオラのおっ母だ! 病弱なおっ母に手を挙げるなんて絶対に許さない。誰だオラのおっ母と戦おうってやつは」

町人7(男)「お前は誰からの果たし状だ?」

町人8(男)「ジャンヌだ。聞いたこともない名だ。知っているか」

町人9(男)「ジャンヌは俺の娘だ! まだ生まれたばかりの赤ん坊だぞ。まさか赤子に手を出すつもりはないだろうな」

町人8(男)「そんな非道なことする訳ないだろ、落ち着け」

町人10(男)「俺はララの夫だ! ララから果たし状を受け取った者は名乗り出ろ! この場で俺が代わりに相手してやる!」

町人11(男)「ナタリーの息子だ! うちの母ナタリーと戦う者はどこだ?」

町人12(男)「ナタリーは俺と戦う! 知ってるぞ愛想のねえ生意気なババアだ。この機会に痛い目に会わせてやらあ! はははは!」

町人11(男)「ふざけるな! 許さんぞ!」


町人(男)同士の取っ組み合いが始まる。


町人13(男)「私の恋人ソフィと戦うものは名乗れ! 今すぐ私が相手する! その息の根を止めてやるからな!」

町人14(男)「僕の大切なアデールおばあちゃんに暴力を振るうのは止めてくれ、お願いだ! なんでもするから、果し合いは止めてくれ」

町人15(男)「俺はアリスと戦う! アリスと果し合いをするぞ! 嫌な奴がいたらここでまずは俺と戦ってから言え!」


町人(男)たちは町の広場のそこここで乱闘を始める。

アーサー登場。アーサーはビューグル(小型でバルブのない金管楽器)を大きく鳴らして町人(男)たちの注目を引き付ける。


アーサー「鎮まれ! 鎮まれ! お互いにいがみ合っても意味などないのです。この果たし状を受け取った時点ですでに我々の負けなのです! マリアの裁判やり直しの抗議活動に参加する道しか残されていないのです! 誰かひとりでも決闘を行えばその相手を大切に思う人が止めに入る。誰も果たし状の相手に手を出すことはできないのです。我々だけで争いが起きるだけなのです。皆様方の大切な人たちが危険をかえりみず、なぜここまでしてマリアの裁判やり直しを求めるのか。七年前、修道女マリアは司祭に強姦されました。マリアは司祭の罪を訴えましたが嘘だとののしられ、裁判にかけられ冤罪をなすり付けられたのです! なんの罪もないマリアが勇気を振り絞り司祭の悪事に声を挙げたがために名も無き被害者にされ、人としての尊厳を蹂躙されたのです! あってはならないことが実際に起きているのです。この被害は氷山の一角、人知れず性暴力の被害に苦しむ人たちが大勢いるのです。未来永劫このような悲劇を起こさせないよう戦う決意をしたのです! 人生を、命を、魂を、尊厳を、ないがしろにしてはいけない。そのことを誰かの大切な人だからという理由でしか気づけない己を恥じるべきなのです! この誤った考えを恥じるべきなのです! 誰もが無条件に大切でかけがえのない存在なのです! これはマリアの戦いであり、我々の未来のための戦いなのです。人を名も無き者におとしめ、その人生を握りつぶす社会を黙認するのですか! 不正義を働き、のうのうと生活する者たちを見ながら知りながら心を閉ざすのですか! 私は戦います! マリアのために戦います! 私自身のために戦います! 誰かマリアのために戦う者はいないのですか! 己の未来のために戦う者はいないのですか!」


町人5(男)がゆっくり手を挙げる。他の町人(男)たちが町人1(男)を見つめる。


町人5(男)「……俺は……戦う。戦おう……マリアのために、妻のセリーヌのために、自分のために」

町人1(男)「……俺も戦う。共に戦おう。さっきは……ついかっとなってひどいことをしてしまった。申し訳ない」

町人5(男)「いいや、俺もひどいことを言ってしまった。すまない」

町人8(男)「俺も戦う! マリアのために!」

町人3(男)「オラもだ!」


そこここで町人(男)たちが賛同の声を挙げる。


町人13(男)「馬鹿馬鹿しい。なぜ俺がマリアとか言うどこの馬の骨とも分からねえ女のために戦わなきゃならねえんだ」

町人16(男)「そうだ。こんな決闘も下らんお遊びだ。付き合ってられるか」

町人15(男)「あほらしい。時間の無駄だ。俺は帰る」


幾人の町人(男)たちが踵を返して広場から立ち去ろうとする。

オルガを先頭に町人(女)たちが登場。


オルガ「広場から去るとは、負けを認めたのだな」

町人15(男)「冗談じゃねえ! お前ら女どもの下らんお遊びにはうんざりなんだよ!」

オルガ「つまり、負けを認めたのだな。戦わずして逃げる。負け以外のなにものでもない。敗者はマリアの裁判やり直しの抗議活動に参加してもらう」

町人15(男)「ああ!? 偉そうに! 何様のつもりだ」

アリス「あなたの相手はこの私、アリスよ! 果たし状を受け取ったはずね。私と戦うか、負けを認め抗議活動に参加するか」

町人16(男)「アリス! なぜこんな馬鹿げたことの片棒を担ぐ? 正気か、父さんを困らせて、一体なにが不満なんだ」

町人15(男)「生意気な娘だ! そんなに戦いたいならすぐに相手してやるよ!」

町人16(男)「止めろ! 俺の娘に手を出すな!」


町人16(男)は町人15(男)の胸ぐらをつかんで押し倒し拳を握りしめる。


町人16(男)「……殴ったってなんの解決にもならない……お前と争ってもなんの意味もない」


アリスは倒れている町人15(男)の手を取って起き上がる手助けをする。


町人15(男)「……すまない……ありがとう」

アリス「さあ、一緒に行きましょう。共に、マリアのために、私たちの未来のために行きましょう。お父さんも一緒に来て」

町人15(男)「……ああ……その前に……君のお父さんに謝らないとな。悪いことをしてしまった……その……つい、心にもないことを言ってしまった。すまない……」

町人16(男)「……いや、俺も悪かった。殴りかかろうとして……」

町人15(男)「俺は……戦おうと思う、マリアのために……アリスのために、それから、まだ名前も知らない君のためにも。抗議活動に参加する」

町人16(男)「……俺もだ」


アリスは町人15・16(男)の腕を引いてアーサーの方へと歩いていく。

他の町人(女)たちもアリスに続いて町人(男)たちの腕を引いたり背中や肩を押したり、手招きしたりして共にアーサーの方へと集まる。

オルガはアーサーの隣へ移動する。


アーサー「共に戦いましょう! マリアのために!」

オルガ「共に戦おう! マリアのために! 共に戦おう! 己のために! 共に戦おう! 名も知らぬ誰かのために! マリアの裁判やり直しを!」

町人たち「マリアのために、裁判のやり直しを! 己のために、裁判のやり直しを! 名も知らぬ誰かのために、裁判のやり直しを!」


一同退場。

陪審員3(男)とパートナーのローザが残る。


ローザ「聞きたいことがあるの。七年前、マリアの裁判であなたはマリアに有罪判決を下した。彼女は本当に嘘をついていたの」

陪審員3(男)「……自分の、しっ、信念に……従ったまでだ」

ローザ「どうして言葉に詰まるの。私の目を見てはっきり言って。他にも聞きたいことがある。マリアの裁判の後、暮らし向きがよくなった。裁判から帰ってきたあなたは上機嫌だったことを今でもよく覚えている。頼んでもないのに私にきれいな服まで買ってくれた。理由を聞いても笑ってはぐららかすだけ。ずっと引っかかっていた。だからあの時もらった服は一度も袖を通していない。なにか裁判と関係があるの? 最近またマリアの裁判で一緒だった陪審員たちともつるんでいるのを見かけた。数日前、夜な夜ななにも言わずどこへ出かけたの。あなたを疑わずにはいられない。正直に答えて、あなたの行ったことは正しかったの?」

陪審員3(男)「……」

ローザ「答えて」


陪審員は無言で退場。

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