第5節 アンデッドの気配

「アンデッドの話は聞いてる。でも、周辺に出るってどこのこと?」


 クロエの問いにジルベールは答えます。


「城壁周辺。もう毎日だよ。なんせ何もない平原の真っただ中だから、作業員たちも夜はせめてもの慰めにと酒盛りをすることが多い。中には景色を見ながらということも多くてな。特に、今回は優秀な人材を連れてきたからドワーフもたくさんいる」



 ドワーフは、その手先の器用さから、今回のような調査では人間にできない作業を期待されています。同時に、酒豪であることでもよく知られていました。



「で、被害は?」


 クロエのその問いにジルベールは首を振ります。


「いや、それがまた不思議でね、襲ってこないし、建物に入ってこないから被害もない。とは言え放っておくわけにもいかないが、先行する冒険者を呼び戻そうにも、遠すぎて今さら戻せない。いずれにせよ、彼ら自身に課せられた依頼をこなしているから手を煩わせるわけにもいかない」


 さらに、分隊長もこんな話をしてくれます。


「我らは夜間の警護を強化した。しかし、偶然かは分からぬが、巡回を避けるかのように出没するため、騎士団はまだ遭遇しておらんのだ。そこで、不浄な魂が吹き溜まるような場所がないか、改めて周囲を確認したが、特にこれという場所はなかった」



「作業員たちが酒のさかなに幽霊話を作って面白がってるのでは?」


 イェルクが意見を述べましたが、ジルベールは否定しました。


「それはないな。私の直属の部下もアンデッドを見たから。なんでも、半透明で古風な甲冑を来ているとの話もある」



 その情報からして、ゴーストと呼ばれるアンデッドだとヴェルナーとハイエルダールには予想が付きます。この世に未練を残した魂が魔物化したものだと言われており、ここが古戦場だったことから、過去に散っていった兵士の成れの果てだと想像しました。



「前々から、ここはアンデッドが出る場所として知られてたんですか?」


 アニエスにそう聞かれて、分隊長は、


「長くこの地を巡回しているが、ついぞ聞いたことはない。まあ常駐していたわけではないので本当のところは分からぬが」


 と答えました。



 ジルベールは先を進めます。


「それもそれで問題なんだが、先週、今度は火災があった」


「さっき見たと思うが、我われが新たに建てた隣の建物、1階が焼け焦げてたろう。仮に、今いる施設を旧拠点、隣の火災があった場所を新拠点と呼ぼう。どうやら作業員たちが酒盛りをした後、酔っぱらってウトウトと寝込んだときにその新拠点でランプか何かを倒したらしい」



 ジルベールの説明を受けて、分隊長は詳しく語ります。


「当時、我らはアンデッドを警戒し城壁周辺を巡回していたが、騒ぎを聞きすぐに駆け付けた。こうした場合に備え近くの井戸や泉から水を引いてあったから消火活動自体はスムーズに進んだのだが。実は燃え跡から判断して、火の不始末なのか不審火なのか、不自然な点があって判定しかねている」



 それを聞いて、イェルクが割って入ります。


「不審火の可能性は聞いてましたが、それがよく分からんのです。こんな場所を何の目的で? それにその、まさか作業員による可能性も疑ってますか?」


 それに対して分隊長が様々な可能性を検討していると言いました。


「可能性は4つ。キミの言う通り、1つ目は内部犯行。2つ目。作業員が手引きして外から人を招き入れた。3つ目。外部の誰かの単独犯行。4つ目。不審な点はあるものの、やはりただの失火かもしれん」


「へえ。わざわざ外からなんの目的で? こんな陸の孤島、平原のど真ん中で? 」


 そのクロエの言い方に、ジルベールも理解を示します。


「ま、確かに不思議だな。しかし、現時点では手がかりが何もないのであらゆる可能性を考えざるを得ない。だから不愉快なことだが内部犯行の可能性も否定できない。まあ本当にただの失火かもしれないが」



 そう言いながらも、ジルベールは失火だとは思ってないような語調がありました。そして、こんなことを付け足します。


「それで、実はここからが大事な点なんだが、更に問題がもう2つ」


「まだあるの?」

 

 クロエは呆れました。


「うむ。これはハッキリしてはいないんだが」


 そこに、食事の用意ができましたとの声が入ります。



「ここは邪魔が多い。すまないが食事の前にあと少しだけ時間をくれ」


 ジルベールはそう言うと、クロエたちを別の部屋に連れていきます。



 クロエたちが通された今度の部屋は、簡素な作りで窓もありません。


「ちょっと、尋問でもされるわけ?」


 と、クロエは戸惑いますが、ジルベールはすまないと言いつつ、ここへ連れてきた理由を語ります。



「外部から遮断できる場所がここくらいしかなくてね。とにかく、これから話す内容は他言無用に願う。さて、ここからはうちの副官からも話してもらおうか。パリス、頼む」



 そのパリスと呼ばれた男は緊張した様子で皆に頭を下げました。最初に出迎えてくれた、痩せた感じの男性です。ジルベールとは同年代ですが、見た目からはパリスのほうが少し老けて見えます。



「で、何が起こってるの?」


 クロエは、パリスが話し始める前に誰に問うでもなく尋ねます。ジルベールとパリスは顔を見合わせましたが、パリスが代表して答えました。


「分かりません」


「分からない?」


 不審そうなクロエを制し、パリスは言いました。


「何が起こってるか、本当によく分からないんです。だから困ってまして。でも……」



「この拠点は監視されていると思う」



(次回「いったい何が起こっているのか」に続く)

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