第6節 一体なにが起こっているのか

「監視って、誰にですか?」


 アニエスは思わず聞きましたが、パリスは力なく頭を振るだけです。


 パリスの憔悴ぶりはこれが原因のようでした。

 ジルベールも困った様子です。

 

「このことを知っているのは、この拠点では私とパリス、そして分隊長のみだ。あと本部にも通知したが、どう取り扱ってよいか、みな考えあぐねていてね」



 ジルベールは、しかし、急に強い口調でこう付け足しました。 


「パリスとは長い付き合いだが、真面目でよく気が付く。それを、パリスは疲れているという一言で終わりにされたくないんだよ。キミたちには知っておいて欲しい。うちのパリスは副官としてクロエのところのイェルク同様に優秀だよ」


 イェルクは、それを聞いて得意げにクロエを見ます。クロエはその視線に気付かないふりです。



「さて、本題に入ろうか。不思議なことにこれも冒険者たちがいなくなった後なんだが、パリスがこんなことを言い出してね。食事に行ってる間に、工事関連資料が動かされた跡があると」


「動かされたとは?」


「文字通りです。資料室の棚から、僅かながら動かされている」


 パリスのその言い方では要領を得ないため、彼は更に言葉を重ねました。


「私は神経質だと言われることもありますが、単純に、預かった資料はきっちりと管理したいのです。ある時、食事から戻ってくると、不在の資料室に誰かが入った形跡がある。棚に整列している資料の一部が、順番を違えて戻されていたから」


 パリスは後を続けます。


「最初は自分の置き間違いだと思いました。しかし別の日、今度は一部の資料が僅かながらに飛び出ていた。そこでジルベール氏に相談しました」



「資料室の鍵はどうなってるんですか?」


 そのアニエスの問いにジルベールが肩をすくめます。


「駐留所を流用しただけの施設にそんな高級なものはついてない。まあ、陸の孤島で防犯を意識しなかった面はある。それで、鍵も含めてどうしたものかと考えていた矢先のことだ。さっきの話の火災が起った」


 パリスはその後を話します。


「私も含め、みな夜中に飛び起き出火した新拠点へ移動しました。つまり長い時間、この建物は無人だったはずです。気付いたのは次の日の朝でしたが、資料が動いていた、というより誰かが資料室に入った形跡がありました」



「クロエさんの部屋なら気付かない話ですな」


 そうイェルクが軽口を叩くと、クロエはすぐ反論します。


「私はきれい好きだぞ。部屋だって適度に生活感があって居心地がいいねってよく言われる」



「話を続けていいかね?」


 分隊長は呆れ気味に2人を見ます。


「……どうぞ」



 2人が黙ったため、今度は分隊長がその先を語ります。


「パリスの細やかな管理とは別に、誰かが侵入したと思う理由が2つある。1つ。資料室自体に鍵はないが、そこには執務用の机が1つあって、その脇机には鍵が掛かっていた。そして火災の後、閉めたはずのその鍵は開いていた。まあ、元から締め忘れただけとも思えるが……」


 パリスは心外だという顔です。几帳面な彼はキッチリ閉めるのでしょう。


「2つ。これが決定的だが、鍵をつけるまでの間、部屋に入ると痕跡が残るよう私の方で扉や床、棚に念のため細工をしておいた。今後の警備のためにタネは明かせんが、確かに誰かが踏み入った形跡がある」


 更に、別の角度から分隊長は力説します。


「あと、こう言うとまた抽象的になるが、前から気持ちの悪い感覚があったのも確かだ。パリスの言う通り、監視されているというのかな。誰かに見られている感覚だ。これは武人として間違いないと思っているが……」



 ジルベールも同意します。


「冒険者でも武人でもない文官の俺には分からない感覚だが、思い当たる節はある。たとえば幽霊もそうだ。毎夜、騎士団の巡回を潜り抜けてというのは都合が良すぎる。誰かがこちらを監視しているなら別だがね」



 今度はヴェルナーが確認します。


「そのお話だと、誰かが常にこの拠点を監視していて、幽霊、失火、それに資料の閲覧と、全てその監視下で仕組まれたものだと?」


 まだ断定できんがねとジルベールは答えます。重ねてヴェルナーは聞きました。


「それで、脇机にはどんな資料が? あと、資料は盗まれていない?」


 それにはパリスが答えてくれました。


「盗まれてはいません。おそらく、我われに気付かれないようにそっと返してるつもりなんだと思う。無数の資料の中から手当たり次第に見て回ったけど、短時間では限界があったんでしょう。それで、消火の間にゆっくり見て、何食わぬ顔で資料を元の位置に戻した。脇机には今後の工事計画書がありました。今後の工事スケジュールと場所が示されている」


 分隊長も同意します。


「この建物を無人にしてゆっくり閲覧したかったのだろう。火災を起こしてと仮定すれば強引なやり方だが、昼間は慌ただしく人の出入りがあるし、夜間も我らが巡回しているのでね」



「それに、あまり良いことではないけど」


 と、ジルベールが苦笑いしながら付け加えます。


「パリスは仕事熱心でね。夜も結構遅くまで仕事をして不規則なんだ。そのまま資料室で眠り込むこともあってね。だからこそ忍び込める隙がほしかったんだろう。ま、あくまで推測に過ぎんが」



「その工事計画書を見る権限のある方は?」


 そのヴェルナーの問いにはパリスが答えます。


「この拠点では私とジルベール氏だけです。あとは王国中枢に同様の資料はあります。しかし作業員たちは、将来の工事計画までは知りません。だから中身を見たくなったとも考えられますが、火災を起したり忍び込んだりしてまで見たいかと言われると……」



「外国のスパイに売るのかな」


 思わずアニエスが口走って注目を集めましたが、ジルベールも頷きます。


「そうなんだよ。交通網の整備によってハーヴェスが儲かると困る近隣諸国が妨害している可能性はあるんだ。作業員も大金をちらつかされたかもしれない」



 分隊長は、そこからは自分の領域だという感じで話を引き取ります。


「そこで騎士団は、火災の原因確認も含め作業員にヒアリングしていった。騎士たちに資料の盗み見の話はしてないが、行動におかしな点がないか調査させたのだ。しかし、今のところ何も出ていない。むしろ、資料室への侵入どころか、火災だって自分たちは関係ないの一点張りでね」



 そこでジルベールは、クロエを見据えました。


「実は、担当を変更しクロエに急きょ来てもらうよう要請したのは俺なんだ。工事の事情が分かり、こういうことで調査ができる人間というとクロエ、キミしか思い浮かばなかった。ただの文官じゃ絶対に無理だ。頼む、力を貸して欲しい」


 それを聞いて、今度はクロエが不敵な笑みを浮かべてイェルクの顔を覗き込みます。イェルクは無表情です。


 

 分隊長は、騎士団について言及します。


「一足先に騎士団も追加戦力が到着した。それでも分隊規模にしかならんのは心苦しいが、有事の際は任せてほしい。しかし、我らに冒険者のような周辺調査は不得手だ」



 最後に、ジルベールがそろそろ話を纏めようと言いました。


「そこでクロエ、キミとキミが連れてきた冒険者の前には、幽霊、火災、資料の盗み見、監視と4つの事件が提示されたわけだ。その中で、まずは最優先事項として目の前の脅威であるアンデッドを何とかしてほしい」


「他の事件との関連性の有無も分かればいいが、それは後回しだ。火災も資料の盗み見も警備強化で防げる。あとは監視だが、これは自分たちでその感覚を確認してもらいたい。とにかくアンデッドだけでも排除できないと、作業員の安全が確保できず、作業の遅れを止めようがない」



 これでようやく解散です。しかし、ジルベールがクロエだけを呼び止めました。


「監視の件、本部の奴らはクロエに伝えてなかったようだな。すまない。しかし、キミが連れてきた冒険者は少し若いな、彼らで大丈夫か?」


 と、ジルベールは言いましたが、クロエはにっこり笑います。


「こんな急にまとまった期間動ける高位の冒険者はハーヴェスじゃもう売れ切れだよ。私も最初の2〜3日はうちの部下の相手で忙しいけど、私が指揮するから。それに、あの冒険者たちはギルドマスターのお墨付きもあるんだ。頭脳労働に打って付けの人材も入ってるしね」



(次回「歓迎会の一コマ」に続く)

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