第4節 最前線の拠点へ

 4人が出発した日の夕方。



 小高い丘の上にその調査拠点はありました。

 

 普段、この場所は騎士団がハーヴェス領内を巡回する際の駐留所として使用しています。今回の交通網整備事業にあたり、古くからあるこの駐留所を工事の調査拠点に流用したのでした。


 

 その調査拠点を囲むようにして、古い城壁が残っています。大部分は崩落しましたが、残存部分は焼け焦げながらも戦の傷跡を今に伝えていました。ここは大破局の際に人族と蛮族が激突した、かつての最前線の1つとして知られている場所なのです。



 好奇心旺盛なハイエルダールは、その城壁を見て疑問に思うことがありました。


「なんだか、継ぎ接ぎだらけというか、ほとんど崩れてるのは致し方ないにしても造り方にムラがあるもんなんですネ」


 一行は馬車から離れると、クロエを先頭にして城壁に近づきます。

 


「この地に限った話じゃないけど、それだけ激戦だったんだよ」


 クロエはそう答えつつ、城壁に手を触れました。


「もとは北から攻め寄せる蛮族対策で人族側が作った城壁のはずだ。それをときに蛮族が奪い取り、それをまた人族が奪い返し、その度にそれぞれが崩れた部分を作り直した。ほら、ここの壁は素朴な造りだろ? これは蛮族側が作り直したものだよ」


 遺跡の専門家らしく、クロエは風雨に耐えながらも歯抜けになった城壁を感慨深そうに見つめます。本当は丘の下まで城壁は伸びていたようですが、残っているのはここだけです。



 イェルクもまた、クロエの言葉を補足しました。


「みな、大破局があったなんて一言で済ますが、実際には長い攻防があったんだ。我われは遺跡を大事にしているだけじゃない、そうした歴史を後世に伝えることも仕事だと思ってるよ」


「へえ、急に良いこと言うねえ。後輩の前だからってらしくないんじゃないの」


 クロエはそう言いつつ、イェルクとじゃれています。


 

「でもま、イェルクの言うのは正しいよ。そういう意味で言えば、ほら、あの新しい建物も交通網整備事業の歴史的記念碑になるかもな」


 クロエがそう言いながら指さす方向を見ると、この古戦場に似つかわしくない、明らかに最近作られた真新しい建物が見えました。先ほど見た騎士団の駐留拠点のすぐ裏です。しかし、1階部分には早くも焼け焦げた跡があります。



「これが失火の跡ですかネ?」


 ハイエルダールは誰に問うでもなく口にしました。


「たぶん。城壁と違って、こっちは燃え跡も生々しい」


 クロエがそう答えながら歩き出すと、拠点の前にいつの間にやら2人の人物が立っていました。手を振ってこちらを歓迎しています。



「クロエ。イェルクも。長旅ご苦労だったね。ようこそ、交通網整備構想の最前線の地へ。さ、まずは中に入ってくれ」


「ジルベール。久しぶりだなあ。出迎えありがとう」



 エッダたち4人は、ジルベールと呼ばれたその男を見ました。こうした最前線での作業にも耐えられそうなガッシリした体つき。年はクロエより上のようですが、昔からの知り合いなのか、互いに気安く話しています。


 ジルベールはエッダたちを歓迎して握手を求めます。



 そして、そのジルベールの横に佇む、少し痩せぎすで真面目そうな男。彼は、はた目にも疲れているように見えました。



    ◇



「安全も確保できてないのに、クロエには申し訳ない」


 クロエとイェルクだけでなく、エッダたち4人は駐留所の1階に通されると、ジルベールは謝罪から入りました。それ以外の同行してきた作業員たちは他の場所で荷物を解いています。



「そんなのいいって。それより、正確には何が起こってるの?」


「どこまで聞いてる? 本部には、詳しい状況をクロエに伝えてほしいと頼んだが」


 ジルベールからそう言われて、クロエは概要程度だと答えました。


「そうか、本部の奴ら、守秘義務を徹底しすぎだ。………いや、曖昧な話すぎて、本部も取り合わなかったという方が正しいかもな。さてどこから話したものか」



 と、ジルベールが意味深なことを言っていると、そこに作業員がお茶を持ってきてくれました。みな、長旅で疲れているため遠慮なく頂きます。


 ジルベールは、酒は夕食まで待ってくれよと言いつつ笑っています。彼が話を再開しようとすると、今度は、


「遅れてすまない」


 そう言って、今度は甲冑を着た男性が入ってきました。40歳前後、口ひげを蓄えた大人の男性というところです。体を鍛えているため年齢は感じさせませんが、この中では最も年嵩としかさです。


「巡回から戻ってきたところでね。私はここの騎士団を束ねる分隊長のアーヴィングだ。君たち新しい仲間の到着を歓迎するよ」


 分隊長は、クロエたちに握手を求めると空いた席に座り込みました。ジルベールはそれを待って話を再開します。 



「えっと、どこまで話したかな」


「いやまだ何も話してないだろ」


 クロエが鋭く突っ込むとジルベールは照れたような顔になりました。


「……うん。ええっと。順に説明しよう。我々がここに着いた時、さっきみんなも見た通り古びた城壁とこの駐留所があるだけだったが、近くの洞窟にトロールどもが住み着いていた」



 トロールは、蛮族の中でも屈強な戦士で、かなり手強い相手です。


 そうした事態は分隊長にとって許せぬことなのでしょう。ジルベールの話を取って話し始めます。


「前に巡回したときはいなかったのだが。まあ今と違って当時は常駐ではなく1カ月に1回くらいの巡回だったゆえやむを得ない。しかし、発見次第に我らは蛮族どもを排除した。同行していた冒険者グループたちと一緒になってね」



 ジルベールもまたその話を受けて語ります。


「そう、その時は拠点の安全を確保すべく冒険者グループが3組いてね。他にも蛮族が発見されたが、分隊長はじめ高位の冒険者がいればあっさり片付いたんだよ」



 そこでジルベールはお茶で口を湿らせると、こう続けました。


「俺たちは建設屋だからね。まず、騎士団の駐留所だけでは収容人数の問題があって、後から来る君たちのために宿泊場所を提供すべく、もう1つ建物を建てた。隣に立ってる新しい建物がそれだ。その間、冒険者たちは蛮族や危険な動物の排除をしてくれていた」



「で、この調査拠点の安全が確保された時点で、冒険者は更に離れた場所へと散って行った。この先には大きな地下遺跡などがあるのも分かっているからね。つまり、先回りして虱潰しに危険な場所を確認して回るわけだ。結果、ここには作業員のほかは騎士団だけとなった。そこから事件が起き始めた」



 エッダたちは話の腰を折らないよう黙って聞いています。ヴェルナーはさっそくメモを取り始めました。せっかちなクロエは早く先を聞きたそうです。ジルベールもそれを察して話を進めます。



「冒険者が去ってすぐ、作業員たちがこの周辺に幽霊が出ると噂し始めた。私は見てないが、どうやら夜になると出るらしい」



(次回「アンデッドの気配」に続く)

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