歩道橋の上に、何か……いる。

赤鷽

歩道橋の上に、何か、いる。



 その日、諸々の用事をこなし、高速道路の下を通る歩道橋を渡ろうとした。

 正確には、幹線道路の上に沿って高速道路が走っており、その幹線道路を渡るための歩道橋である。そこを渡るほうが、帰るには近道だったからだ。

 ここを渡らないと、最も近い横断歩道まで、およそ100メートル。横断歩道を渡って、戻って、往復で200メートル強。4分……。いや、約5分の短縮になる。


 歩道橋を渡ろうと階段に足を掛け、12、3歩上がったところで、頭上に人の気配を感じた。上る前に歩道橋を見た時には、渡ってくる人はいなかった。そして、視線を足元に落として上り始めたというのに――だ。


「?」


 はて、奇妙な――と上を見れば、なんと、背を向けて後ろ向きに人が落ちてくるところだった。

 後ろ向き――仰向けに落ちて来たということは、上っている最中に落ちて来たということであり、階段は普通なら、前屈みになって上るものだ。背中から落ちる――なんてことは、本来あり得ないことだった。

 それに――。

 先ほども述べたが、上る前に見た歩道橋に、人はいなかったのだ。


「うわ……」

「え……?」


 僅かに声を上げて落ちて来る人――髪型や体型から男性と知れた――を支える態勢を取る暇などなかった。


「ちょっ……!? タンマ……!!」


 子供時代に多用する〝タンマ〟という言葉の語源は知らない。野球で一時中断を要求するときに使う〝タイム〟の音変化から――だと個人的には思っている。

 が、そんな話はともかく。

 ぶつかる衝撃を堪えようと、片腕を身体の前に構え、頭を反らせるのが精一杯だった。

 しかし――。


 ぶつかるはずの男性は、2人の身体が瞬間に、消えた。これまた、あり得ないことだが、正に掻き消えたのだ。


「え……?」


 周りを見渡しても、階下を見ても、倒れている男性の姿などない。


「え……?」


 まさか、身体の中に? ――などと、とんでもない思いが頭を駆け巡ったが、何とか落ち着くように、と自分に言い聞かせた。

 深呼吸をして、高鳴る鼓動を治める。1つ息を吐いて、気を取り直し、階段を上ろうと上を見た――。


 ぎくり、とした。鎮まった鼓動が、早鐘のように高鳴る。

 歩道橋の上に、人がいた。


 いや……、人?

 歩道橋付近の照明の位置のせいで、逆光気味になっていて見難いが、確かに人だ……けど。


 何度も言うが、さっきまで、そこいらに人はいなかった。歩道橋を渡ってくる人も含めてだ。断言してもいい。

 それに……階段下を見下ろしているその人は……。


「え……?」


 その人は頭部に怪我をしているようで……顔が血塗れだったのだ。

 ぎょっ、として息を呑んだ次の瞬間――。


 眼が合った……と思ったけど、違ったようだ。は、何も見ていない。いや、それも違うな。は、何か、別のモノを見ているんだ。その視線の先を追って、後ろ――階下を見た。


 またしても、ぎょっ、とした。さっきまで何もなかった階下に、倒れている人がいた。

 でも……待てよ? 階下に倒れてる人の服装……あれは……。


 そう思って、振り返る。

 やっぱりだった。階下の人と、歩道橋の上の人の服装は同じだった。つまり、は、あの人自身だ。いつ、起こった事かは知らないが、ここで事故があり、は、その時の自分を見ているのだろう。 

 改めて、階下に倒れている人を凝視した。一体、ここで何があったんだろうか?


 取り憑かれたりしないかな――と思って、歩道橋を振り返ると、あの人はすでにいなかった。

 元々、存在していないように――。


 もう、歩道橋を渡る気がしなかった。

 5分の短縮は諦めて、下を歩こう。たった5分のために祟られたら、割に合わない。

 怯えたようで格好悪いこと、この上ないが、体裁どころではなかった。そそくさと逃げるように、その歩道橋を離れたのだった。



 それからは、その歩道橋を避けて過ごした。とばっちりは御免だったからだ。

 しかし、一月ひとつきほど経ったある日、歩道橋の付近を通る機会があった。まだ、のかと、恐る恐る歩道橋の下から見上げてみれば――。


 いた――。

 まだ、いたのだ。まだ、未練があるんだろう。

 君子、危うきに近寄らず――と、歩道橋から離れようとした時、気が付いた。この前と違って、が見ているのは歩道橋を渡ってくる1人の男性。と同じ服を着た人だった。

 でも、顔が違う。明らかに別人だ。なのに、同じ服――ということは、制服かも知れない。だとすれば、同僚の可能性がある。


 を見れば、歩道橋を渡ってくる人を睨んでいた。以前は茫然とした表情だったが、今回は鬼気迫る表情だった。

 この人を恨んでるのか――?


 同僚――同僚ということにしておく――が階段に差し掛かって、一段降りた瞬間――。

 が、その人を、


「うわあああ……!?」


 咄嗟のことで、身動きも取れなかった。その人は――。

 階段を転げ落ち、歩道橋の下まで落ちて――倒れた。以前、に見せられた、あれの最後の姿と同じに――。

 歩道橋の上のを見れば、やはり血塗れの顔だったが、口元には満足気な微笑が浮かんで見えた。

 ――と、見る間に、消えてしまった。



 救急車を呼んだ後のことは分からない。同僚の人がどうなったのかは。

 だけど、これ以降、歩道橋の上に、の姿は見なくなった――。



 を突き落としたのは――あの同僚の人だったのだ。



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