未来へ蒔く種


「しかし、このような場所に畑をおつくりあそばされていたとは。臣は存じませなんだ」


 王宮の庭園の端、薔薇園のさらに奥を見遣れば、黒き更地の片隅に小さな畑がしつらえられておりました。


「庭師に教えてもらった穴場スポットですの。この辺りはとても土壌が豊かなのですって」


「ほう? このような、庭園の最奥がでございますか?」


「この場所は、かつて陛下が退治なさったドラゴンの魂を鎮める儀式を執り行った場所なのだそうです」


 なんと、陛下はシャーマンなるジョブも極めておられましたか。


「目撃した者によれば、神聖な炎によってドラゴンの邪悪なる魂を浄化し、天へ還したとか。その魂がきっと今も陛下に感謝して、この地を豊かにしているのですわね」


 あ、それ陛下が一人焼肉なされていたやつですね。


 魂は天へ、肉体はほとんどが陛下のお腹に収まって、そして残りは土に還り、時を経て豊かな土壌へと生まれ変わったものにございましょう。


「本当は、もう少し畑を拡げて、おナスやおトマトも植えてみたいのですが……なかなかなのですわ」


 さてこれは、ついに臣のすきスキルをお役に立てる時が来たのではないでしょうか。


 この一年、臣は毎日のように鋤を眺め、鋤と寝食を共にして、ただ只管ひたすらに鋤好きスキルのみを鍛えてまいったものにございます。


「ひっ、姫様! これ以上ばあやの血圧を上げないでくださいませ!」


「まあまあお待ちなさい、ばあやさん。畑仕事といえば、確か陛下もご幼少のみぎりにはよくなされていたものと聞き及びます」


 ここは主を立てるのも、臣下の務めにございますれば。


「陛下、ひとつ臣に陛下の御技を伝授していただけませんかな。鋤でしたら、これこのように、本日も伝家の宝鋤を携えておりますゆえ」


「うむ。マントが邪魔じゃな。宰相、これちょっと持ってて」


「あっ、陛下! その下は――」


「きゃあああああ」


「へっ、陛下!? レディの前で、そのような御恰好を(チラッ)……姫様、見てはなりませ(チラッ)」


 ばあやさん、陛下の鍛え上げられた広背筋に見惚れてる場合じゃないです。


「うむ? 何か変か?」


「いえいえ、陛下。あまりに素晴らしいお召し物だったので、御二方とも吃驚びっくりなされたのでございましょう。その上質な布地、光沢があって大変見事にございます」


 ふっ。陛下の玉衣は、愚か者には見えぬ布で出来ているのですよ。


「えっ……、ええ、ええ。もちろんでございます。陛下があまりにご立派なモノをお召しだったものですから、このばあや、目が眩んでしまったのでございますオホホホホ。どうか、お赦しを」


「え? ばあや、王様は裸――」


「ひひひ姫様! それは言わぬが花にございますよ!」


 そうこうするうち、陛下は頭陀袋ずだぶくろから取り出したる『布の服』にお召し替えになっていました。



「それではどうぞ、心ゆくまで、ご一緒に畑仕事なさいませ。……コホン、あとは、まあ、野菜ばっかり作ってないで――」


「おう、肉だな! やっぱりバランスの取れた食生活が大事だよな。姫様、今度オレが狩りを教えてやるよ」


 いや、そうじゃなくて。お二人に作っていただきたいのは次期国王なんですけど!?


「食事に気を遣い、適度な運動をして、いつまでも健康でいような。オレたちは、生涯現役の冒険者だ!」


「はい、陛下。どこまでもお供いたしますわ」


「ほれほれ、宰相も!」


「はっ……、御意」



 いつまでも、冒険心を忘れない。


 われらが王はこの先も、この国を新しい時代へと導いてくださることでしょう。





 そうして国の英雄と美しいお姫様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


  ―完―


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グリフォンの爪の先(ありふれたレアな冒険譚) 上田 直巳 @heby

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