大事なのは結果ではなくその過程


 声の先を見れば、それは臣のすぐ目の前、審査員席にございました。


「オレ選手やりたい!」


「へ、陛下――いえ、ユッケ様!?」


 あの少年が来ぬのは、少年の勝手。確かに他の誰が優勝してもいささか不安の残る面々ではございますが、それを捨て置けぬとは、なんとお優しきことでしょう。


 いえ勿論、王座にお戻りになるというならそれは喜ばしきことにございます。


「おおっと、審査員席から乱入か!? それではユッケさん、どうぞこちらへ!」


 まあ、選手として参加せずとも、このコンテストの中止を御命令になれば良いだけだと、臣は思うのですが……。


 どうやら陛下は、やる気満々の御様子にございます。


「ユッケ様、お気をつけください。あの宰相(仮)、必ずや三段活用するものに相違そういありません」


「サイゾー、下がっていろ」


「はっ。出過ぎた真似を」


「こき・こき、くる・くる」


「……ユッケ様、そこは『こ・き・く・くる・くれ・こ』にございます」


「サイゾーくん、それ何の呪文よ? 今ちょっと忙しいから、構ってほしかったらこの準備運動終わってからにしてくれる? ほれ、ぶつかるから下がって」


「はっ、失礼致しました」


 コキコキ、クルクル、首・肩の体操をなされていたのですね。


「さ・し・み、する・めに・せよ!」


 ……それは確か、クラーケンの食し方にございましたね。


 受験生の皆様は、正しいカ行変格活用・サ行変格活用につきましてはいま一度ご確認ください。



「どうやら皆様、準備が整ったようですね。それでは最初の種目は……投げやり! あっ、じゃなくて槍投げ! 王笏をブレなく持ち続けることは、王様の絶対条件です。まずはその膂力りょりょくを競っていただきましょう」


 刮目せよ。

 バジリスクを投槍で見事射止めたもうた、陛下の神技!


「とりゃ」


「おおっと!? ユッケ選手、これは大きく場外へ! うわぁ、酷いノーコンですね。そのまま城外のやぶの中へ落ちていきます。飛距離はかなりあったのに、残念! 失格です」


 そういえばあの折も『目瞑って適当に投げた』との御言葉でした。


「あっ!? しかしその槍は、どうやら藪の中にいたイノシシに命中したようです! 荒ぶるイノシシが、場内へ戻ってきます。そして200mラインを越えて――力尽きた!」


 獣の気配を察知する神技!


「果たして、イノシシに刺さった地点を槍の到達点とするのか、イノシシが倒れた地点を到達点とするのか――審議いたしますので、少々お待ちください」


 それは後者でしょうとも。

 天をも味方につける、これぞ陛下の御威光でございます。


「業務連絡業務連絡。審査員席のサイゾーさん、審議に参加してください」


 面目ない。



「続いての種目は、階段ダッシュ! マントの重みに耐えながら、威厳を保ちつつ城内を闊歩かっぽするには、足腰並びに全身のバランスの取れた筋力が大切です。こちらの大階段を駆け上がって競っていただきましょう」


 ふっ、笑止。ワイバーンの山を制した陛下にとっては、朝飯前です。


 何しろ、朝御飯をきこしめす前にワイバーンを退治なさったのですから。


「それでは参りましょう。位置について、ユッケェ――ドン! ……あ、因みにこれ、この頃都に流行るものなんです」


 ズコッ。


「おおっと、ユッケ選手、いきなり転倒か!?」


 それは司会が妙なスタート合図などするからですよ!

 つい先日まで世界御巡幸の途にあられた陛下は、王都の流行など御存知ないですから。


「えぇーん! サイゾーくん、このサングラス下前方が視界不良!」


 ……じゃあ外せよ。


 御聡明にしてサングラスをお外しになった陛下、そこから驚異の追い上げが始まりました。



「それでは最後の種目は、クイズです! 一国の王たる者、国際情勢に疎くてはお話になりません。その知性を競っていただきましょう。以下の問題にお答えください」


 ジャジャン。


「第一問。長らく北海の船乗りたちを悩ませてきた、シーサーペント。最近ついに退治されたようですが、その最期とはどのようなものだったでしょうか!?」


 ふっ、何たる愚問。そのサーペント、陛下御自らが御成敗なさったものですよ?


 陛下の御勇姿、今も臣の瞼裏に焼き付いております。

 大剣を手に、荒れ狂う海へ颯爽と玉体を躍らせられた陛下は――


「それでは皆様、回答をどうぞ! ……ほほう。ユッケ選手、面白い回答ですね。読んでいただけますか?」


「軽く衣をまといて、高温の油をサッとくぐった」


 はい、美味でございました。臣もご相伴にあずかりました。


「うーん。ユニークなお答えですが、残念! 不正解のかわりに、座布団一枚差し上げましょう」


「ユ肉……ザブトン……ぅじゅるるる」


 陛下、ユニークとはユッケの隠語ではございません。

 座布団とは希少な肉の部位の話ではございません。


 それはかく、今の誤審は見逃すわけにはまいりませぬ。

 臣は確かにこの目で見たのです、シーサーペントが生きたままさばかれ天麩羅てんぷらにされる様を!


「お待ち――」


「あいや、待たれい!」


 臣が異議を唱えようとしたその刹那せつな

 2つ隣の審査員席より立ちあがったのは、筋骨隆々チョビ髭スキンヘッドの――冒険者ギルドのマスターどの!?


「拙僧は、冒険者ギルド・城下町支店のマスター。只今の判定に異存を申し立てる!」


 あ、さてはそのスキンヘッド、出家だったのですか。


「拙僧の聞くところによれば、くだんのシーサーペントの最期とは、まさにそれなるユッケ氏の申される通り!」


「いや、そうは言われましてもねえ……。カンペによると――」


「冒険者ギルド・船内派出所の同胞が目撃しておる。間違いない!」


 そういえば、あの時の船内にもギルドがありました。

 そして矢張りそこのマスターも、筋骨隆々チョビ髭スキンヘッドにございました。


「え、そうなんですか? ……じゃあ、正解!」


 そしてすごい信用度!


「冒険者に必要な情報は世界中よりかき集め、随時小出しに提供する! それがギルド・マスターの矜持きょうじ! ふんぬっ!」


 全部は教えてくれないのね。


 あっ、陛下。飛んできた牛脂、食べてはなりませぬ!



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