行きはヒィヒィ、帰りはワープ


 はて。臣は、夢を見ていたのでしょうか。


 この険しい山をどうやって降りたのか、とんと記憶にございません。

 よもや、あの断崖絶壁を飛び降りたということは……。


 気づけばここはもう、山の麓の辺りです。


「いやあ、体を動かすと腹が減りますな。ユッケ様、今のうちに腹拵はらごしらえと致しましょうか」


 心地の好い疲労感と、達成感が臣の全身を包んでおりました。

 これは、明日は筋肉痛に相違ありません。


 そこへ、爽やかなる朝の空気をバサリ、バサリと震わせる不届き者がございました。


 現れたるは、先程陛下が御成敗なされたはずのワイバーン。その凶悪なる二つの顔面たるや――はて、二つ?

 

 首! 首増えてるし!? 何故首が二本も生えておるのですか!


「あー、やっぱこうなったか。さっきバッサリやっちゃったからな」


 え、切ったら増えるシステムなんですかコレ?


 よくよく見れば、脚まで増えて三本脚。

 二匹三脚みたいなことになっておりますが、むしろ動きにくくはないのでございましょうか。


 二つの顔が其々それぞれにおぞましき声を発し、不協和音となって天地を震撼せしめます。

 

 否……これはモーツァルトの弦楽四重奏曲第十九番(通称『不協和音』)!

 さてはこのワイバーン、得意技はコーラスにございますか。


「サイゾー、すきの用意!」


「……はっ!」


 陛下は頭陀袋ずだぶくろより取り出したる大剣を手に、敢然とワイバーンに立ち向かわれます。


 では臣も、臣も……。


 邪魔にならないように、隠れておきます!


 そこへ、駆け付けて来る4人の冒険者がありました。


相済あいすまぬ、遅参致した!」


「もぉーう、アーチャーが寝坊するからぁー」


「えー、オレのせいっすかぁ? 自分だって、髪型決まらないからってなかなか下りて来なかったくせにぃ」


「……ゼェ、ゼェ」


 事の起こりは昨日。

 町の冒険者ギルドに立ち寄った折に、この四人衆に声を掛けられ、共にワイバーン退治をする約束をしていたのです。


「じゃあ、みんな揃ったところで早速ワイバーン退治に出発するっすか!」


「いや、まずは点呼にござる。いち!」


「ねぇどの4人で戦闘する? 誰か1人二軍落ちだから、今のうちに装備交換しとかない?」


いぃーちっ!」


「ワイバーンの巣までは、険しい道のりっすからね。気合入れて行くっすよ!」


「みんなやってよぅ」


「……2」


「スナイパー殿おおおおおおおおっ! おぬしだけはわかってくれると、信じていたでござるよおおおおおおおおっ!」


 何をやっておるのですか、この者たちは。


「いや、それどころではない! 早く、ご加勢を! ワイバーンならばたった今そこに。そこに――いいぃっ!?」


 ワイバーンと戦っておられたはずの陛下を振り向いて、臣はあやうく顎を落っことしそうになりました。


 その、なんと有難き御姿よ。

 御足下には悪しき双頭のワイバーンを踏みつけて、紅蓮の炎を背に負って、あたかも降三世明王が如く。


 そして陛下は仰せになるのです。


「あ、ごめーん。もう倒しちゃった」


「なな、なんと!? ……しかしこのワイバーン、三段活用のはず。ゆめゆめ油断めさるな」


 だから何なんですか、その三段活用って。


「そうっすよ! オレらもこないだ、第二形態までは行けるようになったんっす。けど……そっからはもう、段違いで」


「もう全員、瀕死の重傷で気づいたら宿の中だったでござるガクブル」


「いや、今のがたぶん最終形態。登る途中で2回っちゃってるから」


 え? 陛下、いつの間に2回も?


 されど臣の驚きなど、取るに足らぬものにございました。

 横を見やれば4人の冒険者たちは、石化魔法にかけられたかの如く固まっております。


 ややあって、ようやく其々に言葉を発しました。


「……敬服」


「う、嘘でしょ……? あのワイバーンを、倒したの……?」


「オレら……この5年間、何度も何度もコイツと戦っては、敗れてきたんっすよ。負けては挑んで、また負けて……」


「拙者ら4人、力を合わせ、何度挑み続けても成し得なかったものを……。それを、たったお二人で……」


 いや、お一人で、ですけど。


「これからコレで朝メシするけど。一緒にどう?」


 さては後ろの炎は、早くも焼肉の準備をなされていたものにございますね。


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