2.勇者の条件

ギルド・マスターは眠らない


「でもまずは、装備揃えないとだよな」


 やって来たのは王国の辺境近い町。


 陛下のたまわく、こういう場所は国境越えの冒険者たちが集まるぶん、城下よりも実用性の高い装備が見つかりやすいのだとか。


「冒険者ギルドだと組合価格で安く買えるんだけど、オレ10年くらい前から冒険者カード更新してないんだよなぁ。まだ使えっかなあ……?」


 御慧眼ごけいがんにて早速に冒険者ギルドなるものの看板を見出された陛下は、古ぼけた木戸を御手ずから押してお通りになります。


「あっ、お待ちください陛下、臣が露払いを!」


 一歩足を踏み入れると、そこはまるで魔物の巣窟でした。


 薄暗い室内に、漂う煙とアルコール臭。

 その奥から、鈍重に光るまなこがいくつか、音に反応してこちらを見上げてきます。


 くっ……。ここでひるんでなるものか。

 臣の冒険は、ここから始まるのです。


「ええい、控えおろ――」


「おい、お前たち!」


 不覚にも、臣は後れをとりました。


 魔物に立ち向かわれる陛下の、なんと勇壮なる御姿。

 その御威光は、あたかも陰鬱いんうつたる闇を打ち払うかのようであります。


 しかしながら陛下、無闇に刺激なさらぬほうが。

 野生の魔物モンスターは、こちらが下手に動かなければ攻撃して来ないと臣は聞き及んでおります。


「焼肉やるときは、ちゃんと換気しろよな!」


 あ、コレ焼肉の煙だったの? 煙草じゃなくて?

 そういえば近年、わが国も分煙を強化しておりました。



 さて陛下の御意向により焼肉の煙は払われたものの、その陰鬱たる様はあいも変わらず。

 入口近いカウンターに居た酔客どもが、畏れ多くも陛下へ向けて下卑たる笑いを投げかけました。


「よぉ、兄ちゃん。あんた、ずいぶん年季の入った装備だなあ」


「無礼者! この御方をどなたと心得る!?」


「よせ」


「ぐぉえっ!?」


 陛下、襟首を掴まないでください!

 ただでさえ詰襟なんです!


「何だぁ? へッ、王様だとでもいうのかい? んじゃあコッチは、だってんだ」


 その通りですよ!

 自国の君主の御尊顔もわからぬとは。一体どなたのおかげでこの国が在ると思っているのやら。


 陛下の御真影なら、この街にだって――あ、ロン時代のやつでした。


襤褸ボロをまとった王様か。それならいっそ、裸の王様にでもなったらどうだい」


「そっちの眼鏡クンは、まるで宰相みたいな格好じゃねえか。へッ、そんなんでモンスターと戦えんのかい」


 意外と鋭いですね。


「兄ちゃんたち、俺様が冒険の手ほどきしてやろうかあ? いい装備ってのは金がかかるからよぉ、まずは簡単な依頼探して小銭稼ぎだな。それか、民家の箪笥たんすでも漁って地道にやるか?」


「冒険ナメてっと、ドラゴンにパクッといかれちまうぜ? あ、まずドラゴンまで辿り着けねえか! ガハハハッ!」


 この御方、かつてドラゴンをパクッとなさっていますが。


 けれど陛下の大御心おおみこころは、小者の戯言ざれごとなどいとも容易たやすゆるしておしまいになるのです。


「それよりさあ、ギルマス呼んでくんない? いっこ確認しなきゃなんだよね」


 はて、ギルマスとは、新怪魚の名にございましょうか。


 それを耳にした途端、無頼漢どもは粗暴な笑いをあげました。


「ブハッ! ギルマスだあ? 駆け出しの冒険者が、何言ってやがんでえ」


「ダメダメ、マスターはお忙しいの! もちっとレベル上げてから出直して来な!」


 くっ……。陛下、こやつら最早もはや捨て置けませぬ。

 今度こそは、お留めくださるな(臣の首が締まるから)!


「ヘイお待ち!」


 臣が一歩を踏み出そうとしたその刹那せつな

 筋骨隆々チョビひげスキンヘッドの壮年男性おじさんが、どこからともなく現れました。


 見上げる無頼漢どもの顔が、たちまち赤から青へと変わります。

 これ、しばらくすると黄色になるのでしょうか。


「マ……、マスター……」


「冒険者の求めがあれば、いつでもどこでも(但し館内に限る)駆け付ける! それがギルド・マスターの矜持きょうじ! ふんぬっ!」


 ピチピチシャツのボタンが一つ、そらを飛びました。


「あ、マスター。オレの冒険者カード、たぶん有効期限切れてんだけどさー、これって更新できる? もっかい登録し直さなきゃダメ?」


「むっ、これは……」


 陛下がカウンターに無造作に投げ出しあそばされた『冒険者カード』を一目見たマスターどのは、震える手でそれを拾い上げました。


「こ、これはっ、伝説の勇者様だけが所持するという、ブラックカード!! 実物を目にする日が来ようとは……。うおおおぉっ、生きててよかったよおおぉ、ママァーンっ!」


「あ、そういやオレ、伝説入りしてたんだった」


 何なんですか、そのシステム。


 冒険者カードは冒険者のランクに応じていくつかの種類があるそうで、最高ランクであらせられる陛下の黒いカードは有効期限なし・永久不滅ポイントなのだそうです。

 ていうか冒険者ギルドも、ポイント制を導入済なのですか。


 ギルマスどのは「お代はけっこう!」と言い張りますが、そこは人民のかがみたる陛下のこと。きっちり組合価格でお求めになります。


 無論、臣も抜かりはありません。

 出立前に城内の宝箱を片っ端から開けて、軍資金をしかと調達して参りました。


「んじゃ、支払いヨロ。あ、ちなみにコレ、装備は全部キミのだから。フリーサイズだけど着用観とか、一応確認しといて」


「は、左様にございましたか。それは格別の御高配を賜り、恐悦至極に存じます」


 陛下はその年季の入った御装備、お召し替えにならないのでしょうか。


「町中では使わないから、試着終わったら全部頭陀袋ずだぶくろに入れちゃっていいよ」


 え、この小さい頭陀袋に入りきりますか!?


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