第48話 狂舞
のう、娘
疫病神は独り言ちる。傍らには血まみれとなった妻。
お主は見たいと思わぬか。奪われるしかない弱き者が、何もかも破壊し尽くす痛快を。
彼の妻は、彼によって殺された。彼の顔を見たからだ。彼の眼の中を覗いたからだ。彼の眼は彼の弱点だった。眼を見れば、彼の考えていることが、見た人にとって手にとるように解ってしまう。
のう、我が妻よ。なぜ死んだ。なぜそこにいつまでも倒れて居る。
彼には自分が妻を殺したことさえどこか遠い国で起こったことのように靄がかっていた。現実を受け止めきれなかった。
彼女がなしたことが、理解出来なかったから。いや、解っていて、思い出すのが怖かったから。
自分より前に出たら死ぬ。それを解っていて、彼女は自分を追い越し、眼を覗いた上で、派手に血を撒き散らして死んだ。その血を、血の記憶を見る異能を持つあの娘に託したのだろう。
己が絶大な力を持つ神の后として生きることよりも、己の息子が生き続けることよりも、己の息子が狂うことを阻止したいと思う親心。それは、各地に疱瘡を撒き散らす疫病神の、最も欲しかったものだった。
けれど、認めたくなかった。だから、気まぐれにこの親子を生かした。生きることが苦痛である息子を見せた後ならば、生きることに喜ぶ息子をーー例えそれが破壊をもたらす害悪としてであったとしてもーーそれを喜ぶだろう、と。
母親は、それを望まなかった。自分を傷つけることでしか安寧を得られない人間が、他人を傷つけることで安らぐことを見つけ、その破壊衝動に任せるまま世界を破壊し尽くすことを。それがどれだけ、その人間にとって痛快で、心地よくて、幸せであったとしても。
疱瘡神が得たかったものは、どうやっても人間の親子から奪えなかった。奪えなかったけれど、歯車はもう回ってしまった。隼人はこの戦いで狂うだろう。そしてこの国を焦土にするに違いない。
寂寞————。
神になって久しく忘れていた感情が、胸を掻き乱す。
私は、どこで間違ったのか。
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