第43話 仕組まれた不運

 中宮の産んだ子が、直ちに立太子された。私は皇太子の兄ではないか。血の繋がった一族の子ではないか。であるのに、なぜ私は呼ばれないのか。なぜ、まつりごとに関わらせてくれないのか。


 なぜ権力を持てないのか、なぜ意思表示ができないのか。


 平家側の内通者が、私を追討する手はずになっている。そのまま、撃ったはずの矢が倍となって己が身に降りかかるのを目に焼き付けて、死ね!


 神話の血を引く一族は、なぜ一つで在れなかったのか。なぜ、家臣に思うがままに操られる権力の器と成り果てたのか。私は誰の顔をも伺わない、堅固で確かな親政を執り行う。


 以仁王の思いとは裏腹に、彼を取り巻くは彼を支持していた。


 園城寺、境内。武者どもと、それを守る僧たちの、抑えきれない心の高まりが、本堂や伽藍の構造をピシピシと鳴らす。


 寺の長である長吏ちょうりは、期待の眼差しで以仁王を見つめる。親平氏の比叡山に、園城寺はたびたび辛酸を舐めさせられてきた。


 いつの時代も、まつりごとの中心人物とその取り巻きは運命を共にする。ともに滅ぶか、ともに栄華を極めるか。権力の頂点を極めたとて、自由に震える鉈など夢幻にすぎず、数々の利害が絡まったに絡め取られてしまうのが世の常。


 諸王にすぎない以仁王は、知ってか知らずか。いくさに勝ち、敵を倒したところで、人形の頭がすげ替わるにすぎぬ。


「不審な者が門前に」


「この大事なときに誰じゃ」


 張り詰めた空気に澱みが生じた。以仁王は立ち上がり、発破をかけるために境内の参道に急いだ。


 本堂から真っ直ぐに延びる石畳、それに沿うように掲げられたかがり火。比叡山が御神木で仏門の不可侵を見せびらかし朝廷を意のままに操るやらば、我らは火を以ってして木を焼き払わんという意思であった。


「……いくさ場を嗅ぎつけて来る客人なぞ、奇襲の敵か毒盛りの使いほどしかおるまいに、のう」


 どっと湧くはずの大衆が、なにやら隣り合う者と目を見合わせている。招かれざる客を見定めようと視線を下へと滑らして、戸惑った。縄で縛られ、跪いていたのは、まだ女児であった。


「何者じゃ」


「見届けよ、と」


 おなごは以仁王の鋭い視線を、打ち返した。


「何を見届けるつもりだ」


「平頼盛さまより、正しい側はどちらか見定めよと、仰せつかりました。そして、殿下がお怪我を負われた際には、心尽くして傷を癒せ、と」


 挙兵しようとしている軍勢の陣へ、薬師の類いを遣わすとは、なんたる無礼なーー


 ここまで考えて、以仁王はとある可能性に思い至り、青ざめた。


「まさか!」


 そのまさか、だった。

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