第41話 悪い予感
西へ、西へとサトは山道を急ぐ。何度か訪れたことのある村が、無人になっていた。ここで一夜、世話になろうかと思っていたが、当てが外れた形だ。前の村に戻るにも、次の宿場町に進むにしろ、早く着かなくては夜になってしまう。
夜は野盗が幅を利かせる。生活に困り野盗に堕ちた者も、そのうち略奪という行為そのものに酔いしれるようになる。大した財宝を持たない薬草売りの女をそれでも襲うのは、生きるためというよりは、女の大切なものを「奪う」のが楽しいからだろう。
弱い存在が助けを求めて目を潤ませ、憎いはずの自分に媚びを売る。それがどうしようもなく、何物にもかえがたい恍惚なのだろう。
女性の一人旅を始めて、もうそれなりになる。それなりに危ない目にもあったことはある。しかし、手籠めにされたことはまだなかった。いままでは、陽が落ちるずいぶん前に宿に入るなど注意深く過ごしていたからだ。
ただ、笠に編み込まれていた文の内容が、サトをなにか不安な気持ちにさせ、焦らせてしまった。
「ひゃっ!?」
つまずくようなものがないはずの、比較的整備された山道で、サトは派手に転ぶ。
うつ伏せになったサトの顔の前に、背負っていた籠から薬草が雪崩れ落ちる。飲み合わせに気をつけなくてはならない薬草も、致死量が安全量に近く厳重に保存しなければいけない薬草も、まぜこぜになってしまった。まだ目的地には遠いのに、銭や米を稼ぐ術をなくしてしまったに等しい。頭が真っ白になる。真っ白になって、なぜ何もないところで転んだのか、考えを巡らすのが遅れてしまった。
「やぁ。元気そうじゃねえか、生意気なオナゴ」
「だ、誰? ウチはあんたなんか知らん。人違いと違うか」
男が二、三人、わらわらと、大人の腰程度の高さの藪から這い出てきた。ニヤニヤと笑っており、その顔は逆光で暗く見えづらいが、あちこちに疱瘡の痕があった。
「こんなにわかりやすい見た目なのに、覚えてネェとはなぁ?」
そんなことを言われても、サトは困るのである。身に覚えなど、あるはずもない。
身体中に瘤や痣があり、死にいたく惹かれていた、異形の男になら覚えがあるが……
「そうだ、俺は、お前の連れに有り金ぜんぶ奪われた商人だ。この先の峠を越えたところで、瘤だらけのならず者に大事な商品は盗られ仲間も大勢殺された。お前は瘤野郎の連れなんだろう? 落とし前をつけてもらおうか」
男たちはにじり寄る。サトは慌てて立ち上がろうとしたが、膝に力が入らずに尻餅をついてしまう。ずるずると後ろに後ろに下がる。薬草はバラバラになってしまって、即席の爆弾を作ることもできない。
……ただ、見知らぬ男たちの目的には、なんとなく勘づいた。ブナの木々が、夕焼けで真っ赤に染まる。
自分が隼人と旅を共にしたことを知っており、かつ、隼人のかつての生業を知っている者。ほんのりと
「……なにが目的なん?」
「あれ、勘がいいね。賢いからこういえばわかるって言われたんだけど、本当だったとは」
「誰から? 誰から言われたん?」
男たちは、身の毛もよだつおぞましい笑みを浮かべた。
「平清盛。お前の父親だ」
悪寒が、サトの脳天を突いた。
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