第40話 権力
大きな力でありたい。そう思っていた。皇太子から帝になり、大いなるまつりごとを行い、後世にまでその治世が称えられる、そんな力になりたいと。
京のみやこが荒れ果てて久しい。京の荒廃と朝廷の力の衰退は、愚帝が興れば天変地異が起こり名君の世は穏やかなように、共鳴関係にある。各地に遣わされた国司・郡司は自らの一族の懐を肥やすことが第一の目的となり、朝廷は、その公家たちを監督する力に乏しかった。
挙句、自らのお膝元である京の治安すら満足に守れない。古典を学び、醍醐天皇のころの世を取り戻したく思っていた。しかし、腕を振るおうにもその腕がない。彼ーー以仁王にとって、権力とはそういうものであった。
平家から出た国母、建春門院が、彼の野望を打ち砕いた。
彼は妥協した。帝にこだわらずとも、誰か近縁の有力者が皇太子になり、その後継になりさえすれば、あるいは……と思っていた。
しかし、肝心の身内が彼の後ろ盾にならず、彼自身が後ろ盾となることができるような血縁にも乏しかった。
三条高倉に住まいを構え、その土地が院政の中心地であった時代を目撃しておりながら、自分は自らの手腕を生かす機会に恵まれない。それは、あまりにも、自らの存在価値を揺るがす現実だった。
いっそ諦めて、仏門に戻ろうかとも思う。しかし、一度まつりごとに開かれてしまった目は、もっと見たい、見届けたいと彼にささやいた。それ自体が世俗であり、業であり、仏の道から人間を遠ざけようとする遅延性の毒であるとも知らず。
心揺れる彼のもとに、二人の人物から文が届いた。
「同じ、なのか」
内容は全く同じ、平家の人間からの、平家打倒の計画だった。それが、三日前後して屋敷に届けられた。彼は不審に思った。なにかの罠かもしれない。念のためその密書は焼却し、灰も丁重に始末した。
しかし、その七日後、文を寄越したうちの片方から返事を促す密書が届く。
これは、本気なのだろう。確実に自分に届くように、二つの道から同じ計画を知らせたに違いない。
一通は、源頼政から。もう一通は、平頼盛から。そして、返答を急ぐ旨が書かれていたのは、平頼盛からのものだった。
ーー後白河院の御子でありながら、平家の横暴に不遇を強いられている貴方の言葉になら、諸国の有力者たちも立ち上がるでしょうーー
これから私は
彼は身の中の血が沸き立つような感覚を覚えた。二人が文に書き綴った言葉は、以仁王の自尊心を満たすのに十分すぎるくらいであった。
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