流浪
第39話 ふたり
一人でも、生きていける。このことは、果たして強みなのだろうか。
まつりごとに……人を人とも思わぬ権力者の双六遊びに、巻き込まれている自覚はあった。
何者かの手によって、雨除けの笠に織り込まれたこよりを指で丁寧に解く。強く芯のある素材のなかに、わずかながら異質なものが紛れ込んでいた。そのことに気づいたのは、鳴海を見限って薬草の行商に戻った一昨日のこと。
「……え」
なにも書かれていない。何度か雨も浴びた。紙は貼りついてしまい、最後まで開けない箇所もある。
何の遊びなのだろう、悪戯か、嫌がらせか、はたまた。
いや、笠に編み込んでまで隠さなければならなかった秘密の文に、親切に誰でも見られるように文章を書くのもおかしいのかもしれない。
「和歌の恋文やあるまいし、な」
まずサトが試したのは、水に浮かべることたった。何も文字は浮かばなかった。
次に試したのは、燃えない程度に火で炙ることだった。流麗な仮名文字が浮かび上がった。
曰く、おんじょうじへまいれ。園城寺とは大津にある寺院である。苦労して東へ東へと逃れてきたのに、また都方面に向かわなければならないのか。
ただの野の草でしかないサトに見えないところで、野焼きが始まっている。その火の回りは早いが、臭いなく、煙もなく、火の広がりを前もって予測するのは難しい。
東か、西か。どちらに向かえば焼かれずに済むのか。どちらにしろ死ぬのか。
なにも糸口を知らされないまま死ぬよりは、まだマシなのかもしれない。ーーしかし。
また大津に戻るまでの長い長い旅を一人でできると思ってしまうのは、サト自身のこれからにとって吉と出るか、凶になってしまうのか。
翻って、サトの足先が向いた京の都では。
平家の一員となった
昼夜問わず身を苛む苦痛から逃れるために自傷を繰り返し、ついに猿ぐつわを噛まされ両腕は後ろ手に括られ、独房で一人、何もできずにいた。
時人が不死身であることはすでに誰もが知るところであった。だからか、食べ物は与えられず、水も与えられなかった。この状態で、もう二週間は放置されている。
不死身ではあるが、肉体の再生能力には限度があるらしい。縛られた腕を壁に打ちつけて得た傷がじゅくじゅくと膿んでいる。常人であればそれも当然なのだが、肩から腰までざっくりと斬られたときも瞬きする間に傷は塞がったことを鑑みるに、これは異常である。
二週間と一日、膿んだ傷跡をさらに壁に擦りつけていたところに、ギイと木製の扉が開く音がした。
「隼人とやら、出ろ。殿からの新たなご命令だ」
牢番は腕の縄だけを切り、足早に去っていく。面倒で危険な役を押し付けられたと思っていることは明らかだった。気怠げな声に、短刀で縄を切る仕草もどこか投げやりである。
「新たなめいれい」
「なんでも
牢番はなにも聞かされていないのか、時人が望むものは他人への暴力で、自傷はその延長にあると思い込んでいるらしかった。
「いくさ」
それは、サトが嫌っていたもの。そして、自分自身の生い立ちにも関わるらしいこと。それが、いくさ
いくさに行けば、それを討ち果たせば、サトも自分も幸福になれるのだろうか? そんな考えが、胸を去来した。
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