第38話 心当たり

 政情は刻々と変わる。その様を見るにつれ、「一蓮托生」など理想論だと思っていた。


 かつて新羅からとある人物がこの国に来た。いまや、彼の子孫があまりにも多くなった。中臣鎌足が藤原の姓を賜ってからというもの、かの家は木の枝のようにあまたに分かれ、その梢同士でまつりごとの主導権争いをする。入内だ中宮だとかしましい。だが、考えてもみよ。そのおかげで、藤原は滅びなかったとも言えるではないか。


 枝が剪定されても、木が枯れることはない。互いが互いを当然のようにとみなしている。一族のために帝の子を成せなかった者は素腹の后などと揶揄されてしまうが、鎌足・不比等の血筋は絶えることはない。


 それと同じように、帝の血統とて、絶やれることはないだろう。臣籍降下となった者も含めれば、帝の血を引いていない者を全て探し出して殺すことは誰にもできそうにない。


 最愛の女性を失った悲しみに付け込まれ出家と同時に譲位させられた悲劇の帝もいたにはいたが、その後釜に座ったのも神話の血筋の人間であって、いずれにせよ帝の血が濃くない臣がなんの後ろ盾もなく皇位につくのは不可能なのだ。


 公家はわらわらとすげ替える人形の頭を担ぎ競い、人形の頭は頭で、各々担がれることで滅ばずに、賢くもしぶとく生き抜いている。


 ならばーー臣、平頼盛には考えがあった。


 帝の権威に拠らぬ全く新しい政権を作るなどとほざいていた者からの、秘密の文が届かなくなって久しい。元からあの者の計画が成就するとは思っていない。一蓮托生で数珠繋がりに滅ぼされないように、何事も平衡感覚が重要だ。


 人形の頭が政情の変化とともにすげ替えられる定めにあるのなら、私には考えがある。


 あの者……鳴海とか言ったか。


 あの者に付き従うていた女童には見覚えがあった。その女童の召し物の、笠に一筋、こよりのようにして編み込まれた紙に、あの娘が気がつくかどうか。


 それにしてもーー


 あの男、時人ときとと名をつけられていたが、もとは道行く旅人を襲う強盗団の首領だったというではないか。


 野の獣のような、野蛮で教養のない瞳。急遽躾けられたのか、大部分において目は伏せていたが、それでもあの瞳は、脅威である。


 まつりごとならば、意図がある。意図があって動く陣営には、必ず弱みがある。


 獣にはそれがない。だから、予測ができない。


 問題は、親王宣下をえられなかった以仁王の、清盛、あるいは高倉帝への恨みがどの程度であるか、だ。しかし、例えかのお方の心情のほどを読み違えていたとしても、次の手は存在する。慌てることはない。


 六波羅の邸宅において、当主たる清盛の屋敷からほど近い場所に住まわされているのは、信頼の証か、はたまた不信頼の証左か。


 

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