第22話 騙し打ち

「本当に、不死身なんだな」


 空き家の壁に縛りつけ、猿ぐつわも嵌めた上で火矢で家ごと燃やし、その直後に駆けつける。この作業ももう三度目だ。


 顧客は口々に感嘆の声をあげる。なにをやっても死なない上、傷がすぐに回復するとあれば、その商品は垂涎の的になる。どれだけ報酬を払っても、その報酬に見合う利益が得られるならば、商品は売れるものだ。


「如何でしょう。新しき世を築くための一世一代の賭けとあらば、よい供物が必要となりましょう?」


 ううむ、と今回の客は腕を組む。この客には、正直、あまり期待していない。後ろ盾となる組織がなく、金払いも悪そうだ。


 大義名分とやらがあるらしいが、人を傷つける呪いまじないごとに、人間を使おうとしている時点で、いまのまつりごとの汚れ具合と大差はない。


 権力者が変わったところで、この商売は廃れることはないのだろう。いつの時代も、権力者はその権力に正統性を求める。神や仏は彼らにとってお墨付きを与えてくれる存在でしかない。



「ーーお気に障りましたか」


 冷やかしと思い軽い対応をしたのを、後悔させるような剣呑な雰囲気に、思わず息を呑む。


「いや……。を買いましょう。おいくらですか」


 人を人扱いしない自分の口ぶりに腹をたてたのだと思った。人を人扱いしない商談に赴いておいて、自分だけ善人気取りかよ。暗い感情が毒蛇の舌のように彼の表情に見え隠れする。


 ほんの悪戯心で、彼は法外な金額を客に吹っかけることにした。どうせ、慌てふためいて帰ってくれると思っていた。目を白黒させてくれるのではないかと思った。


「払いますよ。これでよろしいですね」


 絹の織物が三十反、銀が五十本、清酒が十樽、他にも……。


 従えているらしい供が次々と運んでくる。今までに応対したどの客よりも羽振りがいい。


「これは……っ」


「では、貰い受けますよ」


 客は慣れた手つきで縛られたを解放し、あっという間に連れて行ってしまった。


 どうやら自分は、客層を見誤ったらしい。怒ってしまったのか、名も名乗らないままに行ってしまわれた。


 複数の客を抱えているときは、それぞれに関心を抱かせ、競争させた上で価格を釣り上げるのが常。独断で勝手に売ってしまったとあれば、主人にも他の客にも謝罪は免れないだろう。


「で、これを一人で運ぶのか……?」


 高く積み上げられた商品の対価の品々を、うんざりと眺める。今日に限って、いつも交渉ごとを見守ってくれる兄貴分が現れない。


「ーーん?」


 どうせ誰も見ていないのなら、隠れて仕事をサボってしまえと、品々から目を逸らし二、三歩だけ歩いたそのとき。


 万が一交渉ごとがうまくいかなかった場合や客の見張りのために、客を迎える道に並行して隠し通路がある。そこに向かおうとして、高く積まれた反物に隠れて見えなかった品が見えた。


「ーーこれは」


 頭の血が一気に下がり、脂汗が背を伝う。つい一昨々日さきおとといに、自分が立ち会った交渉で得た品ではないか。


 品々を隠し保管する倉庫は、組織の主人たちが交渉の指揮をする母屋の近くである。


 まさか、と彼は母屋に駆けた。捨てられた私生児を拾い育ててくれた主人が死んでしまえば、一人でどうやって生きていけと言うのか。


「……はあ、はぁ、はあ、はあ」


 母屋は燃えていた。火矢を射かけられたらしく、もう手がつけられないほどに火柱が天に昇る。うめき声さえ聞こえない。殺されたあとから焼かれているのだろうか。それにしては、なんの異変も感じなかったが……。


 呆然と立ち尽くしている間に、なにもかも焼き尽くして火は止んだ。


 どれが誰だか見分けがつかない、黒焦げ。そのなかで一つだけ、外に這い出る直前で息絶え、顔が綺麗な遺体があった。


「ひいっ!?」


 猿ぐつわだろうか、キツく口を縛られたような跡がある。


 死んでいたのではなく、焼かれている間に声が出せなかった……?


 体が震え、目の焦点は合わない。なにかに縋るように差し出された腕は、彼が立っていた場所に真っ直ぐ伸びている。


 生きたまま焼かれていく恩人たちを、なにもせず見つめていた。それはとんだ裏切りに、死者たちにとって見えたことだろう。

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