第21話 無法者
一歩、一歩、生き延びるために歩く。なにか食べ物を口に入れなければ、どこかに湧き水はないだろうか、そんな、死の淵にある人間が思い浮かべそうなことは何ひとつ彼の脳裏にはない。
より、自分を傷つけられるほうへ。枯葉の道と荊の道があれば荊へ、清流と濁流があれば濁流へ、なにもなければ地面に頭を打ちつけて血を流し、爪が剥がれるほどに木の肌を引っ掻いた。
「あ……あぁ」
指からは血が滴るが、不死身の異能が彼を守りすぐに新しい爪が生える。頭をどれだけ打って脳が漏れ出ようとも、何事もなかったかのように傷は癒え髪さえ元通りに生え揃う。
傷が治れば、一刻前よりも強い痛みが身を軋ませる。少しでも体のどこかを痛めつけないと、膨れ上がった痛みの負債が自分に襲いかかってしまう。まさに、火の車、行き着く先は地獄か、それ以上か。
「もっと……もっと…………」
傷が癒えるまでのわずかな時間に、次の自傷行為を探す。小枝の先で片目を刺したなら、もう片方の手を同じ木の太い枝の下にくぐらせ、木を押し倒して下敷きにさせる。それでも、彼の腕は蘇る。崖から飛び降りて内臓が飛び散ろうにも、するすると腹に収まって血が通いだす。
もはや、隼人は狂わずにはいられなかった。傷が欲しい、次々と絶えることなく傷が欲しいと願った。
足の骨を自分で折り、折るために使った石で今度は頭を殴る。そんな奇人を遠くから眺めていたのは、山伏風の風貌の男二人。
「あの噂は本当だったんだな」
「自らを傷つけることを好む大男がいる。不思議なことに彼についた傷は直ちに治る……か。利用価値はありそうだ」
割いて鋭く尖らせた枝先で唇を切っていた隼人に、男の背の高いほうが声をかけた。
「お前、もっと傷が欲しいか」
「あぅ……ぐアッが」
かすかに見えた口のなかにそれらしきものがなかったことから、舌を抜いたらしく話ができないことを男は悟る。
「お前に不断の苦痛を味わってもらいたい。皮膚が爛れるほどの熱湯を、三日三晩手に受け続ける苦行だ。耐え切れたならば、褒美を」
「やラさ、やらせてくれ、いまスぐに!」
「褒美の仔細を聞かなくてもよいのか」
正直、演技だと思っていた。近く、国の行く末を左右する、ある争議が行われる。議論で決着がつくとは当事者さえ思っておらず、神に判断を委ねる
無宿者、流れ者、乞食、腕や脚のない者、それら有象無象の人間たちが、我こそはと名乗り出る。公にはされないだろうが、
そしてそれは正しい。双方の陣営は双方に悟られぬよう気を配りながら、少しでも皮膚が強く、少しでも我慢強い人間を手配するのに躍起である。
熱湯をかけて火傷が酷くないほうが、神の審判で正しいとされた者である。ーーそんな建前を真に受ける人はいない。人選と並行して、双方の神官への買収も進んでいる頃だろう。
「……気に入った」
瞬く間に生えたその舌が、気に入った。体を再生させられる人間は、神の審判で
問題は、この商品を、どちらの陣営に高値で売りつけるか、である。
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