第14話 抵抗

 隼人はというと……都から離れ、東国に向かっていた。傍らには、腐れ縁とも言うべき人間が羽虫のようについてまわる。


「この村もなーんも残ってないなぁ……。不作にもほどがあるだろうに」


 鼻くそをほじりながら、隼人に聞かれる前提ではない言葉をこぼす。ここでも、隼人は略奪の際に力を振るいさえすればいい人形にすぎない。後ろで糸を引く人間が変わっても、結局同じことをやらされるのだ。


 山に息を潜め、村の様子を探るも、今日は収穫なし。昨日も一昨日も……一昨日の前日を何と呼ぶのか隼人は知らないが、はっきりと思い出せる限りずっとそうだ。食えるかどうかわからない木の実をかじり、苦い顔をしたり、腹を下したりするのは文字通り日常茶飯事である。


「まぁいいや。この村襲うか」


「ーーえ?」


 突然の話の展開に戸惑う隼人。その隼人の反応に戸惑う男。


「いや、もうずいぶん、食べられたもんじゃないものしか食ってないんだぞ? 不作だろうが米があるなんて絶好の機会だろうに」


「そのなけなしの米を、我々が奪うのか」


「米を炊けはしないが、適当に炒って食えばなんとかなるだろう。米はご馳走だぞ、不満なのか」


 そうではない、と言おうとして、隼人は口を噤んだ。つい数ヶ月前には、旅人が荷物を携えて山道を来れば、獲物だとしか考えなかった。ほんのわずかな良心の咎めはあったが、生きるためだと自分を納得させた。自分を納得させ、自分が納得することに逡巡はない。


 そういうものだと思っていた事柄が、いまになって胸につかえる。そして、あの聴き慣れない言葉を使っていた、幼い少女は恐らく、隼人のようなならず者に蹂躙される側のクチだろう。


 貧民の取り分を奪い肥え太る貴族が悪いのだと、我々が略奪に手を染めるのは生き残るためで悪くないのだと、いまの自分はそんな理屈に納得してはくれない。


 ぐう、と音がした。こんなときでも容赦なく腹は減る。


「じゃ、とっとと腹ごしらえしにいくか」


 ニコリと笑って先を行く男の言葉に、隼人はそれ以上なにも言えない。しおしおと後に続く。


 腹を壊さずに飯を食えるのは久々だな、と男は楽しげに言った。


 飢えた農民相手に、手間取ることはないだろうーー他ならぬ隼人でさえ、そう思っていたが、目論見は外れた。山を下り切らぬうちに、投石は次々と降り注ぎ二人の動きを封じる。


 山なりに遠距離まで届くが対象に到達するまでに時間がかかる投擲と、届きはしないが二人の進む方向に降り注ぎ牽制する、低くするどい投擲が、撃たれて死ぬか撤退の二択を迫る。


 ひゅん、と耳を裂く音と、そのすぐ後に頬になにかがつたう感覚に、体の芯がすぅ、と冷える。いけない、ダメだ。そう思うも、隼人の意識は分厚いかさぶたのように覆われていく。土の面を被り、決まった舞を舞う呪い師の不気味な姿が、自分に重なる。


 仲間を奮い立たせ、攻撃を指揮する指揮官の嘘の皮に、自分が乗っ取られてしまう。こうなったら、自分が自分でなくなってしまう。こうなったら、他人を傷つけることに胸が痛まなくなってしまう。


 いやだ、と叫ぼうとするのと、意識を手放すのは同時だった。


 常人離れした、筋肉の損傷を厭わない加速で投石を避け、村に肉薄する。さ、と投石隊が左右に分かれると、中央から鍬や鉈を持った武器隊が進み出る。不死身ゆえ武器でつけられた傷もいずれ治る。正面突破で何も考えずに突っ込んでくる隼人に、農民たちも怯んだようだった。


「たかが二匹の獣に恐るるな! これ以上、我々の取り分を奪われて悔しくはないのか!」


 いつまで経っても、奪われるだけの存在と思うな


 雷に打たれたように、そんな言葉が頭蓋に鳴り響く。


 農民たちは、略奪者に立ち向かっている。ならず者は一度でも、権力者に立ち向かったことはあっただろうか?


 体の芯が、火山のように煮えた。それは、自分の非力に対する怒りだった。

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