第13話 矛盾

 身をやつし、と言うべきか。身分相応と言うべきか。正規の役職ではないものの、それなりの権力を持つ、とある組織の長として、やるべきことをやるしかない。


 あの少女のことを、卑賎だと言うつもりはない。しかし、多くの貴族たちはそう主張するだろう。自然な京ことばを話していながら誰の庇護にも属さぬ生き方を選んだ彼女が、いまからどういう目に遭うか、考えただけで頭痛がする。


 都は荒れ、ならず者を取り締まる労力は報酬に見合わない。武器と馬を持ち鍛錬を積んだ者は、生産者の生み出したものを奪って生きるようになる。


 それは治安の悪化に繋がり、しっかりしろと上からも下からもお叱りがくる。だが、彼は思う。自らは土を耕さず、種を撒かず、稲を刈り取りもしない輩が、税という名目で作物を奪っていく。


 ならず者と権力者の本質は同じだ。正しい権力者というものを、待っている場合ではない。


 朝廷がどうにもならないことを彼は知った。その中でいかに志高くあろうとも、その中で出世を試みるたびに欲望の渦に巻き込まれてしまい、似たような権力者がまた現れるだけだ。


 仰々しい服を着た人形の、頭部だけがすげ変えられていく様を見せられているようで……


 彼、すなわち禿かむろの長は、自らのあるじを廃し、新しい政権を擁立する計画を水面下で進めていた。


 そのためには、新しい権力機構が要る。世襲制の権力者に、それを支える補佐的な権力者、各省庁、そして、彼らを診る医療の専門家集団。


 権力者を立てることは彼の本意ではない。全て真っ平らの、全ての民が生産者となりうる世界を彼は望んでいるーーしかし、それでは貴族たちの強烈な反発は避けられないだろう。


 いざ政権転覆がなされたとき、迅速に新しい政権への勅命が出されるように。まさか、禿の長が現権力者に背いているとは思うまい。


 都と東国に、二つの権力が両立した世界。願わくば、双方が力を削り合い、武者などという者どもがこの世から消え果てるように。


「サト、と言ったか。安心しろ、そなたの師は生きている」


 牛車は止まり、彼はすだれを上げる。そこから牛車が横付けされた屋敷に足を踏み入れるまでの僅かな時間に、彼は手短に告げた。


 張り詰めていたのか、少女の緊張した肩が下がり息が漏れる気配がする。


「だが、そなたにはつらい船出となろうぞ。そなたにはいずれ、師と敵対してもらうことになる」


 弾かれたように、サトは顔を上げた。目は見開かれ、一応は貴人のていである彼への礼儀を忘れている。


「……嫌か」


「嫌やと言うたら、止めてくれはるんか?」


 すぐに目を伏せて、怒りを押し殺した声で自分に問う。否、と答える前に、少女が言い捨てた。


「あなた様も、ウチをええ駒のように扱わはるんやなぁ」


 彼女の生い立ち、家族、技能、持っている知識。身辺調査で得た情報が示す『も』の指す事象は、彼が憎み嫌っている『権力者』その人だった。

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