第27話 ピンチの先は、ピンチにて


 ドーラッシュ

 かつて、『ドーラッシュの集い』を作った、天才の名前だ。人間が、世界を席巻せっけんした時代の、古代王国ダーストの知識を復活させた天才とされていた。

 過去からよみがえったのは、知識だけでは、なかったようだ。それこそ、ダースト王国時代の人物の可能性もある。

 ギーネイの人生を、恩師ユーメルの人生を、そして今、ドーラッシュの集いを名乗る人々を操った人物。ギーネイの知る、すべての不幸を産み落とした張本人が、目の前にいた。


「伏せろっ」


 ギーネイは、叫んだ。

 この叫びと共に、部屋にいる全員の視界は、光に包まれた。太陽を直接見つめた、それよりもはるかに強く、視界を奪う輝きが、部屋に満ちた。

 誰かの叫び声が、怒声が、誰のものかわからない。事前に打ち合わせをしていない限りは、誰も、何も出来ない情況だった。

 ギーネイが、狙っていた状況だった。

 ギーネイのほかに対応できたのは、共に身をかがめていたルータックと、ニキーレスだけだ。洞窟どうくつに入るより前に、非常時の動きを、打ち合わせをしたのだ。

 ギーネイがリュックの中に手を入れれば、目を閉じて、しゃがめと。

 予想外の出会いで、何も出来ないだろう。そう思っていたワーゲナイには、何も出来なかった。

 閃光せんこうが、衝撃と共に、ワーゲナイを強引に地面に押し当てた。目の前のサイルークという教え子が、実は過去の亡霊ギーネイである。信じられない事態ながら、信じ始めていた。

 もっと信じられない、予想できない事態が、起こった。


「逃がすなっ!」

「追えっ」


 仲間たちの怒声を、どこか遠くに感じるワーゲナイは、体が冷たくなっていくのを感じていた。

 そうか、逃げられたのかと、ぼんやりと思った。

 その手際が、自分達とは異なると思い知らされた。やはり、過去の亡霊と言う言葉は、正しかったのだろう。圧倒的有利な、数と武器に恵まれた自分達が、少年達に逃げられたのだから。文献に伝わるような、今の時代では目に出来ない戦いを生き延びた戦士が、相手だった。ならば、こうして命が失われていくのも、納得だ。

 理想主義のワーゲナイは、こうして理想を抱いたまま命を――


「おい、ワーゲナイ、何をしてる。追いかけるんだよっ」


 死んでは、いなかったようだ。

 あわてて身を起こすワーゲナイは、念のためと、ハラを探り、顔を探る。

 穴があいた形跡はなく、多少すりむいて痛みはあっても、何もなかった。閃光に焼かれ、命が尽きたと思っていたのだが………


「死んでない?」


 死んだ者が、死んでないという確認が取れるのだろうか。間の抜けた質問をした自覚があっても、今のワーゲナイの姿は、理想に燃える若者ではなく、ただの間抜けだった。

 冷たい地面の感触より、冷たい仲間の目が、痛かった。


文献ぶんけんにあっただろ、目くらましの閃光せんこうだ………まったく、リュックに隠していたとは」


 そういえばと、優秀な頭脳が、記憶を呼び覚ましてくれた。おかげで、自分になにが起こったのか、理解した。

 今頃は、外に向かって逃げているところだろう。そして、『先導者』の率いる追っ手がかかっているに違いない。

 それでも、追いつけるだろうか、自分達が爆薬で開けた大きな穴のほかにも、で入り口はいくつもある。おそらくは逃げ切ることになる。

 そうなれば、どうなるか。


「まずい、あいつらを逃がしたら」

「だから、追いかけるんだよ」


 間の抜けたやり取りがしばし続き、ギーネイたちより大幅に遅れて、ワーゲナイは駆け出した。

 捕まえなければ、逃げられれば、自分達のこころざしは、なかばで終わると。今はまだ、爆発事件としか、伝わっていない。これが、武器を発掘、装備した集団と伝われば、本格的に、動かれる。

 観測都市ボハールの保安のための兵士ではない、国の兵士が、動くのだ。そして確実に、魔法使い達も動き出す。

 一人で、数十人、あるいは数百人もの兵士を上回る力があるという、バケモノがだ。


「ところで………出口は、どっちだ?」


 ワーゲナイは、隣を走る相棒に、問うた。

 駆け出すこと数分、自分達がどこにいるのか、分からなくなっていたのだ。最初の探検は、後ろから付いて歩いただけであり、二度目の今は、ギーネイと言う、サイルークに取り付いた亡霊の案内であった。

 ワーゲナイが、特別に間抜けなのではない。相棒もまた、同じであった。慣れない洞窟の探検に、むしろ、無事に目的地に到着しただけで、ほめられるべき若者たちなのだ。


「こっちが出口か………迷ったら、最初の地点にもどれって言うが………」

「最初の地点って………さっきまでいた会議室って………どこだ?」


 前も迷路、後ろも迷路の中、見つめあう、探検は素人の若者達。哀れにも、出口を探すことが優先事項となっていた。

 一方、その頃のギーネイとルータックと、ついでのニキーレス君は、無事に遺跡の出口に到着していた。

 ただ、喜びの笑顔は、なかった。


「こいつは、まずいな」

「あぁ、まずい」

「あわわわわ」


 監視テントのある、正規の入り口付近の出来事であった。

 これから予定通り、悪者を引き連れて、ククラーンのお姉さんが引き連れているだろう、平和を守る皆様と、ご対面。

 それが、計画だった。

 ギーネイは、思った。どうして、最初に思った通りに、なってくれないのだろうかと。監視テントの前には、確かに、荒縄を数本、蛇のように扱うククラーンのお姉さんがいた。そして、その兄弟子だろう、おっさん年齢の魔法使いに、仲間だろう皆様。

 見つめているのは、馬の倍ほどのサイズのドラゴンであった。胴回りや、頭から腰までの長さは、ほぼ、馬と同じである。毛並みも剛毛とうろこが混在し、ただ、同じ長さの尻尾が、ゆらゆらと揺らめいているのだ。

 ゲティアオオトカゲなど、このドラゴンに比べれば、正にトカゲである。四足歩行の、尻尾の先へいくに従って、トゲの太さが増していくドラゴンが、ご機嫌がよさそうに、天にほえた。


「きゅろろろろぉ~ん………」


 馬が、ヒヒヒィ~ン――と、鳴くように、いなないた。翼がなく、地上を走る種類の、このあたりではお目にかかれない生き物の群れがいた。

 迷い込んだわけではない、その証拠に、人が座る場所である鞍に、鋭い牙の口を防ぐくつわが付けられていた。この、馬扱いのドラゴンは、顔だけ見れば、カエルのような、幅広い、愛嬌あいきょうのある顔だった。

 愛嬌がないのは、むしろ主人の皆さんだ。人が、とても背負いきれない、大木のような剣に、斧にと、重そうだ。

 魔人族の皆様が、武器を背負って、勢ぞろいだった。先日、木の葉のように空中から落下した、あの魔人族のお仲間だろう。

 魔法対戦の始まりが、秒読み状態であった。


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