第26話 真の敵は、亡霊にて


「………ギーネイよぅ、アイツが持ってる水晶って、まさか………」


 今まで黙っていたルータックが、まるで、幽霊でも見るかのように、過去の亡霊を指差していた。

 そこに、あるはずがないという、プルプルとした指先で、さしていた。


「あぁ、オレがサイルークの体になって、最初に持ってたものと、似てる」


 ユーメルが取り出し、ギーネイが手にしていたものだ。

 古びた照明のため、天井の明りはチラチラと頼りない。今にも途切れそうな明りの下に、それでもはっきりと、存在感があった。

 魔法の、水晶だった。

 ギーネイたちが、この遺跡で探検を目指した理由であり、目的のもの。ただし、ギーネイが探していた水晶ではない。『私の記憶水晶だ』――と言う少年の言葉で、その可能性は、早々に壊された。

 若者と言うより、むしろギーネイたちに近い、十六歳から、十七歳ほどの少年の姿であった。

 そんな、見た目はギーネイよりも、少しだけお兄さんと言う人物は、言葉遣いや雰囲気だけは、老人であった。


「なんだ、アイツは生意気な………ギーネイ殿はサイルークの姿をしているが、それは本当の姿ではない。それに、恩師ユーメルを呼び捨てにとは………」


 優等生だったニキーレス君は、どうやら現在の状況が、理解できていないようだ。新たに信じる対象として選んだ、過去の戦士ギーネイと、恩師ユーメルを馬鹿にされたと感じ、お怒りだった。

 誰も、ツッコミを入れる余裕は、なかった。目の前の、水晶を持つ少年が、この場の支配者なのだから。

 護衛に守られた、どこかの若様と言う印象に見えるが、若様と呼ぶには、あまりにも印象がちぐはぐだ。

 おまけに、少年の背後の連中は、武器を手にしている。それも、ワーゲナイの持つような、手斧ではない。今の世界から消え去ったはずの、ギーネイの使い慣れた武器を、手にしているのだ。

 トライホーンを、全員が、装備していた。


「とにかく………まずいな」

「まずいって、どうするんだよ」

「ギーネイ殿………」


 両隣のルータックと、ついでにニキーレスの不安な声に答える余裕は、なかった。

 ギーネイの鼓動が、早鐘を打っていた。大変だ、どうすればいいとあせりつつ、リュックをゆっくりと、足元に下ろした。

 この動きに合わせるように、ルータックとニキーレスも、しゃがんだ。追い詰められ、最後の抵抗に、飛び出す準備にも見える。

 中身は、ニキーレスから没収した、トライホーンである。

 万が一の事態に備え、探検家が背負うリュックに、トライホーンを忍ばせていた。荒縄使いの魔法使いのお姉さん、ククラーンの証言あっての特別な計らいであった。

 万が一の事態。それは、『ドーラッシュの集い』を名乗る人々と、対決する事態だ。

 相手は、爆発物を手にした、危険な方々なのだ。だが、そんな方々を相手にしただけなら、トライホーン一つで、十分だと思っていた。ギーネイ一人で、トライホーンで足元を狙い撃って警告して………

 トライホーン部隊が相手だなど、誰が予想できただろう。急ごしらえの部隊編成でも、武器だけは、本物であるのだ。素人だと油断をしていれば、命がない。

 魔人族の男の死が、証拠だ。


「どうしたね?ダイヤルの番号を知らなければ、武器庫は開かないとでも、思っていたのか。それは甘いな。高度な技術は、自分達だけしか復活させられない。それは違う、技術とは、万人が扱えるものだ。原始的な火薬も、使いようなのだよ。この、魔法の水晶のようにね」


 当てが外れたどころではない。最悪の事態を上回っていた。

 最悪でも、敵がトライホーンをいくつか手に入れているくらいだと、思っていた。武器を手にした亡骸から奪うことは、ありえるだろうと。

 本当に最悪なのは、武器庫が爆破され、トライホーンが大量にあふれる事態だ。とは言っても、予備や、整備中のものを合わせても、多くない。最終決戦で、安全検査が終わっていないものを含めて、急遽きゅうきょ持ち出したのだ。もしも広まっても、すぐに回収される程度だろう。後の時代のために、ユーメルが仲間たちをそそのかし、勇気付け、武器を手にさせた功績だ。

 だが、作り方を知る人物が、目の前にいた。

 参考となるトライホーンがあれば、設備があれば、いつかは復活する。ドーラッシュの集いも、古代遺産から文献と資料としての残骸ざんがいだけで、復活させたという。しかし、困難を極めたらしい。導きがなければ、不可能だったかもしれない、ユーメルは自慢じまん話と、思い出話のついでに、告白していた。

 中心となる人物が、いたのだ。

 自分と同じ、過去の亡霊だと、ギーネイは直感した。それも、ギーネイと同じ時代と言う意味ではない。

 ギーネイの焦りにも、少年は気にした様子もなく、話を続けた。


「気付いているだろう、この水晶は、媒体ばいたいに過ぎない。手元になくとも、キミは何も起こっていないはずだ。その少年の体にいる時点で………そうだな、名残と呼ぶことも出来るし、魂の影と呼ぶことも出来るかな?」


 笑いながら、水晶を手荒に扱った。ぽんぽんと、両手の間で、ボールで遊ぶ子供のようだ。壊れてしまうとは、考えていない、むしろ、そうなってもかまわないようだ。

 なら、壊れて欲しいと、ギーネイは願った。

 それで、このバカげた事態は終わるのだと。

 そして、それで終わるようならば、すでに終わっている。ギーネイをあざ笑うかのように、水晶が手のひらから、落ちた。

 少年が気にした様子は、当然、なかった。


「しかし………そうか、失くしたのか………気の毒に………というより、ばらしたのは失敗だったな。トライホーンの戦いに慣れている人物がいると、少しは楽なのに………」


 落ちた水晶は、割れなかったようだ。

 残念だと思いつつ、壊れても問題ないのだ。しかも、過去からの生まれ変わった今と言う存在を維持するために、水晶はすでに、用済みらしい。

 名残と言う言葉が、妙に納得できた。


「こういえばよかったよ………探してやるから、こちらにつけ………なんてね?」


 突然、見た目に相応の言葉遣いをして、違和感がすさまじい。見た目年齢を詐称さしょうしているお姉さんとは、桁違いだ。大人が、子供の真似をした茶目っ気ではない、そんな可愛らしいものでは、ないのだ。


「まぁ、初めて生まれ変わったときは、混乱するものだよ。私も、経験がある。どうなるか、誰にも分からないし………大切に、肌身離さずいたコイツが壊れたときの恐怖を、キミは想像できるかい?」


 同意を求めるように、人生の先輩が、若者を導くような物言いであり………

 ギーネイは、確信した。


「いったい、いつから………何度、生まれ変わった………?」


 生まれ変わった。

 それは間違っている、誰かの肉体を、その人生を奪ったと言うべきだ。しかも、その肉体の持ち主の人生を、代わりに生きることも出来る。記憶喪失きおくそうしつよそおっていれば、本当に、成り代わることも出来るのだ。そうして、知らないうちに………

 そもそも、何度も生まれ変わることなど、できるのか。

 いや、それはいい。

 ギーネイは、静かにリュックの中に手を伸ばす。トライホーンの冷たいようで、温度を持たない感触が、手に張り付く。凍えるような金属の冷たさと言うよりも、樹脂に触れるような、やわらかく、固い感触があった。

 目を閉じていても、どのような体制でも、武器として扱うことが、ギーネイには出来る。


「オレたちの敵は、魔人族でも、今の世界に不満を持つ人々でもない………オレたちの、世界の本当の敵は………本当の、ドーラッシュの亡霊は………」

「ドーラッシュの、亡霊?」

「ドーラッシュって、古代王国ダーストの継承者、そして、ドーラッシュの集いの創設者のお名前だろう?」

「過去の亡霊………あぁ、そうだ………」


 ルータックとニキーレスの疑問に、ギーネイは自分を納得させるように、ようやく分かった出来事を確認するように、うなずいた。

 そう、確信できたのだ。

 自分達が、誰かの思惑に躍らされていたかもしれない。ユーメルの手記にあった言葉の、本当の意味が、目の前に現れた。

 ギーネイは、ついに叫んだ。


「だろう、ドーラッシュっ!」


 ありえない。

 そう思えない全てが、そろっていた。


 目の前の人物は、ドーラッシュ本人だと。

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