第25話 告白は、会議室にて


「過去の、亡霊………だと?」


 ワーゲナイは、ありえないという瞳で、つぶやいた。

 姿はサイルークのギーネイは、告白した。その言葉を、繰り返して、ありえないと、目の前の少年を見つめていた。

 どこの誰が、生まれ変わりを信じる人物がいるのだろうか。バカにするなと、ふざけている、あるいは、油断をさそおうとしていると、警戒するだろうか。


「そう、亡霊です。哀れな悪ガキの肉体を乗っ取ってしまった………百年前、ここで戦った『ドーラッシュの集い』の戦闘要員、ギーネイです」


 普段は見せない、本来のギーネイの顔であった。

 洞窟といって違和感のない、むしろ迷宮と呼ぶべき遺跡の探検中、唯一の明りであるランプが、サイルークの瞳を照らしていた。その瞳に浮かぶ影は、サイルークのものとは異なる、鋭さを宿していた。

 戦いの日々を生きた、ギーネイの瞳があった。

 それは、混乱する理想主義のワーゲナイを、思わずひるませる威力があった。

 ギーネイは、ワーゲナイが何かを口にする仕草を目にしたが、気にせず進む事にした。自分が過去の亡霊だと、すでに明かした。次は決定的証拠を示そう。まだ誰も知らないはずの道順を、会議室や、そのほかの道案内をすることで、証拠としようと考えたのだ。

 もしかすれば、ニキーレスのように、自分の言葉に従って、馬鹿なことをやめる決断をする。その可能性に賭けてみようと。

 正当な後継者と、名乗ってよいのだろうか。それでも、指導者の一人であり、ギーネイたちの恩師であるユーメルの手記は、力を持つ。

 自分達は、間違っていたと。

 まだ、間に合うのではないかと。

 爆発物を使って遺跡へ侵入したが、組織として、世界へ戦いを挑んではいない。世界もまだ、動き始めていない。

 今は、まだ――


「ここです」


 ギーネイが立ち止まると、そこには瓦礫がれきの山があった。

 すさまじい重量によってゆがんでいるものの、この区画は、比較的直線を維持していた。


「………この部屋は、やっぱり無理ですね。オレたちが、最後を過ごした部屋なんです。会議室って言っても、仲間でのんびりする部屋で………」


 ギーネイたちが、最後を過ごした場所でもあった。ギーネイは、ズシン、ズシンと言う、ハラに響く振動が、今も響いているような気がする。

 百年前と言う、今を生きる人々には、歴史と言う分類の時間は、ギーネイにとっては、ほんの数ヶ月前の出来事である。

 今すぐ、この扉を破壊すれば、もしかして、仲間の何人かは、救い出せるのではないだろうか。そんな、ありもしない現実を、つい、描いてしまう。

 仲間だったのだ。

 世界を破壊したかったわけではない。世界を、よりよいものにするために、戦っていたはずの、仲間たち。

 正体は、世界の敵となるべく育てられた、操り人形。


「こっちなら、開くか………」


 隣の部屋は、原形をとどめているようだ。百年も経過しているとはいえ、仲間達の、尊敬する恩師の、そして自分の亡骸と対面する勇気が、なかったのかもしれない。


「間に合わなかったはずだから………たぶん、こっちのグループは………」


 無人のはずだ。

 最後の決戦において、かろうじて戻ってくることが出来たメンバーは、わずかであった。普段は整備に明け暮れるメンバーも、急ごしらえの武器を手に、戦場へ向かったのだ。

 ユーメルも武器を手にして、正に全員での、最後の抵抗。

 その撤退の合図は、絶妙だった。最後の言葉をギーネイに伝える。そのためだけの、全員の出撃に、全滅寸前の惨事。

 暴発して終わる武器を放棄、予備を取りに向かおうという、常識的な言葉に、誰もが疑うことなく、従った。

 念のために周囲を警戒しつつ、無意識に明りのスイッチに手を伸ばすギーネイ。

 見た目はサイルークであり、かつてこの場所で暮らしていた自分と、手の感覚、腕を伸ばす距離がややずれたが、その方向は間違っていなかった。

 なんと、明りがついた。


「いきなり明りが………文献の通りか………」


 驚きの声をあげたのは、理想主義者のワーゲナイ先生だ。遺跡にもぐっても、設備の使い方は、まだ把握していなかったらしい。今は先生としての貫禄を脱ぎ捨て、好奇心に逆らえない、ただの若者になっていた。

 後ろのルータックとニキーレスも、自分達の知らない技術に驚いている様子であったが、一番驚いていたのは、実はギーネイであった。

 戦いの当時、最終局面は敗退で終わり、基地に逃げ延びた後は、死が迫るのを待つばかりと言う有様だった。

 頑丈な壁にひびが入り、扉は押しつぶされ、天井の証明も点滅。その最後の輝きを見守ることなく、気付けばサイルークの肉体に宿っていた。

 無意識にスイッチを操作したが、まさか、明かりがつくとは思わなかった。


「………そっか、いくつかの配線は生きてるのか」


 ギーネイたちは、基地に落ち延び、いつもの集合場所にいたのだ。そして閉じ込められ、ギーネイと言う青年の人生は、終わった。同じように、かろうじて基地に逃げ延びたメンバーも、押しつぶされ、あるいは炎にまかれて、命を落としたと思っていた。

 だが、より奥にある会議室や、さらに奥の状況は、確認していなかった。


「………先生、ニキーレスに持たせたトライホーンは、どこで手に入れたんですか?」


 まさかと思い、ギーネイはたずねた。

 武器庫の扉は頑丈がんじょうであり、ダイヤルの番号を知るのは幹部だけだ。ギーネイさえ知らないのだから、開けられないはずだ。

 百年前ならば………である。今はどれほどもろくなっているかわからない。爆薬で、強引に封印をとくことなど、簡単ではないのか。

 ギーネイが考えをめぐらせていると、ワーゲナイ先生は、おびえたように答えた。


「こ、ここへ来る途中………木の根っこの間に、光る何かがあって、亡骸の腕に………文献にあった武装に違いないと、ニキーレス君に運搬を頼んだんだ」


 本来は、武器庫で発掘し、みんなで仲良く、仲間の下へ届ける予定だったそうだ。爆破によって遺跡に入り口をこじ開けた以上、あとには引けないのだ。この遺跡から外へ踏み出すときは、捕縛されるとき。

 あるいは、世界に革命をもたらす、戦士としての第一歩だと。

 ただ、当局の対応と、魔法と言う力を恐れてもいた。万が一のため、遺物を先に届けようと、ニキーレスを単独でよこしたのだという。

 まさか、本気でこの遺跡から発見した武器だけで、世界をひれ伏させることが出来る。そう思っていたのではないだろうか。


「トライホーン程度で、それが何百とあったとしても、世界を理想には導けませんよ。俺たちの戦いから、何も学んでなかったんですか………」


 いいや、こうなるはずだと、理想と言う高みに届くまでは、あきらめないということか。ワーゲナイと言う教師は、歴史を教えていても、今が間違っている、ドーラッシュの思想は評価されるべきだと、本気で思っているのだ。

 世界を不幸に陥れるだけと、その事実から目をそらして………

 ギーネイの言葉の真意を、お前は、バカだと言う言葉を受け取らず、理想主義のワーゲナイ先生は、得意げな態度を取り戻した。

 はるか高みを、理想を見上げて、語った。


「先導者どのは、深いお考えを持っておられる。それこそ、今後百年先、千年先の予想もなさっておいでだ。まるで、本当に何千年と言う年月を見守ってこられたような、読みの深さだ」


 先導者の名前を出し、少し余裕を取り戻したのか、ワーゲナイ先生は、いつもの理想主義者殿の口調に戻っていた。

 それほど、先導者の言葉は絶対であり、ひきつける力があるようだ。

 先日、魔法使いのお屋敷で、ニキーレスが口にした呼び名だ。

 今の『ドーラッシュの集い』の指導者の呼び名である。今の日々に不満を持つ人々をそそのかすだけではない、爆発物を使って、遺跡を盗掘させるほどの組織力をもつのだ。財力や武力を持つ人々にも、シンパがいるのかもしれない。

 ギーネイは確信した。

 敵だと。

 先導者と呼ばれる人物を倒さない限り、末端のワーゲナイや、ニキーレスのような人物は、いくらでも現れると。


「私も、会ってみたいですね」


 ギーネイは、軽い調子になるように、気をつけた。すぐにでも、殴りかかりたいと言う衝動は、言葉の威力として、喉を破りそうだ。

 大声で、怒鳴り声で、殺意をもって。

 ダメだ、それではダメだと、ギーネイは激しい怒りを抱きつつ、冷静になった。ワーゲナイ程度の手足を、いいや、手足でさえないお調子者を捕まえて、何の意味がある。

 先導者を、捕まえる。

 この遺跡へ来た目的が、またも変わってしまったが、仕方ない。今を守らなければ、未来が、消えてしまうのだから。

 最初の目的は、水晶を探し出し、この肉体を、本来の持ち主であるサイルークに返すことだった。しかし、それは、サイルークに日々を返すということでもある。肉体だけ戻して、戦乱の未来を背負わせるなど、出来るはずがない。

 ギーネイは、冷静になろうとして、考え事をしすぎたようだ。近づく気配に、気付かなかったのだから。


「遺跡内部を知る少年………それも、過去の亡霊を語るとは………私も、じっくりと君の話を聞いてみたいな。ギーネイとやら」


 そこには、見た目とちぐはぐの口調の若者がいた。

 そう、若者といってもよいはずの人物が、はるか年長者に見えた。それは、ルータックやニキーレス、ワーゲナイが自分に抱く印象かもしれないと、ギーネイは思った。

 まるで、自分のように別人が、その肉体に宿って入るような、違和感。

 そう、まるで、自分がかつて手にし、今は必死に探している水晶を手に……


「これかね?………これは、私の記憶水晶だが………そうか、ギーネイ………あぁ、ユーメルの教え子かな?」


 ギーネイの驚きに、そして、その視線の動きで察したようだ。

 そして、察したようだ。ギーネイが、過去の亡霊で、ユーメルの教え子だと。

 過去の亡霊は、ギーネイ以外にも、いたようだ。

 過去の思想を、執念を受け継いだという意味ではない。水晶を手にしている、そして、その意味を知っている人物なのだから。

 本当の敵が、現れた。


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