第24話 遭遇は、洞窟にて


 観測都市ボハール。

 世界中にある観測都市で、最も新しいもの。

 遺跡が安全に無力化されるまで、何百年も、何千年も見守ることを目的としたもの。

 次の一歩が、遺跡の探検と、遺物の発見と、鑑定である。

 結果次第で、さらに百年の放置か、このまま更なる探検を進めるのか、その最初の一歩を踏み出す前に、色々が起こってしまった。

 ギーネイは、コケが生えた岩肌に、手を触れた。ぬるぬると、しばらくなでていると、さらさらとする。

 すっきりと、砕いたばかりの滑らかさだ。


「オレは、本当に甘かった………爆薬で、強引に入り口を作るなんて………」


 遺跡探検は、とても時間がかかり、人手もかかる。

 そのため、学生からも協力したいという人物を集ることになり、ギーネイ、ルータックの悪ガキコンビは、協力員の一人となった。

 ルールを守ることが、条件だ。遺跡に侵入できそうな入り口は、あらかじめ調査され、監視のためのテントもある。

 それ以外は、とても危険である、あるいは、とても人間が入り込める大きさではない。そういった油断が、侵入を許したのだ。


「爆薬って………ここまでするのかよ………」


 ルータックは、口があいたままだ。二人ほどが、余裕で通れる幅に拡大された大穴を見つめて、バカすぎるだろうと。

 そして、ここまでする連中が、自分達に敵対しているのだ。覚悟を決めたつもりであっても、大穴という、実感が目の前だ。

 改めて思うのだ、まずいと。


「ルータック、相手はトライホーンを手にしているかもしれない。ニキーレスが言うのは、亡骸なきがらが抱きしめていたものを、一つだけ発見したらしいが………」

「まぁ、他にもあるんだろうな………」


 ギーネイの背中には、やや大きなリュックサックがある。山越えにはちょうどよいかもしれないが、洞窟探検では、ちょっとジャマになるかもしれないサイズである。

 見た目には分からないように、トライホーンを隠すためである。

 魔法使いのご老人が、所持を許可したのだ。

 本来、危険な遺産は、上の方々が守る場所に保管する決まりである。だが、もっとも安全な場所は、町外れにある魔法使い様のお屋敷であるが、そのお屋敷の主が、許したのだ。

 敵対していたはずのギーネイを、信じたということだ。


「ところで………なぜ、ニキーレス君がここにいるのかね」


 わざとらしく、ルータックは優等生喋りをした。

 後ろにいる優等生に、皮肉たっぷりに、向けた言葉である。

 ここには三つの影がある。ククラーンの姉さんは、魔法使いの仲間たちと、遺跡周囲の警戒に戻った。この場所には、ギーネイ、ルータックと、あと一人は、何と優等生のニキーレス君だった。

 ルータックは、ニキーレスが共に行動するという時点で、とってもいやそうな顔をしていた。


「メンバーを知っているのは、私だけだ」


 言われたニキーレスも、かなりの忍耐を必要とする状況だった。それでも、声を荒げないのは、自覚があるためだ。

 蔑まれる理由が、あるのだと。

 魔人族を殺害し、戦乱を呼ぶかもしれない状況を、生み出した。それは、過ちだと気付かされて、ならば、何をすべきだったのか。

 お役に立つのは、今、この時だと言う気持ちであった。

 まぁ、新参者のニキーレスが、どれほどメンバーを知っているのか、実は期待はしていない。それでも、手がかりがないより、ましである。

 ニキーレス君の熱弁は、続いていた。


「それにこれは、裏切りではない。『ドーラッシュの集い』の、正当な後継者がいるのだ」


 ギーネイは、無言を貫いた。

 正当な後継者に祭り上げられるのはゴメンこうむりたいながら、事実、当時を生きたギーネイである。そして、ユーメルの手記を受け継ぎ、教えを正しく伝えられた今、ドーラッシュの集いの残党を、その継承者を導けるのは、ギーネイだけなのだ。

 と言う理屈が、今の時代にうごめく『ドーラッシュの集い』には有効だと、優等生ニキーレスの様子を見て、思った。

 新たにコンビを組まされた理由であり、本来は、まだ学生であっても、重罪人として投獄されるニキーレスが、出歩いている理由であった。


「正当な後継者………か?その話、先生に詳しく教えてくれないか」


 見つかってしまった。

 ニキーレス君が熱弁を振るっていては、それは、当然だろう。洞窟は、とっても音が響くのだ。洞窟の入り口から、これから侵入しますと、教えていたのだ。

 岩陰から、武器を手にした怪しい連中が、姿を現した。

 どうやら、侵入者を警戒していたらしい。予想すべきだった、待ち伏せや、見張りが入る可能性を、すっかりと見落としていた

 焦ってもしかたがないとギーネイがランプを掲げると、怪しい影の一人は、学園でよく見知った顔であった。


「………ワーゲナイ先生」


 最初に反応したのは、優等生だったニキーレスである。

 同じ時間を過ごし、同じ理想を目指していたのだ。

 理想主義者のワーゲナイ。

 学生たちのつけたのではなく、夢見がちな青年に、大人たちが付けたあだ名だったのかもしれない。理想に燃えるその瞳は今、理想を理解されない悲しみと、怒りに、静かに燃えていた。


「戻ってくるかもと、見張りを買って出ていたが………結局、ニキーレス君も私を裏切るのか。どうして理想を誰も理解できない。ここに答えがあるというのに、人間は――」


 ニキーレスの才能を見出し、勧誘したワーゲナイからすれば、苦々しい光景に違いない。もう一人にも、期待していたのだ。

 この遺跡から発掘された武器で、自分達人間は、これほどの力を手に出来るのだと、バカにしたやつらを見返す一歩手前まで、来ていたのだ。

 口を開いたのは、ギーネイだった。


「とりあえず、話は会議室で………でしょ、ワーゲナイ先生………それとも、まだ会議室は見つけてませんか?」


 ワーゲナイたちの武器はトライホーンではなく、手斧であった。武器と言うより、発掘に加わるために必要な道具であるため、手に入れるのは容易である。

 それでも、木々を打ち払う威力は、人体にも威力を発揮する。仲間がいれば、数の上からも、ギーネイたちは不利である。

 ならば、様子を見ようと、そして、動揺を誘ったのだ。

 そして、成功したようだ。ワーゲナイは、明らかに混乱を見せている。ワーゲナイにとっては、突然にお勉強に目覚めた生徒の一人に過ぎないのだ。

 そんな少年が、まるで遺跡となる前の、ドーラッシュの秘密基地の当時を知っていたかのような物言いをしたのだから、当然だ。

 思わず、半歩足を引いてしまった。


「………案内してもらおうか。といっても、キミは一度ならずもぐっている………子供だましが大人に通じるか、試してみるのも面白い」


 自覚して、逆に一歩前に進み出るワーゲナイ。

 舐められて、たまるかと。

 こうして、ギーネイを先頭に、洞窟探検が始まった。

 いつ、後ろから押さえつけられる、攻撃されるか分からない、ドキドキの探検だ。


「こうして歩いてみると、意外なほど、昔のままですよ、ここは」


 ギーネイは、まるで、お散歩をしているかのように、のんびりとした態度だ。現実感が伴わない、危機感が生まれないように見える。

 自暴自棄になっている。そのような感想を抱いても、おかしくはない。そんな様子がないため、大人たちは、戸惑っているのだ。

 見た目は十五歳の少年、サイルークであるが、中身は、百年前の戦いを経験した、ギーネイである。一瞬の油断で、文字通りに人体が八つ裂きにされる攻撃が日常だった当時と比べ、斧を持った素人の集団など、怖くないのだ。

 敵に囲まれている、そんな緊張の代わりに心を占めているのは、懐かしさだった。

 岩石に押しつぶされているのは、実は、入り口近辺。基地の外壁付近に過ぎない。奥へ進むごとに、植物と水と、その他の生き物の侵食があるだけで、実は、四角い空間が広がっているのだ。

 それこそ、すべての植物と動物その他を排除すれば、もう一度、使えるのではないかと思えるほどだ。


「なぁ、ヤバイ………ってことだよな、俺たち」

「ルータック、ギーネイ殿が冷静なのだ、私達が――」


 こそこそとしたナイショ話でも、しっかりと耳に入る。不用意な発言が、斧をもって警戒をしている、ワーゲナイたちの歩みを、止めさせた。

 ワーゲナイ先生が、驚きに、立ち止まったためだ。


「ギーネイ………誰のことだ。サイルーク君に向かって、声をかけたように見えたが」


 他にも、誰かいるのか。

 そんな警戒心と、疑問が、ワーゲナイに混乱を呼んでいた。状況から、サイルークと言う少年のことを、ギーネイと呼んでいるとしか、思えなかったためだ。

 隠すつもりはないが、隠すようになって、数ヶ月が経過した。告白するタイミングがなかったためだが………


「………過去の、亡霊ですよ」


 ギーネイは、仕方ないと、ため息をついた。


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