第23話 不安の未来は、バルコニーにて


 魔人族が落ちゆく様を目にした日の、夕方。魔法使いのお屋敷から、とりあえずギーネイのお部屋に集まっていた。


「兄弟子達………何しに行ったんだか………」


 成果は、数名の捕縛という、乏しいものだった。

 あとは、『ドーラッシュの集い、ボハール本部』と言う看板が、あっただけという。

 町外れの倉庫であっても、そんな看板を立てた人物の頭を心配したい。人々の記憶から薄れつつあっても『ドーラッシュの集い』の秘密基地を観測するために、都市ボハールは存在している。そんな都市のハズレに、『ドーラッシュの集い』の名前を掲げた看板を立てるなど、何を考えているのか。


「捕まえてください、悪者は、ここで~す………って、きもち?」

「いや………さすがに、それは………」


 お姉さんが、可愛らしく小首をかしげ、ギーネイは、頭を抱える。

 ルータックは、懸命にも、無言を貫いた。

 情報提供者であるニキーレスがいれば、頭を抱えるか、すばらしいと腕を組むのか、どちらであろう。本来は警備本部の牢獄へ連行すべき犯罪者である。意図はともかく、魔人族殺害の実行犯に違いはない。しかも、今の世界を破壊することを目的にしたグループへの賛同者であり、実行したのだ。

 本日のところは、ククラーンの姉さん達、魔法使いの住まうお屋敷で、一泊することが決定されている。

 都市警備本部の牢獄より、より、恐ろしい気持ちに違いない、荒縄使いのククラーンの姉さんの、お師匠様の住まいなのだ。

 脱獄しようとすれば、つる植物が、追いかける。そんな牢獄は、魔法使いのお屋敷を除いて、存在しない。


「あのバカの子は、そんなこと言ってなかったから、居残りの、独断ね。仲間たちの成功を信じて、宣伝するつもりだったのかも………」


 それは、なんとものんきなことだと、ギーネイも、ルータックも笑った。

 そして、ぞっとした。

 自分達が、どのような混乱を巻き起こすのか、見えていない。見えていたのは、自分達が繁栄をもたらした、理想の未来だけだ。

 そんな愚か者達も、数は少なかった。

 三人だけが、潜んでいたという、それも、ニキーレスと同じく、たいした情報を手にしていない連中だ。

『先導者』と呼ばれる人物がいれば、解決だと思っていたのだが………

 荒縄使いのお姉さんは、退屈なのか、荒縄同士をダンスさせている。まるで、蛇使いのように荒縄を扱う、魔法使いのお姉さんだ。


「ギーネイは知ってるでしょうけど、私達は、遺跡に手出し、しないから。魔法の力を使うと、爆発するとか、いろんなトラップがあるかもしれないからね」

「………関係なかったな。岩石がふってきて、埋もれたんだ」


 遺跡に手を出せないと、困ったという演技をするお姉さんに、経験者のギーネイは、笑い話を装って、お返事をした。

 魔法の力を持つ存在が、近づけないようにする。そうした仕掛けの意味はなく、岩石の雨が降ってきたのだ。

 お姉さんは、空中で、あきれたように振り向いた。


「あんたさぁ、それって、神々の攻撃でしょ?将軍クラスでも、岩石の連発なんて出来ないから。私みたいなか弱い女の子には、危険なのよ」


 魔法使いのお屋敷に引き続き、どうして、か弱い女の子を演じたいのだろうか。本当にそう思っているのなら、巨人でも連れてきて欲しい。

 お姉さんが、勝つだろう。

 そしてどちらも、遺跡内部では、動けない。魔法の反応で、自爆する。敵の侵入を許したのなら、最後の手段だとして、今もその危険が消えていない。

 そのため、遺跡内部を知る、唯一の存在、ギーネイが役割を負うことになった。

 ついでに、ルータックも、調査に加わることになる。ただ、兵士ではない、無茶をさせるわけにはいかない。しかも、正規の探検家でもない上、すでに夕方だ。


「こうしてみると、本当に手の届く場所にあるんだなぁ~………」


 黙ってバルコニーにいたルータックが、ぼんやりと、腕を伸ばす。

 自分達が大冒険をした森が見えていた。太陽の沈む方角を見つめると、あの森に手が届くのではないかと、錯覚を覚えるほどだ。

 見張りとしては、ちょうどよい距離である。

 そして、この都市ボハールは、遺跡を見張る役割を持つ、観測基地であった。長い年月を経て、次第に都市となる。

 ナガローク王国だけではない。このような観測都市が、世界には、いくつもあるのだ。古代の災いの後、過ちを繰り返すなと、種族、国家を超えた協力体制が誕生した。

 世界を、守るためだった。

 壊したい人々が、いるためだった。


「手の届く距離だったから、でしょ?………ここが観測都市だってこと、忘れないでね」


 荒縄ダンスに飽きたのか、ククラーンの姉さんは、空中に簡単な地図を作り始めた。

 荒縄を数本利用した、手書きの地図だ。

 うねうねと線を作り、小高い丘と、湿地と、遺跡のある森が現れた。

 まっすぐ一直線に、森まではとても近い。反対方向に同じ距離をいけば湿地があり、ゲティアオオトカゲがとり放題だ。

 その中間に当たる土地が、ククラーンの姉さん、ルータック、そしてサイルークたちのいる、都市ボハールである。


「ユーメル先生の部屋が見つかったのは、本当に奇跡だ。サイルークは、いったいどうやって水晶を見つけたんだか………」

「波長が合うって言ったらいいのかな………魔法の力がなくたって、何か、惹かれあうの。それは受け継がれるから、魔法の武器とか、お守りとかを受け継ぐ。ギーネイ、あんたの本当の家族のようにね」


 空中で地図を描いていた荒縄たちは合わさって、イスになった。無骨な武人と言う老人のお住まいで見た、らせん状の四本足の、おしゃれな椅子だ。

 語ったのは、ユーメルの手記に記されていた、ギーネイの、本当の家族の話。

 魔法の力がなくとも、魔法の道具を扱う一族。


「オレだけが、あの水晶を使える………ユーメル先生は、知ってて………」


 ギーネイが未来へと生まれ変わる。ユーメルは、確信があったからこそ、未来へと希望を託したのだ。

 手記に記された、警告。

 そして、希望。

 ギーネイに託された、本当の使命。


「サイルークには、関係ねえよ」


 外を見つめていたルータックが、戻ってきた。

 ベッドに横たわるギーネイと、隣で荒縄の自作の椅子に座るククラーンの間に、どっかりと座った。


「百年も前の戦いなんて、俺たちの爺さんも生まれちゃいねぇ………なんでそんな役割を背負わないといけないんだよ。サイルークを戻して、ギーネイはギーネイに戻って、それで終わり。それでいいじゃん」


 難しい、大人の話題に飽きた子供にも見えた。ククラーンは口を開きかけ、ギーネイは天井を見つめたまま、動かない。

 無責任だ。

 真実を知ってなお、警告を知ってなお、無関係で終わらせるのか。そう言わないのは、ルータックの気持ちと、等しいからだ。


「そうね、悪ガキコンビですものね」


 ククラーンは、納得したというため息をつくと、ゆっくりとバルコニーに向かう。荒縄たちは、ゆらゆらとククラーンを守るように、周囲を浮遊しはじめる。

 お帰りのようだ。


「オレも、そろそろ帰るわ………」

「あぁ、また、明日な」


 自分達は、何をすべきなのか。

 その結論は、出ている。

 失ったものを、取り戻す。

 残された男の子二人は、お姉さんの後姿に、手を振る。深刻なお話だったはずだが、学生気分で終了していた。


 明日は、改めて遺跡探検だ。



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