第13話 驚愕は、串焼き店にて(後編)


『安い、不思議、未知の味』


 この看板に偽りなく、ほおばれるほどの大量の肉を激安で提供する手段は、原価を極力ゼロに近づける以外にない。

 ゲティアオオトカゲは、その意味で最高の食材だ。

 徒歩半日の湿地に荷車を引いて向かい、エサを仕込んだ箱を置いた瞬間、大漁は確実だ。それを何度繰り返したのか分からない。水に沈めておぼれさせれば、安全に箱を開けて解体、調理が可能だ。

 よくやる。

 学園祭の見世物として、将来の道を模索した、その結果をお披露目する場所としては、よくやったとほめるべきかも知れない。

 口にさえ、していなければ。


「外皮は論外、内臓は致死性といわないが、死ぬほどまずい。食えなくないのが、尻尾であるゲティアオオトカゲは、どれほど手間をかけても、あのえぐみが消えることはない。硬さは克服していないようだが、誰もえぐいと、吐き出さなかったことが、なぜだっ」


 言われて、確かにそうだと、しぶしぶながら認めざるを得ない。

 えぐみが口に広がれば、思わず吐き出してしまう味なのだ。一人や二人、五人や十人は、口の中のものを捨てていてもおかしくない。そして噂が広まり、いくら安いといっても、誰も並ばない。お昼時の屋台の界隈において、空白地帯が出来上がり、穴場となる。

 なぜ、あそこだけ空白なのだと。

 だが、行列はなくならない。肉が硬いだけだと、そういう評価なのだ。

 ゲティアオオトカゲなら、それは奇跡のわざと言える。料理の心得がある者ならば、それも、ゲティアオオトカゲに挑戦した事のある者ならば、叫ばないわけはなかった。


「貴様………いったい、何をしたのだっ!」


 おっさんは、くしを持つ手を震わせていた。

 静寂から、熱戦に変わった。

 一触即発の、重苦しい空気が、それも、おっさんが圧倒的に不利な状況。本来ならばありえない、学生が工夫をした程度の料理を、おっさんが驚くなど。

 次の発言で、どよめきは頂点に達する。


「あの人………老舗燻製店しにせくんせいてんのマスターじゃね?」


 プロだった。

 ただのおっさんだろうと、せいぜいアマチュアだろうと思っていたところ、プロだった。

 それも、知る人は知っているほどの、名前のあるお人であったのだ。

 それほどのプロが、まるで、自らの敗北を認めたかのような態度だったのだ。悔しく、怒りに身を振るわせつつも、言葉は乱暴であるものの、教えてくれと頼んでいるのだ。

 たかが、学生に向けて。


「ふっ………」


 笑った。

 たかが学生の小僧が、名のある店のマスターに向かって、場合によっては己が弟子入りするかもしれない相手に向かって、笑ったのだ。

 生意気を通り越して、あまりに無礼。

 余りに、非礼。

 この嘲笑ちょうしょうに、並みの人物であれば怒り狂い、周囲が止めに入る事態になったかもしれない。

 しかし、そこは名のある燻製店のマスターである。並の人物が、とても出来ないことをしてのけるのだ。

 くしを持ったままひざを折り、屈したのだ。


「た………たのむ」


 敗北を、認めたのだ。

 名のある燻製店のマスターが、敗北を認め、ひざを折り、教えを請うたのだ。

 並みの職人では、決して真似の出来ない行為である。プライドが、邪魔をするのだ。だからこそ、尊敬のまなざしが送られた。

 そう、職人としてのあくなき探究心から、このおっさんはひざを折り、教えを請うたのだ。

 敗北を潔く認めた、とても清らかな姿に変わっていた。この気持ちに、ここまでする職人の心意気に、どう応えるのか。

『安い、不思議、未知の味』の店主の答えは………


「職人であれば、己で突き止めてはいかがか………」


 のたまった。

 大仰に、プロの誇りをかなぐり捨てた。否、プロだからこそひざを折った職人の大先輩に向けて、言いやがった。

 とたんにざわめきは、非難の色を帯びる。イジワルをせずに、教えてやれと。それでも職人の端くれかと。ここが学園祭の屋台の前だと忘れた、熱狂であった。

 しかし、本気だ。

 あるいは、譲歩を引き出す、将来への足がかりを最大限に引き出す交渉が始まっているのか。小ざかしいものの、それもまた未来の形の一つ。

 では、この生まれたばかりの職人は、一度の成功に胡坐あぐらをかいてしまうのか。譲歩を引き出した先に、どのような道を見出すのか。

 だがしかし、学生店主は、傲慢な、人の弱みに付け込む男ではなかった。


「己の手で、さばいてみてはいかがか………このゲティアオオトカゲを、ご自身の手で」


 先ほどと同じ言葉に聞こえるが、分かる人物には、分かる。

 手を、差し伸べているのだと。

 教えてやろうと。

 大先輩に向ける言葉でもないが、教えるといったのだ。

 最初に気付いたのは、ひざを折った、燻製店のマスターだった。


「おぉ………教えてくれるというかっ」


 涙を、浮かべていた。

 そして、いつの間にかそばまで近寄っていた『安い、不思議、未知の味』の店主の手を、店主が差し出したゲティアオオトカゲの頭を、つかんだ。


「ともに、このゲティアオオトカゲのあら道を、歩みましょう」


『安い、不思議、未知の味』の店主は、職人としての友情を求めたのだ。生意気だが、もはや年齢は関係なくなっていた。

 本人達がいいのなら、これでいいのだ。

 ひざを折っていた名のある燻製店のマスターは、涙を流しつつ、答えた。


「おうっ、歩もうぞっ」


 かくして、謎の串焼きの正体、ゲティアオオトカゲをめぐる事件は、幕を下ろした。

 さすがに店の前での解体、調理の様子は分からないが、名のある燻製店のマスターが納得する色々があったのだと、見守る人々は、割れんばかりの拍手をしていた。もはや、言葉は要らなかった。

 だれもが、残っていた串焼きの中身を口に放り込み、かみ締めていた。

 感動とともに、あのえぐい後味の残らないゲティアオオトカゲの味を、かみ締めていた。これがあのゲティアオオトカゲかと思うと、妙においしく感じてきたのだ。

 学園祭の、魔法であった。

 この魔法を、上空から見つめる瞳があった。

 荒縄使いの魔法使いのお姉さん、ククラーンの姉さんだ。手にはもちろん、ゲティアオオトカの串焼きを握っていた。


「なに、この串焼き劇」


 分けのわからん熱狂を眼下に、ひとくち、串焼きを口に入れた。

 ガミグミと。


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