第12話 驚愕は、串焼き店にて(前編)


「硬いな………」

「あぁ………安いだけあるな、確かに」


 サイルークことギーネイと、その悪友ルータックは、仲良く串焼きをかじっていた。

 発表会が終わったお昼時、屋台の界隈は、大賑わいだ。基本的に材料費と燃料費と言う経費のみ、一般の屋台の大安売りよりも安いのが通常だ。

 そんな界隈にあって、お財布の救世主が、大人気だ。


『安い、不思議、未知の味』


 手書きで殴り書きの看板が、周りの屋台を席巻する。

 穴場を探していた悪ガキコンビの前に、微妙な串焼き店が現れた。まぁ、自分達の足で、ざわめきのある方向へと向かったわけだ。

 行列はどこも同じようなものだった。パンがいいのか、お菓子がいいのか、肉がいいのかと言う好みの問題は、ばらばらなのだ。よほどまずいと評判が立たない限りは、行列もなくならない。


「確かに、たった5ダールだから、安いな………」

「大抵の串焼きは、20ダールだもんなぁ~」


 何を売っているのか、実に興味を引く串焼き屋さんだ。ギーネイとルータックのコンビはガシガシと、串焼きの中身を口に入れて、看板を見ていた。

 なお、本物の屋台の串焼きは、安くとも30ダールである。

 それでも、学生さんの財布の中身を考えると、小さな1ダール銅貨の一枚たりとも、無駄に出来ないのだ。一ヶ月のお小遣いが150ダールの身の上では、将来の買い食いを考えねばならない。

 固い筋肉の塊は、味付けがほとんど無視の、串焼きだった。

 ほめるべきは、食べられないほどまずくはないという点であろう。気にすべきは、肉の正体である。

 なじみのあるお肉ではないと、歯ごたえが、舌触りが、本能が教えてくれる。では、この串焼きの肉は、一体何の肉だろう。

 燃料代と屋台の作成費を考えると、やはり原価割れの値段は無理だ。


「まさか………自力調達?」

「まさか………」


『安い、不思議、未知の味』の看板を、サイルークとルータックの二人は見つめていた。

 いや、二人だけではない。謎の串焼きをガミグミと、かみにくそうによくかんでいる人々はみな、『安い、不思議、未知の味』看板を見つめていた。

 その下では、我こそ料理人と言う腕組みをしている店主と、従業員の、いずれも学生さんが黙々と作業を続けていた。

 最も、串焼きをほおばる彼らが見つめたいのは、布で隠された向こう側の、原材料の調理場である。

 一体何が横たわっているのかと、確認したい気持ちでいっぱいなのだ。

 頭に尻尾つきの解体現場ではないだろうが、生肉の色がどのような色をしているのかくらいは、分かるだろう。そのくらいは、確認させてくれてもいいのではないだろうかと、見つめてしまうのだ。


「スパイ防止するため、調理場の見学はご遠慮ください………か」

「衛生的観点からも、ご遠慮願います………か」


 もぐもぐ、がじがじと串焼きをかみしめながら、小さい文字を読むギーネイとルータック。

 横並びに、ガジガジ、もぐもぐと串焼きをかみ締めるお客様方も、この小さな文字を読み、改めて『安い、不思議、未知の味』の看板を見るのだ。

 安さゆえに購入したのは、その選択をしたのは自分達である。

 そこに、叫び声が上がった。


「わかったぞこおおおおおおおおおおおおおっ」


 ぎょっとして全員が、屋台の店員さんまでもが、声の方角を見た。

 まさか、人が食べてはならないお肉が材料だと、気付いたのか。店の方々は、まずいと言う冷や汗を、かいているに違いない。

 答えを聞くのが怖い。しかし、聞かないのはもっと怖い。そんな葛藤かっとうが、沈黙と言う演出に味付けをしていた。

 秋のよき日の、学園祭。屋台の界隈の、『安い、不思議、未知の味』の看板の串焼き屋さんの周辺だけ、世界が変わっていた。

 沈黙と、緊張と………

 誰もが沈黙を守っているのは、早く答えが聞きたいからだ。しかし、叫んだおっさんはもぐもぐと口を動かし、なかなか答えを出してくれない。念のため、もう一口かじったのだろうか、こちらは早く答えが聞きたいというのに、衆人観衆の下、おっさんは目を閉じ、己の舌と相談していた。

 すでに、この場の主役はおっさんと、そして『安い、不思議、未知の味』の店主になっている。一騎打ちの二人の間には、気づけば誰もいない。二人の間の人だかりが、割れていた。

 ごくりと、おっさんが肉を飲み込む音すら聞こえる、静けさだった。にぎやかさがご近所迷惑の学園祭の最中にあって、ありえない。

 しかし、それがこの場では、ありえた。

 おっさんが、ゆっくりと目を開ける。そして、口も開いた。


「分かったぞ、この肉の正体が………」


 誰もが、固唾かたずんで見守る。

 答えが早く知りたい、いいや、聞きたくないと、視線が集まる。

 おっさんが、串焼きを、店主に向ける。


「これは、ゲティアオオトカゲだなっ!」


 誰も、ざわめくことも、叫ぶこともなかった。

 静寂が、辺りを覆った。

 いや、沈黙を破る勇気を、誰も持ち合わせていないと言うのが、正しい。ゲテモノと言うほどではないが、あえて口にしたいわけがない。脳裏に、ゲティアオオトカゲの哀れな逆さづりの姿が浮かぶ。

 ただのトカゲだ。

 数が多いだけで、犬と同じサイズであるだけだ。ご近所で見かけないが、徒歩半日の湿地のピクニックで弁当箱を広げることは、弁当を捨てることと同じ意味を持つ程度に、食欲旺盛なやつらなだけだ。

 ギーネイが、誰もが知っていながら、口に出来ない恐怖をついに、口にする。


「なぁ、ゲティアオオトカゲって………実は毒トカゲって………話だよな」

「………おまっ………今、それ言う………」


 まだ、この時代の一般常識をわきまえていないため、たまにこういった失態を演じるのが、ギーネイである。

 ルータックがあわてて口を開くも、もう遅い。

 痛いほどの視線が、なぜかルータックに突き刺さる。思わず縮こまりながら、仕方ないとルータックは説明で答える。

 悪ガキといっても、探検家志望であれば、野生生物の知識もある。実際、ゲティアオオトカゲを口にした事はあるのだ。あのえぐみは忘れることがないだろう、毒抜きが不完全だったという苦味を、舌が覚えている。


「あのえぐみは忘れないぜ………ゲティアオオトカゲが、その数の多さに反して、食肉として流通しない理由だ。食われないために進化した結果の毒トカゲの一種で………半端に食えるって言うのが、厄介やっかいなところだな」


 覚えがあるのか、何人かはえぐい顔をしていた。

 しっかりと毒抜きをすれば、えぐみすらなく、それなりに口に出来るものだ。それでも、肉の隙間に残っていた毒で、えぐい思いをした経験は、一度や二度はあるものだ。故に、こげる寸前まで焼きしめる、干物にして、その上で香辛料を使うという手間ゆえに、安いはずが手間賃がかさむ品だ。

 唯一、味を気にしない肉食のペットのエサとして、有用な品である。


「そう、そのまずさから、ゲティアオオトカゲを捕食するものは、同じゲティアオオトカゲのみといわれる」


 店主がついに、口を開いた。

 その手には、どう見ても、ゲティアオオトカゲがあった。尻尾を手にして、逆さづりの、丸ごとのゲティアオオトカゲだ。

 数人が、ひざを折って、口を覆う。マジで、なんてモノを食わせやがったのだという視線が、店主に向かう。

 そして、改めて、全員が看板を見る。


『安い、不思議、未知の味』


 確かに、安かった。

 そして、不思議な歯ごたえだった。

 何より、まずいというわけでもなく、食べられないこともない、未知の味だったのだ。

 ゲティアオオトカゲが、その正体だとは、誰も思わなかった。今の気持ちから、驚愕きょうがくと言う一文字を加えても、よいだろう。

 ガシグミと、改めて、一口かじってしまうほどに。


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