第11話 新たな始まりは、発表会にて


 感心して、腕を組んで、うなずく老人がいる。

 何の話か分からず、隣の親御さんのズボンを引っ張るお子様もいる。

 いぶかしみつつも、否定しきれないという、相反する感情と戦う青年もいる。

 発表会。

 その言葉通り、学生さんががんばって作った学術論文の、発表の場所だ。将来は学者に、あるいは探検家になろうとするのなら、ここは本番の、第一歩。

 今の時点で何に興味を持ち、そのためにどれだけ努力をしたのか、その結果を明らかにする場所でもある。

 今、その結果の一つが、発表された。


「サイルークとルータックの共同発表………覚えておきましょうか」

「最初の発表者の………ニキーレスだったか………丁寧な言葉で飾った、教科書どおりの発表と、どちらが上か………サイルクーク、ルータック組みだな」

「過去に生きた者の目線など、まるで、本当に当時を生きていたかのようだ」

「普通は王国の未来について――といったところですからな、最初の発表者のように」


 ただいまの発表者は、サイルークとルータック組だ。

 本来は、続いて――と、続くため、味わう余裕はないものだが、サイルークとルータック組みは午前の発表の時間の、最後の組であった。

 そのため、会場の皆様には、ゆっくりと味わう余裕があった。

 遺跡発掘に参加したい、その熱意がこもった発表だった。当時を生きた人の願いが、間違ったと判断されていても、改めて見つめたいと。

 なぜ、間違ったと判断されたのか、この目で見たい――と。

 まさか、本当に当時、革命を起こすために戦った亡霊の言葉だとは、誰も思わない。

 サイルークの中身は、百年前『ドーラッシュの集い』の戦闘要員として、多くの戦いを行きぬいてきた、ギーネイである。

 なぜ、自分達は、世界に戦いを挑んだのか。

 未来に生まれ変わったギーネイが、抱いてしまった、疑問だった。

 使命を思い出せ。世界を、人間が導く、正しい姿に変えるために戦うのだ。

 たくされた願いを前に、ギーネイは疑問を持つ。

 本当に、そうなのかと。

 ギーネイは、サイルークと言う少年の人生を奪い、今と言う未来に生きている。

『ドーラッシュの集い』で受けた教育が、間違いだと思えるほど、人々は豊かに暮らしている。圧制と言うのは、壊そうとする人々からみた、平和を守る側の姿だ。

 答えが、欲しかった。

 様々な本から、様々な知識は手に入ったが、自分達『ドーラッシュの集い』の側の意見は、どうなのか。急進派と、穏健派と………

 遺跡を調べることで、分かるだろうか。

 ルータックとの約束は、水晶を探すこと。

 サイルークに、この肉体を返すための、手がかり。それは水晶しかなく、遺跡へ続くせせらぎに、ぽちゃんと、落ちたのだ。そのまま遺跡へと流され、行方不明だ。遺跡にもぐったとしても、探し出せるか、分からない。

 それでも、行ってみなければ、分からない。

 それが目的だったのに、ギーネイにとっては、発表したとおりに、過去に何があったのか、改めて知りたくなったのだ。


「えらく、大げさな物言いをしたもんだな、サイルーク」

「過去の発表者の真似をしたつもりだったが………まずかったか?」


 からかうようなルータックの言葉に、ギーネイは少し本気で、戸惑った。

 まずかったかと。

 一応は、卒業生達の発表文集に目を通し、発表のマナーと言うか、このようにすれば、上位を狙えるという方法を、探っていた。

 あえて、荒波を立てる方法が、簡単だった。

 副作用は、完全に敵対される可能性も、高いということだ。子供の反抗期と言う、やさしい対応をされればよいが、相手にしたくないと思われた場合は、未来がない。そのために、当たり障りのない、優等生と言う、形に乗っ取った方法も存在する。

 最初の発表者、優等生のニキーレスの方法だ。

 王国の未来についてという、未来に希望溢れる、若者らしい内容だった。過去の発表者達の発言を引用しつつ、よりよい未来を探るためには、どのようにすべきかと言う、本人の希望も含まれていた。

 学者になりたいと。

 ギーネイも、その方法をとったつもりだが、挑発と取られかねない発表になったのだ。


「いや、遺跡に行くことが、俺たちの目的だからな~………行ってみないと分からないってことで、いいんじゃないか?」

「まぁ、遺跡に行きたいって気持ちは、思いっきり、込めたからな」


 薄暗い室内から、列にしたがって、ようやく外に出た。

 目が、暗闇になれていたため、妙にまぶしかった。秋の太陽の輝きは、夏の日差しとは異なる、強さを持つ。

 季節によって、こんなにも太陽の輝きが異なるとは、ギーネイは知らなかった。かつて、太陽の下に出るときは、偵察任務で、命がけの戦いだった。ゆっくりと、太陽の恩恵に目を細めることなど、なかった。

 だが、学園生活において、のんびりと過去に思いをはせる暇など、あるわけがない。それに、今日からは、学園祭なのだ。いつにも増してにぎやかな、学園祭の喧騒が、耳に入ってくる。


「それよか、早く屋台行こうぜ、きっと行列だけどさ」

「そうなのか………まぁ、口に出来るなら、何でもいいさ」


 お昼時の行列など、空腹の前では拷問に等しい。ギーネイは、とりあえず何か腹に入れたいと、ルータックの案内で、穴場へと向かった。

 誰も行列していない、まずい店と言う意味である。そこだけ、ぽっかりと穴があいているように、寂しげな屋台はどこか。

 ギーネイの姿は、学生生活を謳歌おうかする、学生そのものだった。


 一方で、優等生のニキーレス君はと言うと………


「ワーゲナイ先生、いかがでしたか」


 深い緑色のショートヘアーの、いかにも優等生ですと、背筋をぴしっと伸ばした学生さんが、興奮が収まりきらない調子だった。

 ニキーレスは優等生らしく、歴代の発表会優勝者の発表内容を読み直した、教科書どおりの発表を慣いた。理想的な発表だったと、本人は誇らしかったはずだ。

 監修かんしゅうした教師の下へ戻った優等生君は、期待に満ちた瞳で、恩師を見つめていた。

 ご満足、いただけましたか。あなたの忠実な生徒は、ご期待に沿うことが出来ましたかと。

 ニキーレスの前には、私はエリートですというコートをまとった青年がいた。

 ニキーレスのあこがれであり、目標であり、そして、ニキーレスの発表に協力をした御仁ごじんである。


「うん、まさに優等生と言う言葉がふさわしい、すばらしい内容だった」


 生徒達には『理想主義者のワーゲナイ』と呼ばれているワーゲナイ先生は、担当は歴史である。優等生と言う誇りにあふれるニキーレスくんとは、とても相性がよいらしい。

 二人仲良く、どこかを見ていらっしゃる。

 そこは、理想と言う高みである。

 このようにして学閥がくばつを作り、地位を確立することもある。それが計算の上なのか、自然発生の結果なのかは、個人差である。


「サイルーク君は理想を理解できず、過去に重きを置いた………学会のヤツラと、同じだ。だが、キミは違う、まっすぐに未来を見つめている、それでいいのだよ」


 そう、それでいい。それが正しいと、自分に言い聞かせるように、ワーゲナイ先生は、うなずいている。

 自らの理想を相手に映して、実像より大きく見せてしまう。それがお互い様である場合は、助け合いと言ってよいだろう。

 この二人は、正にそれだった。


「ワーゲナイ先生のご指導の賜物たまものです。ありがとうございました」

「いやいや、ニキーレス君のように優秀な生徒を教えることが出来て、教師冥利につきるよ」


 教師をやっていてよかった、オレは間違っていなかったのだと、とても満足そうだ。

 そこへ、客席から、一人の男が近づいてきた。


「同志ワーゲナイ、その少年は?」

「同志、学園でその呼び方はつつしんで欲しい。それに、まだ子供だぞ………いや、そうか、好機は、いつまでも待ってくれないのだな」

「そういうことだ、先導者殿は、例え幼くとも、こころざしが高ければ、仲間として認めるとおっしゃっていたではないか。キミも、かつては少年だっただろう?」


 確かに………と、ワーゲナイ先生は、考えながら優等生ニキーレスを見る。見知らぬ人物を目の前に、やや緊張気味のニキーレス君。だが、普段耳にしない単語に、興味も引かれていた。

 互いを呼び合っていた、同志とは、何のことなのか。先導者殿とは、ワーゲナイ先生の、恩師か、所属する学会の、重鎮じゅうちんなのだろうかと。


「少年、教えてやろう、キミの恩師も――」

「やめろといっただろう、我々が世界に否定された『ドーラッシュの集い』を受け継ぐ者だということは、秘密なのだから」


 ワーゲナイ先生は、とても素直な人物のようだ。自分で正体を明かしている。

 今日は学園祭。様々な人が、普段訪れない学園へと、集う日でもある。多くはご家族の方であるが、学生の発表の場と言うことで、様々な分野の方もおいでになるのだ。

 ご近所の方に、偉い先生の皆様に………それ以外と言う分類の中に、どこか学園祭の雰囲気とは違う方々が、混じっていた。

 ギーネイが生前に所属していた『ドーラッシュの集い』を受け継ぐ者だと、名乗っている。

 かつて否定され、滅ぼされたはずの組織は、生き残っていたようだ。



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