第2話 敗れ去った、世界にて


 轟音ごうおんが響いていた。

 ずしん、ずしんと、腹に響く振動が傷口をさいなみ、ついでに天井からは、ホコリがパラパラと落ちて、精神を削ってくる。


「………古代王国ダーストと、同じ最後か………バケモノに囲まれて、岩の雨が――」


 言葉は、咳き込むことでさえぎられた。茶色のショートヘアーに黒の瞳の青年は、息を整えつつ、のんびりと無機質な壁を見つめていた。

 どこか他人事なのは、全てが終わったと、悟ったからだろうか。あるいは、死が近いと知っているからだろうか。腹部をぐるぐる巻きにしている布は赤く染まり、ポタリ、ポタリと、命のしずくが、したたり落ちていた。

 長くないと、仲間に、何よりも己に、覚悟をさせる姿だった。

 敗走し、命からがら基地に戻った果てが、この振動だった。


「ギーネイ、大丈夫か………」


 仲間が、心配そうにしゃがみこむ。

 ギーネイと呼ばれた青年は、作り笑いを浮かべた。脂汗にようやく気付いたかのように、こぶしで汗をぬぐう。


「バルケこそ、ひどい面だぞ?」


 相手もご同様の、脂汗の笑顔だった。

 負傷しているのは、お互い様の、負け戦。終わりを悟ったためか、とても穏やかな時間が流れていた。

 ずしん、ずしんという振動は止むことがない。何メートルもの大きさの巨石が、雨のように降り続いている。

 一つだけでも、並みの家屋を押しつぶすサイズが、落下を続けているのだ。振動が続くほどに、岩石は降り積もり、すでにこの施設は、岩石の地下数メートルと言う有様のはずだ。妙に明るい室内が、不気味に思える。

 この明りも、いつまで持つか分からない。動力炉が無事であったとしても、配線がやられるだけで、真っ暗闇だ。


「戻ることが出来たのは、俺たちだけかな………」


 ギーネイは、部屋を見回す。

 チカチカと明りが瞬く光景に、ゆったりと座れる椅子がたくさん並んだ、部屋の光景が瞬く。教えを受ける部屋であり、仲間同士が談笑する部屋でもある。

 最後を迎えるのに、ここはふさわしい。

 突然、暗闇が訪れた。

 反射的に、ギーネイたちは、天井の照明を見上げる。

 人類の英知の結晶であるこの秘密基地は、要塞でもある。炎に巻かれた程度では燃え落ちることはない。例え、岩石が降ってきても、ヒビが入る程度だろう。

 ある程度なら。

 岩石の雨に、雷に………死ぬという道しか残されていないと、振動が教えていた。

 敗北したのだと。


「諸君、今までよく戦ってくれた。改めて、礼を言おう」


 若者達に混じって、初老の男性がいた。武装集団の長というよりは、学者や教師といった風体の、白髪交じりの髪の毛を後ろに撫で付けた男性だった。

 苦労の数だけ刻まれたシワは、死を目前としていても、柔らかな笑みを浮かべていた。


「ユーメル先生」

「「「先生っ」」」


 ギーネイたちは、感謝の言葉に応えるように、名前を呼ぶ。

 この部屋には、初老の男性ユーメルを含めて、数えるほどの人数しか残っていない。コンクリートの壁にはひびが入り、内部の配線がショートし、バチバチと言う音が入ってくる。外の様子を見に行くことは、もう出来ないだろう。入り口の扉はつぶれ、ゆがんでしまっていた。

 閉じ込められたのだ。

 敗走するギーネイたちの背後から、岩が、雨のように降り注いできた。以降は、篭城と言う有様の、死を待つまでの暇つぶし。


「バケモノどもの影におびえ、細々と生き延びる。それが、生きていると言えようか………我ら『ドーラッシュの集い』は、この世界を人の手に取り戻すと誓って、戦ってきた」


 ユーメル先生と呼ばれた男は、言いながら、手にしていた武器を構えた。

 琥珀のような滑らかな材質に、色は深い紫色の細長い楕円形は、成人男性の太ももほどのサイズと、やや大きい。

 あるいは小型の盾にも見えるそれをユーメルが操作すると、三本の牙が伸びた。種子から発芽したという形容が近いだろうか、ユーメルは壁に向け、武器を構える。


「古代王国ダーストは、この『トライホーン』を始め、驚愕きょうがくの力を生み出し、世界を席巻せっけんした。人こそが、この世界を導く種族なのだ。神々など、もはや巨大な獣でしかないのだと」


 見た目通りに『トライホーン』との名称が付けられている。その角が、明滅めいめつを始めた。

 天井の明りが明滅よりも、はるかに強い輝きだった。

 トライホーンを向けられた壁は、音もなく、崩れ去った。

 頑丈なコンクリートの壁を瞬間で砕けるほどの、威力である。それでも、ここから抜け出すには心もとない空洞の先に、鈍い光が見えた。

 隠し金庫だった。

 中の小箱もついでに壊れ、中身が露出していた。


「人々は等しく、この世界の主となれるのだ。古代王国ダーストは、それゆえに、恐れられた。魔法の力を、神々と呼ぶバケモノの力を、初めて人間が上回ったのだから」

「………水晶玉?」


 ギーネイは、つぶやく。

 こぶしより少し小さな、水晶があった。なぜ、壁に金庫が埋められていたのか、いったい、誰の目から隠すためか。疑問は様々にわきあがり、部屋にざわめきが広がる。

 ユーメルは気にすることなく、静かに武器を足元に置くと、壁に向かった。


「ただの水晶ではない、魔法の水晶だ。本来は、魔法の力がなければ使えない品だが、これは、我々でも使うことが出来るという」


 ユーメルは崩れた壁から、握りこぶしより、やや小さな水晶を取り出した。

 一部の瞳に、嫌悪が混ざる

 魔法と言う言葉が、原因である。自分達の正義を否定する、敵の力なのだ。そして、戦ってきた相手でもある。魔法使いに、魔人たち、そして、神々………

 しかし、ユーメルはその力に、魔法の力に頼るといったのだ。


「このままでは死ぬだけだ。ここでの戦いも、その意義も否定され………それでいいのか」


 ユーメルは説明した。

 この魔法の水晶には、肉体が滅びても、その記憶を伝える力があるらしいと。ここで命を終えても、未来へと希望をつなげることが出来ると。

 ユーメルの優しい声に、悔しそうに顔を背けるギーネイたち。

 その間にも、天井が激しく揺さぶられ、ホコリがパラパラと降りかかる。次は火の粉か、あるいは雷か。

 最後にすがるものが、敵の力である、魔法とは、なんと言う皮肉だろう。しかし、ユーメルの言葉の通りに、希望をつなげるべきなのだ。

 記憶を伝える力、未来へと希望をつなげる力。

 閉じ込められて、どこへ伝えると言うのか、自分達の希望を残す手段は、それしかない。ギーネイたちは、互いの顔を見てうなずくと、改めてユーメルに振り返る。

 満足そうな、恩師の顔があった。

 いつも見せる、自分達の議論を、戦いを見守る瞳だった。


「心の強いお前に、必ず水晶は応えるはずだ。未来で目覚めたのなら、頼むぞ、今度こそは――」


 その瞬間、天井が大きく揺れた。

 激しい光に包まれたと思ったのは、全員が手を添えていた水晶の作用なのか、自分たちに死をもたらした爆発なのか、分からなかった。

 だが、赤毛の少年の姿になるとは、思ってもみなかった。




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