章末 ガリムの選択


――ああ、クソ気分が悪い! また、ぶっこわしてやりてえな……


 不機嫌な様子でフリスディカの貧困街を徘徊する1人の男。ガリムという名のその男は、かつて魔法の才能で、将来を期待された男であった。だが、討魔師事務所をクビになり、行く当てをなくしたガリムは、孤児院に戻るというわけにも行かず、気が付けばこうして闇社会の一員として生計を立てるようになっていたのだ。


 幸か不幸か、ガリムの魔法の才能は本物だった。気が付けば、裏社会のボスにも気に入られ、ガリムはトントン拍子にこの社会で名を広めていったのだ。今やこの一帯では、ガリムという名を知らぬものはいない。そう言われるほどに。


 そして、薄暗い路地裏を歩くガリムの耳に、同業者達の声が届く。


「おい、あのギールとグール兄弟が遂にやられやがった!」


「ふん、ざまあねえな!」


 酒を飲みながら、豪快に声を上げた男達。いわゆる裏の世界で生きている彼らにとっては、情報というものが何よりも重要になる。それはガリムにとっても他ならない。情報は資産であり、ライフラインでもあるのだ。


 ガリム自身もギール・グール兄弟についてはよく名を聞いていた。フリスディカ界隈では、凶悪な堕魔として有名だったギール・グール兄弟。それは、ガリムにとっても、興味のある他ならない話題だったのだ。


 そして、同業者達へと近づいていったガリム。


「その話、俺にも聞かせてもらおうか!」


「げっ! ガリム! てめえ……」


「痛い目に合いたくなかったら詳しく話せ。 わかってるよな?」


 ガリムの脅しに渋々従う同業者の男。この世界では力が全て。裏社会でも名を上げていたガリムに逆らえるような者は、この周囲でもそう多くはなかったのだ。


「なるほどな、あいつらほどの者でも、零番隊には瞬殺されたと」


 ギール・グール兄弟と言えば、多くの討魔師達を屠ってきた強者。レッドリストのS級犯罪者に名を連ねるような強者である。


「ああ、あいつらもバカだよな。わざわざ零番隊様に手を出すなんて、しかも自ら絡みにいったらしいぜ!」


「どういうことだ?」


「俺も詳しくは知らないが、奴らはあの養成学園のガキ共を標的にしたようだ。その結果、ガキにも一撃ぶち込まれ、あげくに始末されてやがる。滑稽な話だよ!」


「それにしても、たまたまかもしれんが、それでもギールに一撃入れるとは、ガキのくせになかなか末恐ろしいな。名前は何たっけ…… リア…… リマ? なんかそんな感じだったらしいぞ」


 途端、ガリムの表情が一気に変わる。ガリムもその名前には心当たりがあった。まさか、まさかとは思うが……


「おい、そのギールに一撃を入れたとか言う奴の名前…… リアって言うのか?」


「そんな感じだ。だがまあ結局ギールをやったのは、あの炎の魔女だ。ああもう物騒な話だよ。次から次へと、こう……」


 間違いない。炎の魔女と言えば、リアをずっと指導していたあの女。ガリムはもうすでに確信していた。


――リア…… あいつ、才能も無いくせに……


 もう、これ以上の話はガリムにとってはどうでもよかった。そのまま不機嫌な様子出刃を去って行くガリム。ガリムの頭の中を支配していたのは、リアが養成学園に受かったという事実。


――どうして、俺が落ちた学園に、あの落ちこぼれが合格しているんだ!


 そう思うとガリムのイライラがどんどんと増していく。そして、イライラしたまま、自らのボスの下へと帰ったガリム。ボス達のいる事務所の扉をガリムは乱暴に蹴破ったのだ。いつもなら、ここで、ガリムに対するボスの怒声が聞こえてくるはず。だが、部屋の中はガリムも驚くほどに静かであった。


――ああ? なんだ?


 一瞬戸惑ったガリムの耳に、聞き覚えのない声が届く。


「おやおや、ずいぶんと荒れたおかえりですね」


 部屋で待っていたのは、いつものボスではなかった。見たことのない、奇妙な仮面を身につけた人間がただ1人、部屋の中央に立っていた。よく見ると、部屋は血塗れ、そこらの床には同じファミリーの者達が力なく転がっていた。そして、奥の席、いつもボスが座っていた席には、力なくうなだれたボスの亡骸。怒りに支配されていたガリムも一瞬で冷静へと戻る。


「てめえ…… だれだ?」


「私の名はミザール。最近ここらで名を上げているという、君に会いに来たんですよ。ガリム君」


「ミザール? 知らんな。それにこのままただで帰れると、本当にそう思っているのか?」


 怒りに支配されたまま、言葉を返すガリムに、ミザールと名乗った男は飄々と言葉を返す。


「いやだなあ、そんなすぐ好戦的になっちゃって。冷静に行きましょうよ。冷静に。私達と一緒に……」


「知るか。死ね。風の術式……」


 まだミザールの話の途中で魔法を構えるガリム。だが、ミザールが小さく腕を振った瞬間、ガリムは、先ほどまで感じていた魔力を一切感じ無くなった。


――魔法が発動しない……?


 いつもなら感じるはずの魔力。だが、あの奇妙な面をつけた男の前では、何故か魔法が使えない。動揺を見せながらも、ガリムはミザールに言葉をぶつける。


「てめえ、一体何をした?」


「このままじゃ、私の話を聞いてくれないかと思いまして…… 私はあなたをスカウトに来たんですよ、ガリム君」


「スカウト? ふざんけんじゃねえ! てめえ、うちのボスを……」


「本当に、君はこんな所で満足しているんですか? 君ならもっと華々しい舞台で輝ける。そう、例えば…… 零番隊を一緒につぶすとか?」


「お前本当に何を……?」


 呆然とミザールの話に耳を傾けていたガリムに、さらにミザールは言葉を続けたのだ。


「さあ、ガリム君、選ぶのです。ここで、こいつらと一緒に惨めに死んでいくか、それとも私達と一緒に、この不自由な世の中を壊すか。選択は君次第です」


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