第27話 それぞれの意図


 シャウン王国の上層部達が一堂に会する会議室。いつも、この会議室では王を中心に、シャウン王国の7人の大臣、そして零番隊のトップであるミドウが出席する会議が定期的に開かれている。いわばここは、シャウン王国の国の方針を決めている中枢とも言える部屋である。


 ただ、いつもの会議とは異なり、今日の会議については、定期的なものでは決して無かった。出席者の招集をかけたのは、大臣の1人、ヴェッラ・グレゴリウス。ルシファーレン家と並ぶ、シャウン王国の名家の一つ、グレゴリウス家の現当主であった。


 重苦しい空気が包む会議室に招集されたイーナとルートは気が重かった。ここに呼ばれた理由について、会議が始まる前からもうすでにわかりきっていたからだ。


 ヴェッラ・グレゴリウスは、いかにも深刻といったような様子を浮かべながら、会議の始まりの言葉をつげる。


「王よ、それに大臣の皆々よ。ご多忙の中、お集まり頂き感謝する。さて、今回皆に集まってもらったのは、ミドウ殿やアーヴィント・ルシファーレン大臣が推し進めていた、討魔師養成学園の件についてである。まだ設立したばかりにも関わらず、実習の途中、生徒らの一部が堕魔の手により怪我を負うという事態が発生した。この件について、ミドウ殿、それに担当の教師達から、是非説明を願いたい」


 ヴェッラ・グレゴリウス大臣の言葉に、続いたのは王様。王は表情を一切変えること無く、その会議に招集されたイーナとルートの方に向かって言葉を発した。


「ふむ、私もミドウ、それに当事者であるイーナやルートから既に報告は受けている。まずは、イーナ、そしてルートよ。状況について改めて説明してもらえないか?」


「はい、事が起こったのは課外実習の最中です。実際に私達教師陣と、生徒達が共に街に出る…… いわゆる現場実習の途中、レッドリストに登録されている堕魔2名と交戦する事態が生じました。そして、その最中、生徒2名が堕魔の手により負傷。幸いなことに2名とも、怪我は軽度なものであり、予後は良好ですが、まだ学園を開設したばかりで、このような事態を招いてしまったことは、私達も深く反省しております」


 王や大臣の前で説明をしたイーナは、深々と頭を下げる。つれて、頭を下げるルート。そんな彼らの様子に、ミドウが席を立ち上がり声を上げる。


「イーナ、ルート両名の活躍に寄り、無事に堕魔2名とも討伐は成功した。全力を尽くして任に当たってくれたイーナ、ルート、2名については何も責められる謂われはない。生徒達が負傷したのは、彼らではなく、ひとえに学園の責任者でもある私にある。勇敢に戦ってくれた彼らをどうか責めないでもらいたい」


「ふむ、ミドウの言うことも尤もである。まずは、イーナ、ルートよ、顔をあげてくれないか? 此度のおぬしらの活躍、実に見事であった。決しておぬしらを責めるようなつもりはない。その件については、皆も異論は無いな?」


 ミドウの言葉に続く王。王に言葉を返したのは、最初に発言をしたグレゴリウス大臣である。


「王の言葉の通り、レッドリストにも登録されているほどの堕魔を討伐したというのは、何よりも明るい話です。ただ、私が危惧しているのは、生徒達のこと、私は以前にも告げたとおり、養成学園の件については反対の意志を示していました。それも、聞いた話では、堕魔達は、教師ではなく、生徒を標的にしていたとのこと。これは学園側には、重く受け止めて頂きたい中身にはなるとは思いますが…… その点についてはどうなんだミドウよ?」


「大臣達もご存じの通り、堕魔による犯罪が増加している昨今、零番隊、それに軍隊の負担も増えており、次世代の討魔師の育成は、この国の早急の課題であると認識している。凶悪な堕魔達と渡り合える討魔師を育成するためには、実戦経験は不可欠であり、我々としては、零番達と共に実際に現場を経験することは、生徒達にとって必要であると認識している」


 ミドウの説明が気に食わなかったのか、グレゴリウス大臣が言葉を荒げる。


「問題は、この国の未来を担う子供達が被害に会っていると言うことではないか! それに零番隊が付いていながらその体たらくは何だと言っているんだ! おぬしも一緒だルシファーレン大臣。そもそも学園は、おぬしらが推し進めた話だ! 学園の計画自体に問題があったと言う事ではないのか?」


 そして、グレゴリウス大臣に続いて言葉を発したのは、唯一の女性の大臣であるグッドベネラ・カノープス。彼女はシャウン王国内で教育を担当している大臣である。


「私からも、発言を。確かに王やミドウ殿の言うとおり、討魔師の育成というのはこの国の課題であると言うことは認識しております。ただ、私も教育を担当している大臣である以上、やはり子供達が危険にさらされるというのは……」


「そうだろうグッドベネラ! だから、私はあれほど反対したんだ。何も、わざわざ子供達を動員せずとも…… 討魔師なら、事務所を構えた討魔師など沢山いるではないか!」


 そして、勢いづいたグレゴリウス大臣に、冷静に言葉を返す、アーヴィント・ルシファーレン大臣。老いてなお、歴戦の強者と言った風貌の彼は、ルシファーレン家のトップであり、現在弐の座に座るアルトリウスの父親であり、そして養成学園の生徒であるアルフレッドの祖父である。


「事務所の討魔師達が、堕魔と渡り合えるほどの実力を持っていなかったからこそ、こういった事態になっているのではないか、グレゴリウスよ」


「もうよかろう! おぬしらに様々な意見があるのは儂も重々承知しておる。ただ、学園の設立の件については、この会議で決まったこと。そこについてとやかく言うことではない。それに、ミドウの言うとおり、討魔師の育成には実戦経験が必要というのは紛れもない事実であることは言うまでもない……」


 王の一喝に、ヒートアップしかけていた会議室が一気に静まる。物言いたそうな表情で黙りこんだグレゴリウス大臣。そして、会議の締めを王が告げる。


「ミドウ、それにイーナやルートよ。今後もおそらく生徒達を狙う堕魔が多く現れるだろう。おぬしらには、また苦労をかけることにはなるが、よろしく頼む。以上!」


「ふん……」


 そう小さく言葉を漏らし、真っ先に席を立ち会議室を後にしたグレゴリウス大臣。いかにも気に食わない様子であったが、流石に王の前ではこれ以上何かをもの申すというわけにも行かなかっただろう。グレゴリウスは、大人しく会議室を出て行った。


 そして、ようやく重苦しい空気から解放されほっと息をついたイーナとルートの元へとミドウとルシファーレン大臣が近づいてきた。


「イーナ、ルートよ。すまなかったな」


「ミドウさん、それにルシファーレン大臣、この度は申し訳ありませんでした」


 申し訳なさそうな表情で、そう言葉を放ったルシファーレン大臣に向かって、再び頭を下げるイーナとルート。そんな2人の肩をぽんと叩き、ルシファーレン大臣は2人に励ましの言葉を贈る。


「なに、結果的に生徒達は無事だった。それで良かったではないか。本当は、私だって子供達をこういった形で戦闘に巻き込みたくはない。ただ……」


「わかっています。そのために私達がついている。今後は今まで以上に用心するように、心がけます」


「うむ、今日はご苦労だったな、2名とも。もう帰ってもよいぞ。おぬしらの大事な生徒が待っているだろうしな!」


「はい、失礼いたします」


 ようやく重苦しい空気が包むから場から解放されたイーナとルート。会議室の扉を静かに閉め、ふうーっと大きく息をつく。もう2人とも気疲れで全身へとへとだった。


「はあ~~ もうこんなのごめんだよ~~」


「全くだ……」



………………………………………



「では、ルシファーレン大臣、私も失礼いたします」


 イーナとルートが会議室を出て行くのを見届けたミドウは、ルシファーレン大臣に向けて軽く一礼をし、そう告げた。そして、ミドウが退室し、大臣達のほとんどが退室した会議室で、唯一残っていた大臣の1人シモン・シュトラールが笑みを浮かべながら、ルシファーレン大臣へと近づいてきた。


「ルシファーレン大臣、あなたもやりますねえ。全てはあなたの掌の上ってわけだ」


「何のことだシモン?」


 アーヴィントに比べるとずいぶんと若い風貌のシモン・シュトラール。シャウン名家の一つ、シュトラール家出身のシモンは、飄々としたまま、アーヴィントに言葉を返した。


「こうして、生徒をちらつかせれば、討魔師達、特に零番隊を目の敵にしている堕魔達をおびき出せる。そのための罠だったんでしょ? あの学園は。子供達を囮に、零番隊の討魔師達に堕魔を討伐させる。聡明な大臣ならではの合理的なお考え、流石の一言です」


「ふん、たまたまではないか?」


 一切表情を変えること無く、シモンに背を向けたアーヴィント。さらにシモンが言葉を続ける。


「倫理的に許されるかどうかは置いておいて、私も良いアイディアだとは思ったんです。だから私も賛成した。それにしても自分の息子や孫までも、囮に使うだなんて…… 本当に末恐ろしいお方です。まあ、私も自分の子供が今度零番隊の……」


「口を慎めよ、若造が」


 アーヴィントの鋭い眼光がシモンへと向けられる。アーヴィントの威圧感に、少したじろいだ様子のシモン。そして、アーヴィントはそのまま何も言わず、会議室を後にしたのだ。


「怖いなあ…… 全く…… まあでもルシファーレン大臣…… そう何事も上手くは行かないものです。足元をすくわれないように、気をつけた方が良いですよ」


 ただ1人、会議室に残されたシモン・シュトラールは、1人不敵な笑みを浮かべながらそう呟いたのだ。

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