第26話 決着


「先生…… 勝手に魔法を使わないって約束…… 破っちゃってごめんなさい……」


「……ううん、よく頑張ったねリア、カシン。後は任せて」


 すっかりボロボロになった身体で、そう言葉を漏らしたリア。リアもカシンも全身は傷だらけで、ちらっと生徒達の方を見たイーナは、心苦しそうな表情を浮かべていた。


――こんなに2人を追い詰めてしまったのは…… 間違いなく私のせい……


 そして、すぐに、男の方へと視線を移したイーナ。その表情には押さえきれない怒りが表れていたのだ。


「ギール…… よくも……」


「零番隊…… 炎の魔女か…… ちっ…… お前が来るまでにそいつらを片付けようと思ってたのによ! ああ…… むかつくぜ! グールの奴は何をやってんだ! ああ…… 絶対バラす…… バラす……」


 自らの顔をかきむしりながら、怒りを露わにするギール。ぴりっとした空気がイーナとギール、2人の間を包む。もうリアもカシンも、声を発することが出来るような空気ではないという事を、本能で察していた。


「……残念だけど、彼はもう終わりだよ。それにあなたもね。 ……あまり時間は無いんだ。一瞬で終わらせる!」


「ああ? 生徒1人満足に守れないくせに何をほざいてやがる? ああ、本当にむかつくぜ…… まずはお前から…… やってやんよ! 風の術式……」


 風の魔法を構えようとしたギールにリアは思わず身体に力が入る。なにせ、ギールの風魔法の威力は、身体で受けたリアが一番よくわかっていたのだ。


だが、それでもイーナは一切焦る様子もなく、その小さな身体でリア達の前に立ちはだかったまま平然とした様子で、小さく口を動かす。


「陽炎」


 イーナがそう呟いた直後、炎が一気に、魔法を発動しようとしていたギールを包み込む。断末魔にも似た苦しみの声を上げるギール。一体何が起こったのか、あまりにも一瞬の出来事で、リアもカシンも理解が追いついていなかった。


「ぐああああああああああ! こんな…… こんなああああああああ!」


 空しくギールの叫び声と炎の音だけがこだまする世界。そして、ようやくリアは理解した。もうすでに勝負が付いていたと言うことを。あまりにも一瞬、あまりにも刹那。圧倒という言葉以外、リアの脳裏には他に適する言葉が思い浮かばなかった。


「……さようなら」


 そして、呆然と立ち尽くしたまま、再び小さく言葉を漏らすイーナ。リアもよく見ていたイーナの背中だったが、まるで目の前にいるのがイーナではないような、そんな違和感を覚えていた。


イーナの表情は見えなくても、背中を見るだけでわかる。やりきれないような思い、そして怒り、むなしさ。そんな感情がイーナの小さな背中から、直接リアの脳内に流れこんでくるかのように、そんな風にリアは感じられたのだ。


 そして、ゆっくりと2人の方を振り返るイーナ。堕魔を飲み込んだ炎に照らされたイーナの表情は、やはりいつもとはどことなく異なる。そして……


「先生! 目から血が!」


 まるで、涙を流しているかのように、イーナの右目からは赤い滴が流れていた。痛みに支配された自らの身体に鞭を打ち、イーナを心配するリア。そんなリアにイーナはいつも通りの優しい表情を向けて声をかける。


「……大丈夫だよ。あの魔法を使うといつもこうなんだ! ……っそれより!! リア、カシン2人とも……!」


「リア! カシン!」


 イーナが2人を心配した言葉を発したのと同時に、慌てて駆けつけてきたルート達の声が重なる。駆け寄ってくる先生方を見て、ようやく助かったんだという実感が湧いてきたリアは、安心したからだろうか、だんだんと身体から力が抜けていくような感覚に襲われはじめていた。


「ルート! ちょうど良いところに! 2人をすぐに!」


「ああ! わかってる!」


「リア! リア! 大丈夫!」


「……ル、落ち着い……! ……!」


――そこから先はあまりよく覚えていない。だんだんとフェードアウトして行く意識の中で、先生達の慌てた様子の声と、そして僕の名前を呼ぶソールの声が何となく聞こえていたという程度だった。



………………………………………



「うーん……」


 目が覚めると僕はベッドの上にいた。まだ意識が朦朧としていた僕の耳に、不意にソールの声が届く。


「リア! 目覚めたんだね! 無事でよかった!」


 安堵の笑みを浮かべて、僕へと抱きついてきたソール。先ほどまで全身、傷だらけで痛みに襲われていたはずの身体は、すっかり治っていた。状況を読み込めていなかったリアは、ソールへと尋ねる。


「ソール? ここは……?」


「学校の医療室だよ! 先生達が運んでくれて、ナーシェ先生が治療してくれたんだ!」


 ソールの言葉に続いて、ソールの後ろの方から別の女性の声が聞こえてきた。白衣に身を纏った女性は、入学式の時に壇上で挨拶をしていた、ナーシェ先生だった。


「リア君、目が覚めたんですね! 無事でよかったです! イーナちゃん…… じゃなくて、イーナ先生とルート先生があなたとカシン君をここまで運んできて……!」


「そうだ! カシンは?」


「カシンは、先に戻ったよ! リアもカシンも、怪我自体はそこまで酷いものでもなかったらしいから……!」


 カシンの身を心配したリアへと笑顔で言葉を返したソール。その言葉を聞いて安堵したリアへ、さらにナーシェが言葉を続ける。


「リア君も、もう怪我自体は治ってるから、落ち着いてきたら戻っても大丈夫だよ!」


 それから、リアはソールとナーシェから一連の騒動についての顛末を聞いた。僕達を襲撃してきたのは、ギールとグールという、レッドリストにも載っていた堕魔。奴らは、イーナ先生とルート先生が倒してくれたらしい。ただ……



………………………………………



 同時刻。


 王宮内では、王やミドウをはじめとして、シャウン王国の上層達が会議室に一堂に会していた。重苦しい空気が包む会議室の中で、皆の矢面に立っていたのは、イーナとルート。2人の先生であったのだ。

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