第50話 惑星道中

 ぴったりと張り付くスーツは、休息を取るのには向かないだろう。

 密着しているが、通気性も良く、外で活動するのに支障はないと彼女は言うが、

 スーツよりもワイシャツの方が絶対に過ごしやすい。


 サイズが大きいので、少しダボダボになってしまっているが、

 ワンピースのように下半身も覆えているので、これはこれで一石二鳥だ。

 ……少し刺激的な姿になってしまっているのが難点だが。


 いや、役得だ。


「あ、スープ」


「飲んでいいよ。

 というか寝込んでいる間は、それが主食だったんだけど、覚えてない?」


 プリムムは頷く。

 高熱を出している間の記憶が、彼女にはなかった。

 では、動物のように甘えてきた記憶も同じくないのだろう。

 だとすれば良かった、と弥は安堵する。


 あれを覚えていたら、と思うと、

 自分だったら恥ずかしさで顔も合わせられない。


 あの時はサルとかナマケモノを相手にしていると思い込んで対処していた。

 この二日間で色々と鍛えられた気がする。

 主に理性とか。


 代わりに自分の所有物である、という気持ちも強くなってしまったが。

 たった数日、面倒を見た友達のペットに、情が移ってしまった、ようなものだろうか。


 プリムムがスープを飲む。

 それだけで、なんだか癒された。


「……大人を通り越しておっさんみたいになってるな……」


 この年齢でそこまで達観する気はない。


 すると、プリムムは不味いとは言わなかったが、そんなような表情を作った。


 まあ、調味料も少ないし、煮込んだだけだし、美味しい料理を作るのは難しい。


 しかし自分で飲んだ時は意外と美味しいと絶賛したものなのだが。

 男と女では、味覚が違うのだろうか。

 そもそも、人間とアーマーズでは、味覚が違うのだろうか。


「無理して食べなくても」


「不味いとは言ってないでしょ」


 言ってなくともそう見える。とは、弥も言わなかった。

 彼女は一杯を飲み干し、おかわりをした。

 ……味は満足ではない、というのは本当だろう。

 でも、それ以外の部分が、いいスパイスになっていて、手が止まらないのだとしたら。


 そのスパイスの名を口にするのは、恥ずかしかった。


 そして食べ終わった後、プリムムが志願した。


「次からは私が作るわ」

「ほう、僕では役不足だと」


「端的に言えば。でも単純に、作ってくれた分、お返しをしようと思って。

 それに、私の料理は美味いんだぞ、っていうところを、見せたかったのもあるし」


 作る前から勝ち誇ったドヤ顔を見せる。

 料理には相当、自信があるのだろうか。

 弥も勝てるとは思っていないので、張り合わない。

 そりゃあ、プリムムの方が上手だろう。


 女子だから、で押し付けるわけではないが、自分の力量を見てそう言える。


「それに、弥の両腕、また動かなくなったんでしょ?」


「……気づいてたんだ?」


「うん。私を介抱してくれてたなら、当然、腕は使えていたんでしょうけど……、

 私が起きてから、途中で腕を動かさなくなったし。

 だから、そうなのかな、って。……たぶん、私のせい、なんだよね」


 せい、ではない。

 プリムムのおかげで、少しの間だけ、使えるようになったのだ。

 本来の姿に戻った、というだけのこと。彼女を責めるつもりなど毛頭ない。


 お礼を言う事はあっても、糾弾する事はない。


「プリムム」


 弥はかしこまった態度で、頭を下げた。

 ずっと言えていなかった事がある。


「泉に落ちた僕を助けてくれて、どうもありがとう」


「な、なによ急に……。

 今更よね。助けた、なんて大層な事をしたわけじゃないけど」


 プリムムにとっては助けようとして助けたわけではなく、落下してきたそれがなにか分からないから、確認のために引き上げたに過ぎない。それが弥だっただけの話だ。


 彼女が弥を助けるために体を張ったわけでも、進んで危険に飛び込んだわけでもない。

 流れの上で、なのだから、お礼を言われる事ではないのだ。


 たとえそうでも、弥にとって結果は変わらない。

 彼女がそう言っているから感謝をしない、なんて、

 クソ野郎に成り下がるわけにはいかなかった。


 彼女は命の恩人である。しかも一度ならず、二度である。


 ターミナルの刃から庇ってくれた事は、誤魔化しようがない、彼女の優しさだ。


「あー、まあ、あれは、ね。

 うん。確かにあれは危険に飛び込んで助けたかな」


 その時に受けた傷は、既に塞がっている。圧倒的な回復力だ。

 しかし弥の中には、綺麗な彼女の体を傷つけてしまった、という罪悪感が残っている。


 だから約束したのだ。彼女を絶対に生き残らせると。


 それはつまり、彼女を脅威から守る、という事を意味している。


 そして彼女はその約束を受けてくれた。

 破ったらタダじゃおかない、と釘を刺して。


 ここから先、二人は、一蓮托生である。


「……守ってくれるのはいいけど、あんた、脱出はどうするわけ?」


「そんなの後回しだよ。

 とにかくプリムムを生き残らせる。脱出は、それからでもいい」


「ふーん、そう……」


 プリムムは興味なさげに顔を逸らす。

 緩んだ表情を見られたくなかったのだ。


 誰よりも、なによりも大事にされている。

 アーマーズであろうが、少女でもあるのだ。

 お姫さま願望は、誰にだってある。

 プリムムだけ思わないなんて例外はない。


 ただし、彼女はそれを悟られないようにしている。それが彼女の性なのだ。


「精々、頑張りなさいよ。……私も、頑張るから」


 そうして、夜が更けていく。

 二人が洞穴を出たのは、次の日、快晴の朝である。


 ―― ――


 荒野へ向かう事にした二人は、山を越えなければならない。

 洞窟を抜ける直線ルートか、登山と下山をする山なりのルートを歩くか悩み……、

 後者を選ぶ事にした。閉鎖空間はなにかと恐いのだ。


 それに、せっかくの快晴なのに、洞窟の中を進むというのも勿体ない。


「あーあ、川で水浴びしたかったのになー」


 先行するプリムムが不満を漏らした。

 高熱を出したばかりで冷たい水浴びをしようとするプリムムを、弥が止めたのだ。

 して、また体調を崩してもらっては困る。結局、介抱をするのは弥なのだから。


「こんなに良い天気なのに。こんな日なら気持ち良さそうよね」


 ちくちくと刺さる言い方である。

 こっちは両腕を骨折していて、今更そんな痛み、気にしようもないのだが、不思議と言葉は骨折よりも痛く染みる。ようは、彼女の言葉だからだろうか。

 言葉ではなく、誰か、に、体が反応しているのだ。


 ……厄介な病気だな。


「ねえ弥」


 振り返ったプリムムが不安そうな表情で質問した。


「もしかして、泳げない?」

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