第49話 二日間

 大幅に抑えた出力でも、全然、足りなかった。

 僅かに手をずらしたおかげで、発射された砲撃は逸れて、ターミナルの真横を通り過ぎる。

 ――その直線上、景色の彼方まで、森が消し飛んでいた。


 削れた地面は赤黒く液体が残っており、黒煙が狼煙のように空へ伸びている。

 周囲の木々にも火の粉が移り、僅かに燃えていた。


 視界を奪われるフラッシュと鼓膜を麻痺させる轟音。

 もちろん五感へのダメージは、弥にはない。

 直撃していないのにもかかわらず、ターミナルは、へなへなと膝を崩し、呆然としている。

 視覚と聴覚が満足に機能していないのだ。


 弥も唖然とするしかなかった。

 自らの力がこんな破壊力を持っているとは思っていなかったのだから。

 こんな力、確実に持て余すに決まっている。


『…………』


 当然、プリムムも言葉を失う。

 一瞬早く気づけなければ、ターミナルを消し飛ばしていたという、冗談で済まない事実が、今更、彼女を恐怖に落とし、ぎゅっと力が入る。


 その力が背中から抱きしめられている弥に伝わり、おかげで彼は平静を取り戻した。


「……プリムム……?」


 彼女の思考が流れ込んでくる。

 弥に届いた信号は、彼女の体の異変を表現していた。


 プリムムの呼吸が荒くなる。

 まるで高熱の風邪に苦しむように、弥の背中に熱が伝わった。

 発せられている本人の熱は、のぼせるくらいに熱いだろうと推測できた。


 どさっ、と後ろで音がして振り向けば、

 装備が解かれたプリムムが、大量の汗をかいて倒れていた。

 ……嫌な汗のかき方だった。


 汗によって濡れ、頬に張りつく髪を指ではがし、彼女を背負う。


 ターミナルの瞳は、まだ景色を取り戻せてはいないようだった。


 空への黒煙は、敵を誘き寄せる。

 その前に弥はプリムムを連れて、この場から退散した。


 ――背負う彼女のコアが、赤くなっている事には、彼はまだ気づかない。


 ―― ――


 二人が去ってしばらした後、

 視覚と聴覚を取り戻したターミナルは、すぐにその場から離れた。


 黒煙の狼煙は、敵を誘き寄せる……、

 彼女もその危険性に気づいたためだ。


 進んできた道を戻る。

 独断行動をしてしまったため、共に行動をしていた他の三人を置いてきてしまったのだ。

 さっきの規格外な砲撃に巻き込まれていなければいいけど……、

 なんて最悪な想像をしてしまい、慌てて振り払う。……きっと大丈夫。


 やがて、砲撃の痕跡が残らない場所で、彼女たちを見つけて安堵する。

 しかし、彼女たちは意識を失っていた。

 顔には殴打された痕跡があり、青くなってしまっている。


 近くには一人の少年が立っていた。


 高身長である。

 小柄なターミナルと比べると、かなり大きく見えるだろう。


「……あの、格好――」


 見た事がある。しかもついさっき。

 プリムムと同じぴったりスーツをターミナルが着ているように、この少年が『彼』と同じ格好をしているとなると、では、知り合いなのだろう、と思えた。

 アーマーズのように、種として同じくくりなのだろうか、とも。


 弥の知り合い、にしては、雰囲気がまるで違う。真逆と言えるだろう。


 彼が草食動物だとすれば、この少年は肉食動物だ。しかも中でも極めて、獰猛な。


 すると、少年がターミナルに気づいた。

 ターミナルは、咄嗟に剣を握り締める。


 構えながら、倒れている少女たちを見る。

 首元のコアを抜かれたわけではない。

 ただ単に、気絶しているだけだ。

 なら、彼はアーマーズの仕組みについては、知らないのだろう。


「…………」


 ターミナルにしては珍しく、踏み込みに躊躇った。

 弥と違って負傷しているわけではないにせよ、相手は丸腰である。

 剣を持つターミナルの方が、率直に言って有利である。

 だが攻撃できなかったのは、なぜだろうか。


 状況を見れば、彼女たちを倒したのは、彼である。

 彼女たちを回収するためにも、彼の動きは抑えておきたい。


 ……それに、彼自身を利用できる、とも、思えなかったのに、だ。


 弥と取引きをしようとしたのは、人当たりの良さや、たぶん、話せば乗ってくれるだろうという予測があったからだ。

 断られた以上、ターミナルの観察眼も、性能は良くない……。


 第一印象では決めずに、目の前の少年に取引きを求めたら、意外とすんなり受け入れてくれるかもしれない。というかそもそも、オトコだろうな? 

 ……明らかに男ではあるのだが、前例が弥くらいしか知らず、

 しかも雰囲気が真逆となれば、確証も得られない。


 それ以前の話だが。

 ――彼からは危険な匂いがしたので、会話を躊躇った。


「危ねえから、それをしまえ」


 すると、少年がターミナルを指差した。

 そして、続けてこう言った。


「ガキが持つものじゃねえだろ、早く帰んな」


 しっしっ、とテキトーにあしらうように。


 一瞬、言われた事の意味を理解できずに、口を開けたまま力が抜けそうになるターミナルだったが、なんとか踏みとどまり、あ、いつも通りにからかわれているな、と腹が立った。


 なので感じていた恐れも忘れて、思わず言い返す。


「誰がお子様サイズだ、バァーカッ!」


 あっかんべーのように舌を出したその仕草は、完全にお子様のそれだったが。


 ―― ――


 プリムムの高熱が平熱まで引いたのは、発熱してから二日後のことだった。


 彼女を背負った弥が、森の中を彷徨い、見つけたのは、洞穴である。

 熊が冬眠してそうで、入るのを躊躇ったが、

 意を決して中に入った結果、中はもぬけの殻だった。


 浅い知識で焚火をし、暖を取る。

 同時に洞穴の明かりも確保できた。


 道中、隠されていた道具を拾う事ができた。

 ナイフや鍋などの調理器具が揃う。

 これは試験であって、なにも無人島に置き去りにされたわけではない。


 彼女たちアーマーズが生活できるように、という配慮なのだろう。

 食材も、森や川に、普通にあるのだ。


 プリムムを介抱しながら、弥は治った腕で食材を獲り、なんとか生き延びた。

 近くだが周囲も散策して、場所を把握する。

 洞穴があったので予想はしていたが、すぐ近くには山があった。

 やっと、と言えるほど長くいたわけではないが、森を抜けられた。


 だが、山の中へ入るには、プリムムが目覚めてからにしようと焦って行動はしない。


 幸い、この洞穴が見つかる事も、

 他のアーマーズに姿を見られる事もなく、平穏に、無事に過ごせている。


 とりあえず火をしっかり通す事を念頭において、作ったスープがある。

 意識が朦朧とするプリムムは、弥の補助もあってか、きちんと飲んでくれている。

 食事をしては眠る、の繰り返しだが、熱を下げるためには、今できる一番の近道だろう。


 それも終わりを迎える。

 すぐに水分を失ってしまう濡らしたタオルが、しばらく経ってもまだ冷たかったのだ。

 彼女の熱が、以前よりも低いことを意味していた。


 支えなければ起き上がれなかった体も、彼女は自分で起き上がれるようになった。


 葉を大量に集めて作った即席のベッドの上で、プリムムは寝起きの顔で弥を見る。


 彼女の顔色は健康的に近い。

 まだ多少の熱はあるので、安静にしなければならないが、

 もうほとんどいつも通りと言っても差し支えはないだろう。弥はそう思う。


「気分はどう?」


「あれ……私、なんで……。……暑い……」


 体温はまだ高温である。

 なので自然な仕草でぴったりスーツを脱ごうとして、彼女が気づいた。

 ……着ていなかった。

 彼女の体の胸から下を隠しているのは、弥の制服だ。

 ブレザーとワイシャツを使って、彼女の体を覆っていた。


「あ、……あり」


 ありがと、と言いかけて、

 こうして体を隠す前、スーツを脱がせたのは誰だ? と思い至る。


 服をかけて隠したのが弥なら、それよりも前に確実に見ているのもまた、弥である。

 全部を見られた。上だけでなく、下まで全部!


 せっかく下がった熱が、一気に急上昇するプリムムが、弥に制服を投げつけた。


「こんのッ、変態!」


 彼女が立ち上がり、弥を足蹴にする。

 元気じゃねえかと言いたくなるが、彼女の蹴りが鳩尾に入って、悶える弥。

 忘れそうになるが、大胆にも彼女は現在、裸である。


「ま、待ってプリムム! 脱がせたのは汗を拭こうとして――」


「な、な――あんた私の体を撫で回したってことっ!?」


 あえて悪いような言い方をしているとしか思えない。

 ハンカチで拭く際、撫で回した、とも言えなくもないが……。

 プリムムが想像しているような感じではない。


 というか、そんなに興奮すると、熱がぶり返すので落ち着いてほしい。


「興奮って、人を変態みたいに言わないでッ!」


「落ち着け思春期」


 色恋沙汰に興味津々であれば、性にも敏感なのか。

 弥は厄介だ、と頭を抱えたくなる。


 忘れそうになるが、彼もまた思春期を迎える年齢ではあるのだが。


「いいから、これ。

 僕のシャツ、着ていいから。落ち着いて、安静にして寝てなよ」

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