第8話 世界王の娘

 戦車型マシンの中――、レバー型のハンドルを握りながら、金髪の少女がぶるぶると震えていた。握っている手の指は、レバーの裏側についている小さなスイッチの上に当てられている。なにかあればすぐに押せるよう、押せば砲口から砲弾が出るよう、すぐに攻撃できるように、と当てていたものだったが、咄嗟に撃てるということは――つまり、多少のショックで車体が揺れた場合でも、押してしまう可能性が充分にあった。


 威力は、この戦車型マシンを渡された時に、他の操作方法と同じく知らされていたので、この砲弾の危険性は充分に理解していたのだが、それでもやはり、唯一とも言える攻撃手段であるのだから、間違いだったとしても、すぐに発射できるように指を当てていたのは間違いではない。


 しかし。


 なにも吹き飛ばす程ではなかった。相手は確かに、このサバイバルレースの選手――自分を脱落させようと、あの手この手と、様々な蹴落とす方法を使ってくるだろう。

 相手に遠慮などないだろう――だからこそ、こちらも遠慮も容赦もなく攻撃しても構わないとは思うが、さすがにあれは、あの一撃は、そしてこの有様は、自分でもやり過ぎだ、と感じてしまっていた。


 金髪の少女――メイビー・ストラヘッジは。


 元・次代世界王と呼ばれていた王族の少女は。


 目の前にさっきまで存在していた残骸、死体の山を、少しの段差なのか、車体が揺れた際に、当てていた指で意図せずスイッチを押してしまい、発射させてしまった砲弾によって、吹き飛ばしてしまった。黒い煙が渦巻き、舞い上がっている発生地点を突っ切り、すっからかんと空いている道を真っ直ぐに進む。


 罪悪感はある。


 ない奴など――罪悪感を感じない奴など、人間ではないだろう。


 それは彼女――メイビー・ストラヘッジが過去に言っていたことだったが。


 だから彼女は今、残骸と死体の山を吹き飛ばしたことに、罪悪感をきちんと、しっかりと感じていた。だが、それはたったの、少しだった。


 爆音によって耳を痛め、一瞬、目を瞑ってしまった時に感じたものだけで、それ以後は、切り替えたのか、レースに集中していた。


 誤射によって大勢の人間と物体を吹き飛ばしたことなど――、もしかしたらこれから先、未来の可能性があったかもしれないものまでも、吹き飛ばしたことも――。

 彼女の中ではもう既に、過去のもの。


 彼女は呟いた。


「…………まあいいか――それよりも、だ」


 失敗は仕方ない。


 振り返る暇があるのなら、前を向け――失敗をカバーするよりも、新しく成功を収める方が、手っ取り早く、確実で正確だ。彼女の過去にあった言葉が、今の行動のきっかけになっている。

 教えてくれたのは、誰だっただろうか――。もちろん小さな頃の自分に、こんな言葉を作れるような技術はない。だから誰かだ――その誰かの正体は、少女はきちんと分かっている。


 父親――既に死んでいる現・世界王である。


「パパ……、っ、――絶対に、優勝してやる!」


 そのためには、誰かの死に涙を流している暇はなかった。優勝すれば、彼女が次代の世界王――世界王になるためには、多少でも人望は必要になってくるのだが、彼女にはそれがまったくなかった。だからこそ、このレースで次代世界王を決めよう、ということになっている。

 そう宣言してしまった彼女だが――人望がない者が本当に世界王を務められるのかどうか、怪しいものである。


 そして今の行動――、死者に鞭を打つような彼女の行動は、次代世界王という点について見れば、一気に遠ざかったような行動だったが、彼女に自覚はない。

 今はレースに勝てればいい――後は、世界王になってから揃えることができる。


 そんな考えでレースに臨んでいる彼女は、確かな強さを持っている――が。


 だが、強くあればあるほどに――、世界王になるための資格を失っていくことを。


 彼女はまだ、理解していない。


 ―― ――


 膨れ上がった地面を乗り上げて、一瞬――数秒、空中を走行していた車体は地面に着地。体が浮く程の衝撃が伝わったが、体を固定するベルトのおかげで、天井に頭を打つことはなかった。

 さっきのことがあるので、指をスイッチに当てることはやめようかとも思ったが、もしも本当の危険の時に撃てないと困るので、そのまま継続させることにした。


 広がる目先の道を進む過程で、二人の少年を見つけた。


 ローラースケートの少年と、バイクの少年だ。


 自分と同じくらいの年齢のように見える。自分がスタートした位置にいた選手は、全員が二十代か三十代くらいだったので、年の近い選手がいて、少しだけ安心した。


 まあ、実力はともかく、彼女がこのレースに出てくるのは大きく報道されていて、周知の事実だったので、『彼女が出れるのならば、自分でも出れるのだろう』と思われていても仕方はないだろう。


 参加するだけで満足の選手――遊び半分の参加ならば、少しむかつく。


 勝手に考えて、勝手に思って――そして勝手に怒りが湧いてくる。


「なめ……やがって……っ」


 完全にわがままだった。王族だったからこそ、様々なことが許されてきた、許容されてきた彼女の中では、これくらいの理不尽は日常茶飯事なものだったが――、だがやはり一般人の視点で見れば、理不尽以下でも以上でもなかった。


 だが、さすがにここで攻撃する程に、彼女も行き過ぎてはいない。


 マシンの速度を上げて、彼らを踏み潰すようなコースを取り、突っ切ることにした。


 避けようと思えば避けられるだろう――そういうところを見るための行動でもある。


 けれど、真ん中を突っ切るコースなので、両サイドには少しの幅がある。大きいとは言え、道を塞ぐ程のサイズのマシンではない。できた空白の幅は、バイク一台、人間一人は、余裕で入れる幅である――。なので特別なことをしなくとも、彼らは彼女の走行を避けることはできるわけで、観察するにしても、実につまらないものだった。


 彼らを通り過ぎてから彼女は、がっかりしたように、


「なにかを、期待でもしていたんだろうか……」


 自問に自答は返ってこなかった。その後、足を力強く叩きつけ、アクセルを踏み、世間一般の戦車が出せる速度より遥かに速い速度を出して、前の選手を追いかける。

 まだ前の選手は見える――、あれが何位なのかは分からないが、追いつけば先頭まで、連鎖的に追いつけるだろう。


 彼女の目が鋭くなる。


 それは得物を狙う、猛獣のようだった。

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