第9話 進化した復讐者

『――見つけた』


 通り過ぎて行った戦車型マシンを目で追いながら、そして実際に、ローラスケートで、バイクで追いながら――、二人は同時に呟いた。

 とは言え、まだ戦車型マシンに乗っている選手が『彼女』だと決まったわけではない。


 だが、あれだけの条件が揃えば、もう確定していると言ってもいいのではないか――。

 だからこそ、二人に迷いはない。

 どんどん前に進む戦車の後ろにぴったりと、張り付くように位置を取った。


 二人一緒に。


 そうなると、同時に邪魔になるのは自分ではないもう一人の存在である。実際には確定ではないが、彼らの中ではもう、『目的の彼女』は戦車の中にいると確定させてしまっている――、

 そう、目の前にいるのだ。


 彼女との接触はいつでもできる。


 こんな序盤で接触するつもりは元々なかったが――、となると、やることは一つであり、元々の予定の中に組み込まれていた『掃除』をすることになるだろう。


 邪魔者を排除し、脅威を除去する――。


 隣にいる自分と同じくらいの年齢の少年を脱落させる――ということになる。

 まあ、予想はついているが、隣の少年と自分の目的は同じようだが、偶然ではないだろう。

 対となる目的を掲げている彼らが彼女に接触するのは、必然だった。


 名乗ったわけではないし、これも彼女の時と同じく確定ではなく証拠も不十分で言いがかりだと言われても反論する言葉はないのだが、それでも彼らは彼らで、互いに答えは出ていたのだ。

 

 レース云々関係なく、レースなのだから、互いに潰し合う敵同士なのだということは決まっているが、そういうことではなく、そういう意味ではない。長く長く敵対してきた、そういう関係の上に自分は、自分達はいるのだと、分かっていた。


 分かってしまった。


 だから――、



「よお、『ホーク』」


『よお、「ドリュー」』



 あいさつが満足に終わる前には既に、初撃が繰り出されていた。

 攻めと守りと、分かりやすく分かれている彼らの体勢は、面白い程に対極だった。


 鋭い刃が剥き出しになっているスケートのローラーが、バイクに乗る少年の拳銃によって、受け止められていた。刃が回りにくそうな音が嫌に響き、内部の破損を思い描いてしまうような感触が、スケート少年に伝わる。


 力技で押し込めるかと思ったが、バイク少年が片手で防御している、そのまた片方の手で拳銃を取り出したのを見て、スケート少年は素直にこれ以上、押し込むことをやめた。

 もしもあのまま力勝負をしていても、あの拳銃――、硬過ぎる拳銃を破壊することはできなかったので、遅かれ早かれ、この行動をしただろうが。


 バイク少年は、ハンドルを離して、運転を無視している状態であるが、バイクは安定感を保ち真っ直ぐに進んでいる。


 速い速度だからこそ、か。


 刃をしまい、通常のローラーに戻したスケート少年は、着地後、すぐに跳ぶ――柵の上に跳び乗ったり、地面に降りたり、一か所に留まらないスタイルを貫きながらの走行だった。

 なぜそうしたのか――言い方を正確にすれば、なぜそうしなければいけなかったのかは、バイク少年が取り出した拳銃……、二丁の拳銃が、弾丸を発射しているからだった。


 踊るようにして体を捻り、回転させながら弾を避ける――。

 何度か直撃コースの弾もあったが、それはローラーで弾き、ダメージは喰らわなかった。


 すると弾切れなのか、拳銃が弾を吐き出す事は、一時的だろうが――今はない。


 ふう、とスケート少年は息を吐き、柵の上を走行する。

 数秒の攻防の中で攻守が激しく入れ替わる。

 先手を決めたが、今は防御に徹しなければいけないスケート少年は内心、なめていた。


 並走する目の前のバイク少年を、なめていた。


(……バイクに乗りながら、しかも運転しながら、なんて激しい攻撃をしてくるんだ、こいつは……ッ! このおいらが手数で負けて、攻撃に移れないなんてな――)


 それはタイミングが悪かっただけで、正式にやれば、バイク少年にスケート少年は余裕とは言わないまでも、優勢で勝負を進められるだろうが、だがそんな事実は、本当の勝負ではなんの意味もない。

 イレギュラーや不運が重なりながら、いつも通り、いつも以上に力を発揮させることができる者が、強者である。


 そういう意味では、スケート少年は確かに強いが――、

 だが今に限り、この勝負では、完全に劣勢だった。 


 弱者とまでは言わないが――。

 敗者とまでは言わないが――。


 ジャンケンで言えば、グーとパーの勝負関係。


 どちらがどちらかなど、言うまでもないだろうが――、スケート少年はバイク少年に、塞がれている。攻撃のタイミングを、攻撃を当てるための距離を、そして勝利までの確実な道を――、

 塞がれている。


「……へえ」


 フルフェイスヘルメットが、不気味に輝く。バイク少年の遠慮のない敵意が突き刺さり、スケート少年は、口元だけ歪めて笑っていた。

 目は、まだ、笑えない――。

 見定めるための観察用の目からは、もう既に切り替えている。


 敵対、以上の目に。


『脱落』から、『殺害』へ、ランクアップさせた目に切り替えていた。


「…………っ」


 スケート少年のその目に怯んだのか、バイク少年の運転が少し狂っていた。

 ぐらぐらと左右に揺れているが、だがそれは彼だけではなく――戦車型マシンも同じだった。


 そして、スケート少年の方も例外ではなく、


「なんっ――」


 柵から強制的に降ろされる――、落とされる程に、柵が揺れていた……。

 柵が繋がっている道路が揺れているのだろう。もしかしたら、道路が繋がっている地球自体が揺れているのかもしれない。

 バランスを崩す程の揺れ――、地震でも起こったのかと思ったが、後ろを見てみれば、遅れてついて来ている選手達の運転に乱れはなかった。


 通常運転だった。自分達がイレギュラーで遅くなっているからこそ、彼らの追い上げに少し焦りを感じてしまう。


 だが心配も杞憂に終わり、追いかけてくる彼らも、段々と運転を乱れさせ、自分達と変わらない不規則な運転へ変化した。速度もやがて落ちていき、それに彼らも、安全を考えて速度を落としているらしく、これで追い抜かれる可能性がぐっと減った。


 それよりも。

 この揺れ――である。


 道路が揺れている――。ここ一帯の道路が揺れているということは、ここの真下の異常なのか、それとも、この先の異常なのか。

 バイク少年もスケート少年も、二人とも、目の前の大きな戦車型マシンのせいで、前方はよく見えていない。

 なので前を確認することができず――元々、そういうつもりではあったが、しかし、いきなり曲がった戦車の動きに、咄嗟に反応して曲がってしまったことに、不満を感じてしまう。


 後ろを確認すれば、どうやら道は二つに分かれていたらしく、彼女は右を選んだらしい。


 なぜ不満を感じたのか――、バイク少年はともかく、スケート少年がなぜ右の道を彼女が選んだことに不満を感じていたかと言えば、少年は道路の右側の柵をさっきまで走行していた。

 今は揺れによって落下させられ、そのまま道路を走行しているが、あの時――、普通ならば分からない些細なものだろうが、右にいたところで左にいたところできっと違いなど極小なもので、勘違いである可能性が高いのだが、それでも少年は感じていたのだ。


 道路に降りた時よりも、柵に乗っている時の方が、揺れが大きかった。


 右寄りに――揺れが大きかった。


(勘違いなら、それが一番いいけどね……)


 結局は主観的なものでしかない。一瞬前と一瞬後を比較しているとは言え、柵の上と道路で、走行するのは違うのだ。だから揺れの伝わり方も――、もしも左の柵にいたところで、同じ感想を持っていたかもしれない。

 だからこんなものは、テキトーな理由をつけて、嫌な予感を形にしているに過ぎない。


 嫌な予感……。


 揺れは、段々と大きくなっていっている。

 道がさっきのところで二つに分かれて、こうして揺れが大きくなっているということは――、

 もしかしたら、もしかしたらと言うよりは、もう確定的に、これは……、

 運悪く、はずれを引いたのではないか。


 ごくりと唾を飲み込む。


『なんだ……あれ――』


 バイク少年の呟きにつられて、上げた顔――視線の先には、丸い吸盤がいくつもくっついている、大きな足が二本、空を掻くように動きながら、存在していた。


 戦車の真上、天井すれすれのところを通り過ぎている。その時の風圧が、戦車の後ろにいる少年二人を叩くが、腕を顔の前に置くことで、体勢を崩すことはなかった。


 そんな風圧による間接的な攻撃よりも――、少年二人は。


 目の前の化け物に、意識を奪われていた。


「なんだよ……あれ……っ!」


 スケート少年の小さな呟きは、水飛沫の音によってかき消された。

 右側から小さな津波が、道路を巻き込むように迫ってきている。速度を上げることで――上げなくとも避けられたが、精神的な余裕のために速度を上げることで、なんとか避ける。

 だが、津波よりも危険なものは、津波よりも避けようのない勢いで、迫ってくる。


 一本の巨大な足。


 近くで見ても遠くで見ても、認識は変わらず、これは――、


「イカ……いや、タコの――足か!?」

 

 迫るタコの足をどう避けようか、思案しながらスケート少年は思い出す。


 そう言えば――聞いたことがあった。


 水位が急激に上がり、過去、都市として存在していた町やそれを支える島などは沈没し、地球は一時期、本当に水の惑星になっていた――水だけの惑星になっていた。

 そこから人工島――風船都市と呼ばれる、今では人々の生活の中心的な島や、地球上の様々な場所に存在する島のおかげで、過去と同じくらいに、人々は暮らせるようになった。

 元に戻ったとは言えないが、それでも、戻りつつある。


 それまで、ここまで戻るまでの時間――、海の生物が黙っているはずはなかった。


 本当の意味で水の惑星となった地球の支配者は、水に生きる生物である。

 人間という、過去、上位に存在していた生物が危機になった時、弱者として存在していた水の生物は、これでもかと言うくらいに、人間を襲った。

 弱者なりの復讐だったのかもしれない――、

 そしてそんな水の生物達は、やるだけやって、人間を喰ったり襲ったり、しかしそれでも満足にはいかなかったのか、急激に変化した、自分達にとって優位になった地球の環境によって、進化していた。


 今、目の前にいるような――。


 常識はずれの進化をした生物も――確認されている。



【クラーケン】――という海の支配者。


 長い年月と急激な環境変化によって、

 過去に伝説となっていた彼は、今、その伝説を再現しようと、動き出す。

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