第7話 後続の猛威

「戦車……とかかねえ――」


 スケート少年は柵を滑りながらそう考える。


 次代世界王になる予定だった、元世界王候補者、メイビー・ストラヘッジに接触し、彼女を優勝させて次代の世界王にするというのが、彼が所属する組織【ドリュー】の、このレースに出場した最大の目的だった。


 送り込まれた構成員はこのスケート少年を含めて五人、それぞれスタート地点が違うので――しかも複数人で同時に実行する予定の作戦なので、現在、特にすることはなかった。


 もしもメイビー・ストラヘッジをいま見つけたところで、合流地点までは手出しができない――だったら、いま下手に見つけてお預けをくらうよりは、合流してから見つけた方が精神的に得だと考えて、しっかりと周りを観察しようとはしなかった。


 のんびりと、脳内で作戦成功の光景を思い浮かべているだけ。


 サボりではない――と彼は誰に言うでもなく、一人で自分自身に言い訳をしていた。


 だが、探さないとは言え、集中して真剣に探さないだけで、目的のお姫様がどういうマシンに乗っているのか、そういう情報の整理からの予想くらいは、立てておいてもいいのではないかと思い、思考を働かせていたのだった。


 お姫様――だから、守られている存在……つまり、装甲は、ぶ厚いものだろう。


 そして出てきたのが――『戦車』、に似ているマシンなのではないか、という予想。


 どうせ予想なので、間違っていてもいいような予想だが、案外、的をはずしている、はずし過ぎているわけではないのではないか? と、自分で過剰に絶賛してみるが、悲しいだけだった。


 虚しいだけだった。


「――って、そうこうしている間に、合流地点が見えてきた、ってか」


 視線の先には、数十を越える数の海上道路が一つに集まり、一つの道として絞られ、先へ続いている光景があった。


 いま走っているこの道も、進むにつれて緩やかに曲がっていき、一つの道に吸収される。どうやら自分達よりも先にいる、同じ道路を走っている選手よりも速く、合流地点――その先の一つの道を進んでいる選手は、多数いるようだった。


 スケート少年が出遅れているわけではない。実際、作戦ではあったものの、少年は出遅れてはいるのだが――ともかく、それに、出遅れた分は取り返しているのだから、出遅れたわけでもないと言えるのかもしれない。が、それもともかく――、


 他の道路からスタートした選手達が、単純な速度で、速いだけなのだ。


 一瞬、速度を上げて距離を詰めようかと思ったが、行動には移さなかった。もしも移していれば、きっと自分は今頃、周りにいるマシンとは違って、硬い装甲などない生身のままの自分ではきっと、マシンとマシンに挟まれて粉々に、すり潰されていただろう。


「ひゅー、……まあそうなるわな。負けず嫌いってのは勝負事においては最も勝つために必要な要素だと言われているけど、ああいう挑発……でもないのか。

 先を行く奴に、そういう考えはなかったのかもしれないけど――勝手に自分で自分を追い込んで、突き放されたことに焦りを感じて急ぐからこそ、そういうことになるんだよなー」


 少年は、口笛を吹くような軽さで、そんなことを言う。


 目の前の、合流地点で団子のように固まっているマシン達の残骸を見ながら。


 数十と越える道が合流する――、収束するということは、必然、それを越える数のマシン達がこの収束された道に集うということである。

 先に進んでいた選手達は、狭い幅でもマシンの数が少ないからこそ、多少の接触で通り抜けることができたが――中盤辺りの、接戦が連続していたマシン達は、そして同じく、同じ状況が起こっていた他のマシン達を走行させていた道が、それぞれの接戦を維持したまま収束すれば……結果は分かるだろう。


 数十の接戦が一度に衝突し――、


 収束している道を、マシンの残骸で塞ぐと同時に、多くの選手の命を奪った。


 山だ。


 残骸の山だ。


 死体の山だ。


 後続のマシンは、その屍の山を越えることができずに止まってしまうものと、どうにかして越えようと足掻くものの、二つに分けられる。


 スケート少年は後者だ――マシンの性能上、どうしたって越えることはできてしまうので、屍の山だろうが、さらに大きな山があろうとも、越えることはできるだろう。

 指先から出るミクロン糸線を使い、残骸の頂点に引っ掛け、糸を手繰りながら、ローラースケートを加速させる。

 かかとから出る加速装置を使って、今まで通りに地面を進みながら、そして跳躍――、

 減速することなく、山を越える。


 着地し、加速装置を使用したまま走行――、糸を使って引っ張ってもらう、という楽をしようとも思ったが、丁度良いところにマシンがいなかったので、その手は使えなかった。


「……ま、いいけど」

 と納得して、後ろを振り向く。


 さっき見た限りでは、【ドリュー】の仲間は、先には行っていないようだった。

 となると――もしかしたら、あの、マシンが固まっている屍の山の中に、巻き込まれているかもしれない。


「……可能性はあるけど、それでも四人が全員ってわけじゃないと思うからなあ……。

 まだ、お姫様を見つけても手は出せない、かな」


 命令違反はできない。

 裏切ることを前提として考えれば、容赦なくできるが。


 なのでさっきと変わらず、目的のお姫様を見つけたとしても、他の四人と、もしくは誰か一人と合流するまでは、見つけたとしても観察しているのみで、行動は起こさない。


 そう決めて、うんうんと頷いていると、屍の山の頂点から、黒い塊が飛び出してきた。


 真っ黒なバイク――、乗っているライダーも、全身が黒だった。

 あの屍の山をバイクで、どうやって越えて来たのか気になったが、車型のマシンならばまだしも、バイクならば、できないこともない。

 小回りが利けば、細かい技術を使って繊細な動きもできる。

 繊細と大胆を上手い具合に均等に使い、勢い任せで飛び越えてきたのだろう。


 着地した後のハンドルの暴れ具合から、そう判断できる――予想できる。


「――へえ」


 スケート少年は、やるなあ、という意味を込めて、そう呟いた。


 さすがは、同族――と、感じたことだけはある。


 退屈だったので、


「ねえ――」

 と、少年が黒バイクに話しかけようとした時である。


 後ろの山――残骸と死体の山が、いきなり吹き飛んだ。

 爆音と共に対象が四方八方に吹き飛び、爆風が少年――、少年達を後ろから襲う。

 予想外の加速でハンドル捌き――ローラースケートの場合は足捌きだが――が少し乱れてしまい、不安定な走行が、数十メートルも続いたが、そこは慣れているのか、二人はすぐに体勢を立て直し、通常運転へ戻す。


 爆風に乗ってやってくる灰色の煙を、両手で横へどかしながら、


「な、……なんだあ……っ!?」


 さっきまでそこにあった――残骸と死体の山を見る。


 周りは灰色。中心地点は黒色の煙のせいで、あの山がどうなったのか、視覚で確認することは困難だった。だが、視覚で確認しなくとも、あれだけの爆音、そして吹き飛んだ残骸を見れば、あの煙の中――、中身がどうなっているかくらいは、予想できるものである。


 一掃された。


 道を塞ぐ障害物は、もうそこには存在していない。山の中身はもう絶望的で、生きている者、稼動するマシンも、限りなく少なく、ゼロに近い可能性であるのは、誰の目にも明らかだった。


 しかし、ゼロに近い可能性であって、ゼロではないのだ。もしかしたら、生きている者も稼動しているマシンもあったかもしれない。だが、それでも吹き飛ばした。


 非情なものだった。


 ごくりと、少年――少年二人が、息を飲む。


 そうしていると、地面を削るような重低音が聞こえ、一瞬後、煙の中から多少の段差を乗り上げたのか、空中を走る戦車が現れた。

 参加選手の誰よりも大きく、装甲はぶ厚い。防御は頼もしく、行き先を示すかのように伸びている砲口を見る限りは、攻撃力もそれなりに強いだろう。


 というか――あの山を吹き飛ばしたのが、この砲口から放たれた、砲弾だろう。


 もう役に立たないスクラップの塊だったとは言え、質量は変わらないはずである――、重さは大して変わらないはずである。生きていた時と変わらず、そこに固まっていただけなのだが、それを吹き飛ばしたということは、それ程の攻撃力があるということである。


 攻守ともに申し分ない。


 ……あんなマシンを用意できる者など――、あそこまで守りを固める者など……この大会参加者の中では、ただ一人しかないだろう。


 あれ程のバックアップを受けられる者など、ただ一人しかいないだろう。



『メイビー・ストラヘッジ…………』



 スケート少年とバイク少年が同時に呟き――そして同時に、心の中で叫ぶ。


 一字一句違わず、

 まったく同時の、打ち合わせでもしたような、シンクロ率、百パーセントの叫びだった。




『(絶対にあれだ――――――――――ッ!)』

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