第26話 枠内一陣 その7

 なんで。

 どうして。


 鉄骨を含めた瓦礫の下敷きになっていたのは――遊。


 彼女は、俺を庇って、降り注ぐ凶器を、背中で受け止めていた。


「――おま、えが、のん気に、歩いてやがる、から、だっ……つう、の」


 声は弱々しい。遊からは想像できないほどに、弱い声だった。


 がらら、と瓦礫が地面と接触する。

 些細な動きで、遊が、背中に乗っている瓦礫を落としたためだった。

 数え切れないほどの瓦礫を背中で受け止め、しかし、彼女は、倒れていなかった。


 俺を守って。


 くそ、それにしても、なんだよ――この構図。


 まるで、昔を、思い出す。


 俺が、いじめられていた頃。こうして、あの人が、守ってくれた。


 小さい頃の思い出だが、しっかりと覚えていて、脳に刻み込まれている。

 思えば、あの時から、俺は不良に憧れたのかもしれない。あの時、助けてくれた人を目指して、不良になろうと、日々努力していた。

 俺と同じくらいの身長で、なにも変わらない体格なのに。

 けれど、心の強さは、天と地ほどの差があった。


 見て分かるほどの見た目――その人のようになりたいと、まずは見た目から、次に内面的に。

 そう――分かりやすい目標である不良に、憧れたのだった。


 ちょうど、助け方も今みたいな感じだった。石を投げてきた子から、俺をこうして、背中で攻撃を防ぐように守ってくれた。俺を見つめて、馬鹿だなんだと罵って。

 しかし、俺の心配をしてくれて。優しい目で、背中を押してくれた。


 そう――今のように。


 今みたいに。 

 あの頃みたいに。


 同じように。


「…………遊」


 俺は、目を見開いた。


 重なる。繋がる。あの時の光景と今の光景が、一致する。


 違いを言えば、登場人物の体格になるのだが、それは、当たり前だ。

 月日が経っているのだから、当然のことである。


 俺だって、あの時とは違うのだから。だから、あの人だって、あの時とは違うはずだ。

 容姿は変わっているはずだ。格好良くなっているだろうし、可愛くなっているだろうし。


 あの時は分かっていなかったから、勝手に男だと決めつけていたが――、思えば、女性である可能性だってあったのだ。帽子を被っていた。スカートではなく、ズボンだったけど、それだけで男と決めつけるのは、弱い要素だ。


 俺は、勘違いをしていた。


「遊……、お前は――」


 震える声で、言う。


「昔、俺を、助けてくれたのか……?」


「…………」

 遊は、なにも答えない。


 しかし、目を見て、肯定していることが分かった。

 言葉はいらず、目で語っている。それも、あの時と同じだった。


「俺は、また、助けられたのか……。

 なにも、成長してねえじゃねえかよ、俺は――」


「ちが、う」


 がらがら、と瓦礫を落としながら、

 些細な動きでも激痛を放つだろう体を、無理やり動かす――遊。


「お前、は、成長して、いる、よ。

 私が、昔と今を、比較、して、そう言ってんだ……。

 間違いは、ないってことだ、よ――」


「も、もう喋んな! おとなしくしてろって!」


 遊の体を支えながら、背中に乗っている瓦礫を落とす。

 地面が叩かれ、鈍い音が聞こえてくる。

 これの、数十倍のものを、遊は喰らったのか……。

 その事実に、ぞっとする。


「――大丈夫か、なあ!?」


 呼びかけると、遊は、

「あ、れ――」と、一方向を指差す。


 そこには、横に倒れている樹理さんがいた。

 失礼だが、忘れていた。遊のことで、それどころではなかったのだ。


 ――というか、これは、マズイ状況だ。怪我人が、樹理さん。そして、遊。


 無力な俺一人で、どうすればいいというのか。どうしたら――、


 すると――破壊音。


 なんだ、と意識を向けてみれば、廃墟がまた、破壊されていた。

 そして、よく見れば、

 あの浮いている人間が悪戯でやっているのかと思っていたが、そうではない。


 俺たちを襲っていた、獅子がいて――、それと他に、龍。狼。牛。虎。蛇。

 少し小さくなるが猿。犬。野生の中で、現在進行形で生きているのかと思ってしまうほどに、生と弱肉強食に敏感な動物たちがいた。

 雰囲気的にも、外見的にも、本物とは少し違う。

 どう表していいのか――あの獅子のように、桁外れの化け物、みたいな感じだった。


 その動物たちが、浮いている人間を喰っている。喰らっている。


 喰われた人間の方は、痛がり、悲鳴を上げ、血を出しながら、少ししたら、消えてしまっている。まるで、存在が消えたかのように。綺麗さっぱり、どこにもいない。


「どうなって……」

「――そこのあなた!」


 声に、びくりと体を震わせる。

 俺の方に駆け寄って来たのは、白い、巫女服のお姉さんだった。


「そこでなにをしているの!?」

「――え? あ、う……」


 情けない声が出た。女の人、苦手ってわけでもないのに。


「ここは危険よ」

 巫女のお姉さんが言う。


「――そうね、怪我をしている子を連れて、物陰にでも隠れていなさい! 

 ほら、そこにいる子も、一緒に」


「あ、は、はい」

 巫女さんは、樹理さんを指差し、言う。

 遊を背負って、樹理さんをお姫様抱っこして、すぐにその場から離れようとした。


 しかし、その前に一つだけ、巫女さんに聞いておくことにする。


「あの――なにが、起きているんですか?」


 巫女さんは沈黙したのち、

「…………浮いている人間には、気をつけなさい」と言う。


「……え、」

 ――俺は、反射的にそう言ってしまう。


 質問に答えてくれていない気もするが――。

 そして、巫女さんは、続ける。


「あれは幽霊。しかも、物質的な力を持つ、幽霊。憑依されるレベルではないけど……、

 でも実際に、触れてくる。――超能力者と戦っているようなものなのよ」


「は、はあ……」

「――つまり、早く逃げなさいってことなのよ!」


 どん、と地面を踏みつけ、いいから早く行け! を、言葉ではなく示してきた。


 これ以上ここにいたら、巫女さんの逆鱗に触れてしまいそうだった。

 なので、色々と聞きたいことはあったが、ここではがまんし――その場から離れた。

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