第27話 枠内一陣 その8

 向かった先は、廃墟の陰。

 さっきの、瓦礫が降ってきたことを考えれば、危ないと思うが、でも、他に場所がなかった。


 それに、巫女さんはあのお姉さんだけではなかった。

 他にも、十人以上の巫女さんがいて、しかも、幽霊を狩っていた。

 霊媒師――なのかもしれないな、とテキトーに考えてみる。


 それにしても、さっきの獅子とか――巫女さんたちが手懐けていたのか。


 俺たち、襲われたんですけど、と報告してもよかったが、今、迷惑はかけられない。


 幽霊の有無は、俺たちの生死に、思い切り影響する。

 できるだけ、巫女さんには幽霊をどうにかしてもらわなければ。


「にしても――」

 寝転がる、遊と、樹理さん。

 治療も、知識がないからできない。それに、そもそもで道具がない。


 できるのは、血を止めてやるくらいだ。

 それでも、しないよりはマシだったが。


「俺は、結局なにもできねえのかよ――」


 自責ばかりだ。

 自己嫌悪ばかりだ。


 必死に戦い、倒れた女の子たちを眺めていることしかできない。

 治療すらもできない。ただ、そこにいるだけの存在。それが、今の俺だった。


「…………」

 情けなく責めていても仕方ない。俺は、外の様子を見ることにした。


 すりすりと膝を地面に擦りつけながら、隠密に特化させて、校舎の陰から顔を出す。


 見える景色は、さっきと変わらず。幽霊が巫女服のお姉さんたち……(男もいた)に、狩られている光景だった。しかし、減っても減っても、視覚的に、減っているようには見えない。

 増えている、はずはないのだろう。

 だったら、元々いる幽霊が、わんさかとここに集まってきているのか。


 けれど――それは正確か、分からない。

 幽霊は、人が死ぬことによって生まれる存在だ。


 たとえば、今の混乱している状況で、もしも死んでしまった人がいた場合――、

 幽霊になったとしても、おかしくはない。


 ならば、増えている、と言えるのか。


 終わらない戦いだろう、これは。


「……あれは――」

 そこで、俺は、戦場の中で、誰にも見られないようにこそこそとしている、巫女服のお姉さんを見た。――不意に、見つけてしまった。

「…………」


 この巫女さん――年齢的には、さっきのお姉さんより、歳を取っているように見える。

 それでも、若いは若いだろう。お姉さんのお姉さん、と言った印象を受ける。


 彼女は、スマホで誰かと連絡を取っていた。

 おかしいことはない――ないだろう。

 この状況ならば、連絡は必須だ。

 集団で、分かれて作業しているのだ。不思議ではない。


 見逃したところで影響はない。実際、俺だって見逃すところだったのだ。

 特に、じっくりと見ていたところで、今の現状を打破できるとは思えなかったからだ。


 しかし――気づいてしまったら、見逃すわけにはいかなかった。


 彼女の表情が、歪んでいる。

 もう、堪えに堪えた涙腺が崩壊してしまいそうな――そんな勢いを背負っていた。


 耳を傾けたところで、声は聞こえないだろう。なら――、


「行くしか、ねえな」


 ゆっくりと、ゆっくりと。俺は足音を極限まで殺し、彼女に近づいていく。


 声が、やっと聞こえてくる。

 爆音が響くこの場でも、彼女の声は、しっかりと聞こえる。


「――うじゃない! 約束が、違うじゃないのよ!」


 怒りが、声として放出されている。


「あなたたちに協力した! それで、娘には手を出さないって約束でしょう!? なのに、まだ、まだ協力しなさいですって!? どれだけ――どれだけ人手と情報を渡したって言うの!? 

 これ以上、なにを搾り取ろうって言うのよ! これが、あなたたちのやり方なのか――、

 これが、『ドロップ・カンパニー』なのかッ!」


 最初の方は聞こえなかったが、しかし、内容は、これだけで充分、分かった。


『ドロップ・カンパニー』――。


 あまり目立つことはない、会社の名である。

 俺も、最近までは知らなかったが、新聞の片隅に書いてあった記事で、名前は知っていた。

 とは言っても、新聞に書かれていた内容も、どうでもいいことの文字の羅列で、記事にするようなことでもなかったとは思うが。


 科学技術の最先端を走っているとか、なんとか――。

 自分で言っているようなので、いまいち信用に欠けている。

 それのせいで、名が知られていないのかもしれない。


 そのドロップ・カンパニーが、なんだ? 巫女さんが言うには、人手と情報を渡したらしいが。それって、霊媒師関係――オカルトの領分を取り入れたってことではないか。


 だからなんだ、という話になってしまうが――しかし。


 今の状況に関係はない、と断ち切ってしまうのは、俺にはできなかった。


 なので、隠密行動はこれにてお終い。普通よりは過剰に歩き、俺は俺を大げさに示す。


「あの――」

「だから――って……、え?」


 巫女さんが、慌ててスマホを隠した。


「――き、君、なんで……どうしたの?」


 平静を装うとしているらしいが、効果は発揮されていなかった。

 スマホは、まだ通話中なのか――それは、どうでもいいことか。

 とにかく、今は巫女さんに聞きたいことがあった。


「今の話は、本当ですか?」


 ぐっ、と顔をひきつらせ、体を後退させる巫女さん。

 隠し事が見つかった子供のような反応だった。

 状況としては、まあ、それに似たようなものだし。


 同じ、状況なのかもしれないが。


「ドロップ・カンパニーに、自分たちのなにもかもを、渡したんですか?」


「なにもかもってわけじゃ……」

「ということは、渡したは渡したんですね?」


「…………」

 無言は肯定として受け取った。


「もしかして――今の状況は、ドロップ・カンパニーの仕業、とか?」


「それは――」

 言いにくそうにする巫女さん。まあ、さっきの話から、この人の娘が人質に取られていることは分かっているし。言えないのも、無理もないだろう。

「――言えない。ごめんなさい」


 それは――その答えは、もう答えを言っているようなものだった。

 違うのならば、違うと言えばいいのに――。にしても、助かった。


 元凶は、どうやら『ドロップ・カンパニー』らしかった。


「そうか、よ」

 となれば――やることは決まった。


 自分の中で、ストーリーが組み上がる。


「巫女さん――ドロップ・カンパニーの場所……本社、分かりますか?」


「あなた……一体、なにを」


「――ぶっ潰してきます」


 俺の言葉に、「無理よ!」と叫ぶ巫女さん。


「見たところ、あなたにはなにもない――、

 なに一つとして良いところがない、そんな凡人でしょう!?」


 ちょっと、言い過ぎじゃないのか? 

 良いところがないって……一つくらい、ありそうなものだけど。


「一人じゃ、不可能よ!」


「……無謀ですか? そうですね。無謀です。分かってますよ、分かっています。

 そんなことは、自分自身で、痛いほど体に刻み込んでいますよ」


「なら……なんで」

「大切な人が、俺を守って、怪我をしました」


 息を飲む、巫女さん。ごくりと、音が聞こえた。


「それが直接、ドロップ・カンパニーが関わっているとは、さすがに思えませんけど――」


 遊が怪我をしたのは、瓦礫の崩壊が原因だ。

 その崩壊は、幽霊の仕業――その幽霊を、狩ろうとした獅子たちの仕業。


 言ってしまえば、巫女さんたちのせいかもしれない。

 しかし、全ての元凶は、どう足掻いたところで、ドロップ・カンパニーの他にない。


「でも、この状況にして、ドロップ・カンパニーは、『自分たちの思い通りになった』とでも思って、安全地帯で乾杯でもしているんでしょうよ――。俺はそれが、許せない」


 世界を巻き込み。世界中の人間を巻き込み。

 巫女さんたちを巻き込み。幽霊を巻き込み。


 そして、遊を、巻き込んだ。


 俺の恩人を、巻き込んだ。


 許せるか――? 許せるわけ、ねえだろうがッッ!


 歯を食いしばる俺――その表情を見てか、巫女さんは、驚いた表情を作り出す。

 それから、自分の手で持っている、スマホを、見つめていた。


「そうね――」

 巫女さんは言う。


「なにを言いなりになっていたのかしらね。

 娘が人質に取られている。――恐いわ、恐いに決まっている。あの子が危険に晒されているのだから、母親として、従うのが当たり前だと思うわよ――」


 でも、と否定した、巫女さん。


「だったら、危険がくる前に、戦えば良かったのよ! 

 現状を維持しようと従い、結果、こうして世界中を危険に晒してしまった。

 こうして危険な世界になってしまったら、どうせ、娘だって危険になる。最初の時点で気づいておけば良かった……。こういう取引は、最初に従ったところで、従わなかったところで、危険なんてさほど変わらないのよ」


 そして巫女さんは、握っていた手に、さらに力を入れる。

 ぎしぎしと力に耐えようとしているスマホ――しかし、限界がきたらしい。


「待っていなさいよ、ドロップ・カンパニー。

 久我山一族を敵に回したことを、後悔させてあげるわ」


 言い終わると同時、スマホは形を崩し、欠片となって地面に落ちていく。


 ゴミの山が出来上がる。それを踏み潰す、巫女さん。


「あの――」

「ありがとうね、少年。決心がついたわ」


 はあ、と曖昧な答え方をしてしまう俺。こうなるとは、さすがに思っていなかった。


 俺一人で乗り込もうとしていたところに、こうして、巫女さんが来てくれるとは。


 頼もしい。頼もし過ぎる。こうなると、俺が足手まといになりそうで、恐かった。


「……こちらこそ、ありがとうございます」

 一緒に来てくれて。それは、省略したけど。

「あの――友達が二人、怪我をしてしまって……治療、頼んでもいいですか?」


「そうね――」

 巫女さんは、考える。腕を組み、うーん、と唸る。


「治療は、もしかしたらできないかもしれない。

 でも、保護はできると思うわよ。私たちも戦いで忙しいからね」


「充分です。保護してもらえるだけ、ありがたいです」

「じゃあ、保護しておくわ」


 言って、巫女さんは札を取り出す。


「これね、式神って言うのよ」


「へえ」

「まあ、興味がないなら、深くは説明しないわ――それじゃあ、お願いね」


 すると、札が一瞬で、人型になった。

 桃色の髪、俺と同じくらいの身長の、女子だ。


「うわ――」


「それじゃあ、行ってきます、お母様」

「ああ――いいわあ」


 うっとりしている巫女さん。去っていく少女の、後姿を見つめている。


「あの、お母様って――」

「式神よ。あの式神はね、娘をモデルにしているの」


 娘をモデルにしてる――か。なら、娘を見てうっとりしているということは、この人、娘が好き過ぎるのか。子離れできないタイプなんだろうなあ、と考えてみた。


「あの」うっとりしている巫女さんに、声をかける。

 なぜか、自分の世界に入ってしまった巫女さんは、戻ってきそうになかった。


 なので、少し強引に、肩を揺らして元の世界へ帰還させる。


「――正気に戻ってくださいってば!」


「はっ――」

 意識を覚醒させる、巫女さん。

「ご、ごめんなさい。少し、意識が飛んでいたようで……」


「そろそろ、行きましょう――」

 なんだか、この人と一緒にいることは、すごく疲れるのではないか、と思えてきた。

 しかし、力は絶大。俺の数百倍は、役に立つ。ここで、手放す理由はない。


「ねえ、少年」

「――はい?」


 巫女さんが、そう声をかけてきた。俺は、首を傾げて、相手の出方を待ってみる。


 そして、巫女さんは言う。



「――あなたの友達、一人いないわよ?」

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