第19話 久我山茜 その5

 ここで、一つ。霊界に行く方法を、再確認してみた。


 まったくのゼロの状態――、

 つまり、ただの一般人が霊界に行くことは、自発的には無理だった。

 自発的には無理なわけで、誰かに頼れば、まあ、行けるは行ける。


 わたしは、少し例外的として――。久我山一族のように、才能、資質、霊力を持っているのならば、案外、霊界に行くのは簡単なことだ。


 わたしは、霊力を持っていないので、当然、霊界には行けない。


 ただ――お母さんが一緒にいるので、行けないなんて問題は、すぐに解かれる。


 ……できれば、行きたくなかったけど。仕方ない、と諦めた。


 自分の才能を呼び起こす――。

 さっきは、一生を懸けるほどの決意したものだったのだけど、

 今になって、腰が引けてきた。尻餅をつきたいくらい。


 和実、助けてー、と助けを求めてみる。しかし、和実はいない。いなくて良かったかもしれない。もしもいれば、わたしは絶対に、和実にすがりついてしまう。

 情けない、甘い。そろそろ、一人で困難に立ち向かうことを覚えなければ。


 家の庭に出る。雑草などは生えていない。確か、掃除してくれているのはおばあちゃんだったかな……。さすが、と言うべき仕事の結果だった。

 古くからある置き物――狛犬の置き物があった。

 それも、長年放置されていると思えないほどに、ぴかぴかだった。


 それが、左右に設置されている。その間にある階段。真上を見れば、鳥居があった。


 神社にあるような建築物が、わたしたちをお出迎えしている。

 しかし、神社ではないのだ――わたしの家は。至って普通、と言えば、それは違うと言われること確実なので、それは言わない。普通を中とするのならば、中の上と言ったくらいだと思う。

 まあ、異常まではいかない、普通よりは上の、家なのだった。


「準備はいいかしら?」

 わたしが着ているのと同じ、巫女服姿のお母さんが、振り向いてそう言った。

「霊界に行くまでは、ほんの一瞬だから。気が付いたら着いている、そんな感じだと思うわよ」


「う、うん。大丈夫。もう行ける」

 わたしは、言う。


 霊界に行くのは、意外なことに、わたしは初めてだった。

 そう、初めての体験だった。


 そこには確か、きちんとした理由があった気もするけど――まあ、たぶん、未熟なままのわたしを霊界に行かせることは、本当に危険だと判断した結果なのかもしれない。


 その判断を今、覆そうとしている。

 命の危険とまで言ってしまうと、自然と、体は震えてしまう。

 そんなわたしの様子を見て、お母さんは、

「まったく……」溜息と共に、手を握ってくれた。


 温かい手。感触が、良い効果を生んでくれた。震えが止まり、不安が吹き飛んだ。


「それじゃあ、行くわよ」

 お母さんに引っ張られ、鳥居の真下を、二人一緒に、くぐった。


 時空が、歪んで見える。

 空気が、裂けているように見える。

 久我山一族が古来から持つ術で、鳥居を、霊界と人間界を繋ぐ道に変えたらしい。

 見るのは、初めてではない。しかし、見て、素直に驚いた。


 これが――術、なのか。これを、わたしはできるようにするのか。


 そう思っていると――本当に一瞬。


 気づけば、そこは、町。

 見慣れているが、人がいる気配がない。不気味な雰囲気。


 わたしでも分かる――。幽霊が、そこらへんに、うじゃうじゃといる。

 しかし、意図的に姿を見せないようにしているような、怯えながらも、隠れることにスリルを楽しんでいるような様子だった。


「ここは……。ここが、霊界?」


「そう。――こっちよ、茜」


 握りっ放しの手を引かれた。止まっていた足が、強制的に動かされる。


 それにしても、わたしが住んでいる町と、まったく、外観が変わらない。

 商店街もきちんとある。

 和実とよく行くファミレスだって、ゲームセンターだって、しっかりとある。


 休日にぶらぶらと散歩しているような感覚で、霊界を歩く、わたし。


 ここまで似ていると、もう似ているというよりは、同一だった。

 雰囲気からはじまり、細部まで、全てが同一。なので、わたしの方も、いつも通りに町を見てしまう。歩いてしまう。緊張感など欠片もなかった。


 しかし――緊張感は、忘れた頃に、遅れたようにやってくる。


 激しい音がして、視線を向ける。

 そこには、ぼろぼろになっている廃墟があった。


 そして、全体を包み込むかのようにして、結界が張られてあった。


 一目で分かる。久我山一族、その術の一種だった。

 ということは、あの廃墟に、退治する対象の幽霊がいることになる。


 ――って、近! もうそこまできてる! 

 わたし、まだ心の準備、全然できていなかったのに!


 そんな心の声を無視した声がかかる。


「着いたわよ」

 とお母さん。


 そして、白い巫女服を着た、男も女も入り混じった集団と合流した。

 久我山一族、わたしの家にいる人、全員だった。

 さすがに、遠くの地域に居る人は、来れなかったらしい。当然と言えば、当然か。


 それはともかく――合流した。してしまった。

 これで、わたしはぶっつけ本番の幽霊退治をしなければいけなくなった。


「――ど、どどどど、どうすればいいの、これ!?」

「慌て過ぎよ、茜」


「でも、だって――」

 こんな光景を見て、慌てない方がおかしい。

 わたしは、この一族にいながらも、一般人と大して変わらないのだ。


 幽霊に、物理的にも、視覚的にも、話題的にも、触れてなさ過ぎて、現実感がない。

 そこに、こんな少年漫画のような光景を見てしまったら、慌てるのも無理はないと思うけど。


「戦争、みたいじゃん、これ」


「戦争よ」


 お母さんは、言い切った。


「幽霊と人間との、戦争。幽霊はね、存在してはいけない存在なのよ。いるだけで、最悪を招くような、生まれる前に断つべきものなのだけどね――。それは、できないのよ。

 死んだ人に、死ぬ前に『幽霊にならないでね』と言って解決するのならば、それでいいけど。

 無理でしょう、そんなこと。

 自覚なく、幽霊は生まれる。そして、自覚なく、迷惑をかける。

 生まれてからでは、対処は遅いかもしれないけど、仕方ない。幽霊の方だって、消えたくないのでしょうし――互いの都合を相手に押し付けている。つまりは、戦争なのよ」


「みんなは、今――」

 戦争をしている。


 しかも、相手は一位二位を争う幽霊らしい。でも、それって、相手は一人ってことじゃないのかな? 二十は越えている、久我山一族の人数と、そして一人の戦い。

 幽霊の方が、たとえ強いと言っても、しかし、これは弱いものいじめではないか。

 ゴーストバスターって――いや、ゴーストバスターに限らず、狩りというのは、こういうことなのかもしれなかった。


 非情と言えるかもしれない。

 相手を思う気持ちはないのか、と思ってしまうかもしれない。

 でも、これがありのままの姿。揺るがない、弱肉強食の世界なのだろう。


「――思っていたのと、違う、とでも思っているの?」

 お母さんが言う。わたしは、沈黙した。

「甘いわね。甘い甘い。でも、その甘さ――嫌いではないわよ」


「――え?」

 わたしのクエスチョンマークは、あっさりと、無視された。


 そして、ぽん、と背中を押される。

 前に一歩、続き、二歩三歩と勝手に進み――地面にできている、一線の凹みを、通り越した。


 斬られた? 式神の、流れ弾? ――とにかく、ここから先は、流れ弾も飛んでくるらしい。

 その領域に、わたしは踏み込んだ。


 戦地へと、赴いた。

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