第17話 葉宮樹理 その4

「は、や、く――か、えれ」

 逃げる二人の後ろから、声をかけ続ける。


 さっきから、ずっと、この廃墟の一階をぐるぐるしている気がする。

 それにしてもこの二人、体力あるなあ、と勝手に思う。

 もしも私が幽霊ではなく、生者だったとして――、二人と徒競走をしたとしたら、全盛期の私でも、ここまで全速力で走り、長く続くとは思えない。


 さすが平成――。次世代の申し子たちだ。


 時代との違いを見せつけられているように思えてくる。

 そして生まれる、

『この子たち、このまま放っておいてもいいのではないか?』なんて、諦めの思考。


 ぐーたらモードに入ってしまうと、いつもこうなる。

 明吉くんに抱き着けば、治るのだけど。すぐに、復活するのだけど。


 しかし、今ここに、明吉くんはいない。

 となると――エネルギーを充電できない、とのことだった。

 ああ、まずいまずい。これはまずい。

 諦めが、有力候補の最前線に顔を出してくる。首を、にゅっと、出してくる。


「――か、え、れ」


 しかし、ここで諦めたら――二人はどうなるのだろうか。

 明吉くんにラブな私は、二人のことなど、わりとどうでもいい。

 知ったことではない、と無責任に言い捨てられるけど――、

 そうすると、明吉くん、きっと怒るだろうなあ。


「は、やく――」


 言葉を繰り返し続ける。

 壊れたラジカセと張り合う気なのかと思うほどだった。

 そろそろ、本気で取り組んだ方がいいかもしれない。洒落に、なりそうにない。


 明吉くんに嫌われることだけは、避けなければ。

 嫌われたら、私は、たぶん、自殺する。


 そう――幽霊の存在ではあるけど。死んだ後の自殺ってわけだ。


「…………」

 一旦、言葉を止めて、今までとは違う手法で誘導することにした。


 出口は確か――、

 この廃墟から人間界に行くには、鏡のある部屋に行けば良かったのではないか? 

 たぶんだけど、そうだったと思うけど。


 うん、そうだったそうだった、と勝手に決めつけた私は、速度を上げる。


 さっきまでは、マラソンで言えば、疲れがピークになった時の速度だ。


 そして、今は、体力配分を完全に無視した、

 相手を突き放すことに快感を覚える者の走り方と、まったくの同一だった。


 風を切る――音をさせて。

 私は二人の前に、すっ、と立ちはだかる。


 遊ちゃんの持っている懐中電灯、光が、私を照らす。

 良い感じに、全身を照らす。


 微調整をして、上手く、足を見えないように操作したから、二人には、私が本物の幽霊に見えていることだろう。いや、前提、本物の幽霊なんだけど――。


 しかし、たぶん、世間一般に認知されている幽霊とは、少し違うデザインをしているのかもしれない――、そういう意味では、期待通りのデザインで、二人の前に立ちはだかることができたわけだった。


 声だけで誘導は無理――。なら、体を張る行為に打って出た。


「かえ――――れッ!」

 

 今までとはまったく違う、廃墟自体を震わせるような声を出す、私。

 そして、上から目線。前髪の毛と毛の間から、怨念を絡ませた視線を、二人に向ける。


 二人は、走行を止め、一瞬のタイムラグ。


 その後、


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 二人は、男と女、そんなことを意識せずに、抱き合っていた。


 効果はてきめん――過ぎる。

 幽霊からすれば、脅かしがいがあるとは思うけど。


 行き過ぎると、ただの失礼。

 私としては傷つく。心が深く、抉られた気分だった。


 二人は、抱き合ってからすぐに、隣にあった部屋に飛び込んだ。

 扉の開閉は、凄まじく早かった。

 ――まあ、一応、任務完了、と言っておこうか。これでいいのだ。


「……はあ。なんでこんな、自傷行為をしなければいけないんだろう……」


 言われてみれば、いちいち二人を助けるほどの理由はなかったような――ああ、明吉くんのためだった。部員だし、彼の友達だし、仲間だし。

 枠内一陣も、遊ちゃんの好きな人――ではないのか。

 気になっている程度の子だろうし。放ってはおけないか、当然。


「早く、人間界へ返して――」


 言った時だった。


 感覚が、震える。廃墟も同じく、震える。

 どう震えたのかは、分からない。


 廃墟全体をなにかで包み込む過程に起きた、接触の揺れ――みたいな。

 的確過ぎる予想は、そのまま真実へと移行されていく。


 実は、分かる、というのが本音で。

 透視――壁を透かせて見てみたところ、それが分かった。


 包み込む。保護しているわけではないのだろう――。まあ、でも、保護か。


 保護は、守ると同時に、監禁している、という意味も持つ。

 監禁――さて、誰を?


 一陣くんと、遊ちゃん。狙われる理由はあるのかな? 


 ない、とは思う。なら私――当てはまる項目が、多過ぎる。

 あれ――? これは確実に、私なのではないか。私しか、狙いが、いないのではないか。


 相手が『ゴーストバスター』なら、狙いは私しかいないだろう。


「…………」

 思わずの無言。見てしまったのだから、仕方ない。


「うわあ……。いるよ、いるいる。

 あそこまでの大人数、白い装束を着た人が集まると、もう雪崩みたいだよね」


 雪みたい。そのまま散ってくれればいいのに。

 前にではなく、後ろに。というか、早く帰ってほしいなあ。


 私の願いは、きっと届かない。届くはずもない。

 もうあそこは、圏外なのだ。

 圏外ではなかったとしても、私なんか着信拒否されている。間違いなく、ほんと確実に。


「さて……」

 とりあえず、姿を隠して、あの二人を人間界に返すことは、これでできなくなったわけだ。


 相手の攻めである、結界が――邪魔をする。

 結界のせいで、この廃墟から外に出ることも、人間界に帰ることもできなくなった。

 まったく――いい迷惑である。


 私が霊界にいることが、どうしてあちらにばれたのかは分からないけど――、

 ゴーストバスター、どうとでもなるのかもしれない。


 とにかく――私は、気を張ることをやめた。

 足を地につかせる。そして、気を抜いた。


 部屋の扉を開ける。中には、遊ちゃん、枠内一陣が、なにか言い合っていた。

 喧嘩ではない。これは、今の状況に対する、取り乱していることを、互いにアピールでもしているのだろう。――仲が良いんだねえ、本当に。


「え……」

 と、二人は言い合いをやめて、こちらを振り向く。


 視線集中。

「え、と……」

 なんて言えばいいか分からず、止まる私は、なんとか言葉を吐き出した。


 普通の人間に話しかけるのって、結構、緊張するものだ。

 幽霊になって、初めての体験。それでは――いきましょうか。



「はじめまして――。ここはお姉さんに、任せてね」

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