第16話 葉宮樹理 その3

 少しの違和感を得て、まさかと思って来てみれば――、

 遊ちゃんと、枠内一陣。その二人が、『霊界れいかい』へ迷い込んでいた。


 最初は「――は!?」と思った私だけど、戸惑うばかりでは、事態は進まない。

 とりあえず、間違って迷い込んでしまったらしいし、

 二人を上手く脱出させようと頑張ってみてるのだけど――、


「うわああああああああああああああああああああああ出たぁああああああああああっっ!」


 とまあ――。


 二人には、叫び声を上げながら、逃げられているわけだった。


 霊界――。


 言ってしまえば、私の家みたいなもの。

 マイホーム。しかし、広過ぎるけどね。


 現実世界の町と同じような構造をしているが、まったく違うと言える。姿形を綺麗に、まるで鏡に映すように存在している。左右反転は、していないが、それは些細なことで、気にすることではないだろう。つまり、現実の世界ではないということだ。

 

 現実世界ではないと言ってしまうと、すぐさま現実味が無くなってしまい、冗談の類と思われてしまうけど――残念ながら、真実だった。

 というか、まず、この現実的ではない世界に関わることなど普通はないはずなのだけど……。


 なのにもかかわらず、この二人はなぜ、霊界に迷い込んだのだろうか――。


 どちらかに、霊に関する資質があるとは思えない――事実、資質なんてないのだ。


 なにもない。どちらも普通の人間だ。……遊ちゃんは、少し、怪しいところだけど。


 枠内一陣――彼の方は、本当になにもない。ただの凡人。一般人なのだ。


 彼に言えば怒られてしまうかもしれないが――彼は、印象には残らないタイプなのだろう。

 だって私、今ももう、忘れそうだもん。まあ、それは明吉くんで脳のメモリーが一杯になってしまって、彼のこと……えっと、枠内、一陣? 

 彼のことを覚えるための容量など、まったく残っていないのだ。


 わざわざ、容量を増やすこともないだろう。

 明吉くんに使っている容量を、彼に譲渡することもないだろうし。

 彼には悪いが、記憶に残っていなかったと言って、私的には、特に困ることはない。

 どうせ、見えないのだから。干渉なんてしないのだから。

 関係なんて、作られるはずもない。


 とにかく――。


 なぜ二人が今、霊界に迷い込んでしまったのか、不思議な謎が残るけど――しかし、それに気を取られるわけにはいかない。今は、二人を逃がすことに全神経を注ぐべきなのだ。

 このまま放っておくと、他の、私みたいな幽霊に、なにかされてしまうだろうし。


 いや――それはないかな。

 自慢じゃないけど、私ほど長年生きて、この世の渡り方を知っていないと、すぐさまやられてしまう。そう――霊媒師。陰陽師、ゴーストバスターに、狩られてしまうだろう。

 それは、退治とも言うが。

 幽霊側からしたら、圧倒的な強者が絡んでくるようなものなのだ。


 面倒くさいったらありゃしないわ。

 放っておいてくれと願うけど、当然、相手側には伝わらない。

 変わらず、さらに強力に、相手側が進歩していく。


 進歩がないのは、幽霊の方だ。


 まあ、死んだ時代の時のまま――体はそのまま、それ以外が進んでしまっているから、仕方のないことと言えば、そうなるけど。


 なので、迷い込んだ人間を襲おうと思う他の幽霊は、いないと思う。

 確信はないけど、たぶんいないだろう。いれば、私だって分かるだろうし。


 霊界に異常があれば、私の感覚が感知するのだ。これは、分かる者には分かるものとなる。

 相当な霊界の歪みは、私の中(――恐らくは、他の人も同様に)では、痛みに変わる。

 今回のは、結構、危なかったと言えるだろう。


 この感覚は、なにも、私だけの特権と言うわけではない。しかし、この特権を得るのも、それなりに幽霊生活が長くなければいけないし――これにも、資質が必要なのかもしれない。


 私は、私以外の幽霊がこの力を持っているところを、見たことがない。

 それ以前にまず、他の幽霊にも会ったことがない。

 おかしな話だが、会わないのだ。

 案外、幽霊というのは恥ずかしがり屋……が多い、のかな?


 まあ、会わないなら会わない方がいいのかもしれない。死後の世界での友達――作りたいとは思わないし。死んだ時のエピソードを話しながら、傷の舐め合いなんてしたくもないしね。

 私は、今の方が楽しい。明吉くんといる今がね。

 だから、彼の周りの世界を、壊さないでくれるかな――。


 見えない、どこの誰かも分からない犯人に――敵意を向ける。


 勝手に迷い込むことなんて、まずない。だから、二人は誰かに、入れられた――。


 それが一番、有力な候補だった。

 考える限り、可能性が高い、原因だ。


 そこにはなにか意図が含まれている。

 善意ではない――つまりは、悪意だ。


「まったく、つまらないことをして――ほんとにまったく……」

 私は、呟いてから、二人に、継続して声をかける。


「――は、やく、かえ、れ――」

 わざと、恐怖感を煽るようにして。


 この、いい感じの暗闇は、恐怖心をよく刺激してくれる。

 しかし、強過ぎた。

 というか、私ってそんなに怖いのかな? 

 ここまで怯えられるのは、なかなかにショックだった。


 上手く出口に誘導させようとしているのに――、しかし、見当違いの方向に逃げてしまっている二人なので、なかなか出口に辿り着けていなかった。

 遊ちゃんならまだしも――枠内一陣……彼まで、ここまで怯えるとは。

 やっぱり、中途半端だな。残念、とも言える。


 男子でも、さすがにこのシュチュエーションは、まずいのかもしれない。

 廃墟。暗闇。すぐ近くにいる味方でさえ、満足に見ることができない状況――、

 そして、私という幽霊の存在。


 私は幽霊――現実世界では当然、見えない。


 しかし、今、姿は、実は見えるのだ。

 霊界に入ってしまえば、資質云々関係なく、

(ただ、資質の話をするのならば、そもそもで資質がなければ霊界に入ってこれないのだが――今回は、例外的だった)

 私の姿は見えるはずである。


 そして、二人は結果、私を見ているわけだが――、まあ、これには私の少しの悪戯心というものが、作用している。不気味に点滅する、使い古された電球のように、

 私は、自身の姿を、『見せる』、『見せない』を――交互におこなっている。


 そこに、意味があるのか。

 それは、もちろん、幽霊らしくするためなのだ。


 ここで普通に、姿を見せてしまったら、私はただの廃墟にいるお姉さんになってしまう。


 得体の知れない状況の中で、唐突に出てきた私の存在は、二人に安心を与えてしまう。


 それは、良い事だとは思うが――今は、時間の問題もあって、悪い事に変換される。


 資質もなにもないただの人間が、霊界にいていいわけがない――。

 つまり、こうしてちんたらしている暇は、実はなかったりする。 


 緊張感がないように装っているが、

 これでも、焦りに焦っている精神状態だったりするのだ。

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