第16話 大切な者達の想いに支えられ今……若き英雄は神に抗う。

 “世界”というものは実は何も無い真っ更な白い空間でしかない。その純白のキャンパスが『大地』『空』『魔導』『スキル』などのあらゆる“概念”という塗料ーー概念層が重なることにより色付けされて、我々が知覚する“世界”というものは形成されている。


 そんな一枚の絵画のような世界に設けられた層の一つに、とある少年の行く末を観覧する“傍観者”とでも呼べる存在が一つあった。実際に見る角度の“視覚的”、認識の仕方である“視点的”、二つの意味で見る角度によりあらゆる色彩へと変わる不可思議な髪を短く切った、悪戯好きの少年のような印象を与えるその存在はまるで隔離されているかのように永遠の彼方まで続く黒の中にあった。


 ーーまさか時間軸も世界線も越えて友を救いにくるなんてね。


 その空間は『常世』と呼ばれていた。傍観者はその何処までも続く暗闇な概念層の中で、魔神が創り出した精神世界の中を観覧して、感動したように独り言ちた。


 ーーこんな奇跡。ボクでも見たことがないよ。


 傍観者のいる虚しい程に広い真っ黒な何も無い世界にただ一つ、不自然にポツンと一つだけ置かれた机の形をした投影装置があった。それに投影されたホログラムをーーそこに映る少年と仲間達により刻まれていく軌跡を眺めて傍観者は眼を輝かせていた。


 ーーフフフ、さぁ長かったプロローグも漸く終わりを迎えるよ。ここからどんな奇跡のような物語を見せてくれるのか……


 傍観者は子供のように無邪気に笑いながら全ての黒幕かのような尊大な態度で独白する。


 ーーこの何も無い世界の果てから楽しみにしてるよ。


 魔神も現人神でさえも干渉できない世界の狭間で、傍観者は無邪気にこれから描かれる英雄譚に想いを馳せる。今日も独り、何処までも広がる黒々とした空虚な世界の果てで……。







 前世の大切な仲間に助けられ、白蛇の魔神の構築した精神世界を見事打ち破ったファウストは現実世界に戻ってくることができた。 閉じていた目を開けると、そこは遠い昔にも感じるあの瞬間と寸分違わぬ光景。いや、少々語弊があるな。膝元の王鍵レガリアからは安堵の息を吐く様子が、白蛇故に表情の変化は無いが、かの魔神からは憤怒に顔を歪めているかのようなイメージが感じられた。


「……………………どういうことだ。三〇五〇〇番目の世界に介入してきたアレは一体何だ!!」


 白蛇は当初の様子からは想像出来ないほど感情を表に出して激怒する。

 アレ……とはファウストの前世である過去の世界の仲間達のことだろう。


「さぁな。アイツら心配性だから奇跡でも起こして駆けつけてくれたんだろうぜ」


「奇跡……だと……?

………………そうか。また、貴様の仕業なのか…………!!」


 それまでのフラットな感情が読めない声ではなく、恨みという恨みを込めた、地獄の怨嗟のような声を洩らしつつ白蛇の魔神はファウストでも王鍵レガリアでもなく、ここにいない何かを睥睨する。

 そして彼は再度感情を感じ取れないフラットな声色へ戻る。


「……精神世界を破られた以上仕方ない。面倒だが一度気絶させて一旦アジトへ持ち帰るとしよう」


 白蛇の魔神はあくまで作業的にそう告げた。


王鍵レガリア、以前俺の理想は何だって尋ねたな」


 唐突に尋ねたそれはファウストからすると感覚的には何一〇〇年も前、王鍵レガリアからするとついさっきの会話で尋ねた事柄だった。ファウストは長い長い死の旅路の中、脱出に専念する傍らでずっとこのことを考えていた。そして、最後のあの世界でその答えを見つけた。


「俺の理想は大切なモノ全部護って、助けを求める人の涙を拭って笑顔にして、最後は笑顔で帰ってくる。そんな欲張りでカッコイイ英雄ヒーローだ。どうだ。お前のお眼鏡に適ったか?」


 彼は静かにそう語った。


『……ああ、良かろう。 汝の理想……この私がしかと聴き届けた。これよりお主を我が主と認める。

お主が描く豪壮なる理想に応え、お主に私の力を授ける。

先の夢路はお主が切り開け。その先に何があるのか、何を見せてくれるのか……期待しているぞ。新たな主人よ』


 天上の領域への扉の鍵にして世界を支える支柱でもある王鍵レガリアは今ここに彼の者を主と認めた。この出来事が世界にどのような波紋を揺るがすかは誰にも分からない。

 分かることはただ一つ。


「いくぞ王鍵レガリア


『ああ、あんな蛇さっさと倒してやろう』


 目の前の敵を倒さないと何も始まらないということだけだ。


天上の意思の造物ガラクタ風情が主を得たからといって大きくでたな。」


 王鍵レガリアを携えし一人の若き英雄と魔神が今、天地を揺るがし激突した。





 先に仕掛けたのは白蛇だった。


「狩猟の神『エーゲナイザス』より具象化。【ニルクレィドの矢】」


 白蛇は神術を発動する。

 白蛇の背後の空間がビキィッッ!という異音を放ち、罅割れ、その奥から溢れる黄金の光の中から真紅の矢が放たれた。


 ファウストはそれを【龍鱗鎧lv1】を発動して、更に無属性身体能力強化魔法、身体強度強化魔法を同時発動し、射出準備が完了する一歩手前で横へ躱してそのまま切り込む。背後では紙一重で避けた矢が音速など軽く越えた速度で空間ごと全てを穿ち、虚空へと消えていった。


 その余波を重力操作で受け流し、一切速度を緩めぬまますぐ側まで切り込んできたファウストに対し、白蛇は周囲に数十万もの大爆発を同時に起こして牽制する。

 膨大な数の爆発は同時に発生することで一つの巨大な爆発となり猛威を振るった。


 聖域の頑丈な岩盤でさえ砕き割るその牽制攻撃を寸での所で察知し、爆発を先の余波と同じ要領で重力で左右へ受け流しすことで速度を緩めぬまま切り込み白蛇へと王鍵レガリアを振り下ろした。


 牽制をも乗り越えて速度を落とさぬまま来るとは思っていなかった白蛇は少し目を瞠ったが、現在地点とファウストの背後の空間を転置することで余裕を持って回避した。


 そうして背後に回った白蛇は広範囲に渡って石化ブレスを吐いた。


 空間転置での回避で一瞬敵影を見失ったファウストだったが、すぐさま気配を察知して背後からの広範囲の石化ブレスを周囲に水の膜を張ることで防いだ。水の膜はピキピキと音を立てて石化していくが、その影響は内部までは届かない。


 白蛇は追撃に石化が進んでいく水膜へ【模倣神器・バーソロミュー】を叩き込んだ。古の神話の巨人が使っていたとされる伝説の巨大戦槌のレプリカとはいえその威力は馬鹿にできず、かなり頑丈に出来ているはずの聖域の床ごと砕かれて、天高く土砂を巻き上げてその跡地には直径百メートルにも及ぶ巨大なクレーターが形成され、その余波は数キロ先まで届いていた。


 しかし、そこにはもう彼はいない。追撃が来ることなど当然と推測していたファウストは水膜で石化を防いだ時にはもう水膜外部へ転移して余波も届かない距離にある茂みに隠れていた。


「はぁ、はぁ、やっぱ神様だな。何もかもが規格外だ。

王鍵レガリア。お前確か“統制”を司るとか言ってたよな。アレって何か特別な能力を持ってるってことなのか?」


 茂みに隠れて息を整えながらこの危機的状況を打破すべく、王鍵レガリアに尋ねた。


『あるぞ。私ができることは四つ。一つはお主の思考を読み取って行う【高速武装変形】ライトニングダンス

二つ目はヤツも使っている神力の行使。

三つ目は“接続回路インターフェイス”としての機能。

四つ目は“統制”としての力だ』


「で、具体的には」


『一つ目はその名の通り私自身が槍や刀、弓、盾、鎧などありとあらゆる武装に瞬時に変形する。

しかし変形できるのはあくまで武装の範囲内だけであからさまにそこからかけ離れたコップとか棚とかそういうものにはなれない。腕輪やネックレスなどの装飾品がせいぜいだ。ちなみに弓や銃などの飛び道具の場合、弾は神力そのままかそれを物質化したものとなる』


「具体的な変形時間は?」


『〇,〇〇〇一秒にも満たないだろうな』


「上等。二つ目は?」


『二つ目の神力は神格持ちが神としての力を振るうための力なんだが、お主自身は神格を持っていないだろう?』


「ああ」


『ならば勇者と同じで魔を断ち切ったり、単純に莫大なエネルギーとして使うぐらいしかできんな』


「神力で魔導を発動することはできないのか?」


『できん。神力で発動できるのはさっきも言ったように神術だけだ』


『次に三つ目の“接続回路インターフェイス”としての機能とは契約者。つまり今はお主の記憶や魔力回路などに接続して記憶の読み取りや魔力の供給などができる』


「なるほど」


『そして四つ目はーー』


 そこで話を中断し、飛んできた光弾を刀に変形させた王鍵レガリアに神力を纏わせた光の斬撃で相殺した。


「見つかったか」


 ファウストは舌打ちをし、遠くから放たれる光弾の弾幕を神力を纏った刀形態の王鍵レガリアで切り裂きながらスキを見て神力の斬撃を飛ばした。


 斬撃を回避するために一瞬弾幕が止んだ隙にファウストは駆け出し、神力の光弾による弾幕を張ることで牽制しながら先の話の続きを促す。


「で、四つ目は結局なんなんだ?」


『四つ目の“統制”の能力は対象に内在する要素を基準点として統一する能力。例えば自身の『物理法則が通用する』という内在的要素を基準点として統一すれば、彼奴のような超常の存在を通常の法則が通じるようにすることが可能だ』


「能力の発動条件は?」


『私を介して対象に触れることだ』


『アレに触れなきゃなんねぇのか。......きっついな』


 弾幕と弾幕の牽制合戦に痺れを切らした白蛇は最大級の脅威を放たんとする。白蛇の背後の森が大気が空間が聞いたこともない異質な音を響かせて歪んでいく。そしてそれは遂には捻じ切れ、そこには純白の真っ更な空間に浮かぶ、言葉にして形容することは不可能な、世界を捩じ切り集約して造った一本の槍があった。そしてそれを認識した頃にはもう結果は出ていた。


 弾幕の陰に隠れて突如放たれた、最早速度という概念すら適用されないような知覚不可能の攻撃を直感に従って王鍵レガリアの刃を前方へ盾のように向ける形で眼前に置いて防いだ。

 通常なら切断という概念など干渉し得ない一撃だが、“統制”により常道の枠に収めることで適用させて切ったのだ。


「……アレを……防ぐだと?」


 それにはさしもの魔神も驚愕の声を挙げた。当然だ。速度という概念が適用されないということは放ったと同時に結果が出ているということなのだから。しかし逆を言えば放たれる前に軌道線上に剣を置いてやれば勝手に切れるのだが、これは口で言うほど簡単なものではない。何せ標準が定まった時には既に終わっている。これはそういう神技なのだから。


王鍵レガリアではなく、真に警戒すべきは適合者の方か」


 白蛇はファウストの評価を少し上方修正し、内心でこんな蛇如きの肉体で来たのは失敗だったかと後悔した。そして同時に、最早一切の慈悲を与えず全力で叩き潰すと決めた。身体など壊れてしまっても持ち帰った後でそんな事実は無かったことにすればいいだけなのだから。


「『ヴェルタリア』より神話の部分的な史実再現を決行。

……【ヘィリシュイアの堕落】」


 白蛇がどの分類の魔導なのか、そもそも魔導と呼べるかどうかも怪しい異能の力を発動した。

 すると、ファウストの脚の力が抜けて膝から崩れ落ちた。いや、力が抜けたのは脚だけではない、爪先から頭の先まで身体全体に渡って筋肉弛緩が起こった。

 それだけではなく、戦う意思、身体に力を入れようとする意思などの活力とでも呼べる力が失われていく感覚がファウストの身体を内側から病原菌の如く蝕む。


(なんだこれは!?)


『まずい。ファウスト!今すぐここから離れろ!』


 ファウストは自身の身に何が起こったのか全く理解出来なかったが、とにかくじっとしてるのはまずいことは確かなので王鍵レガリアの言葉に従って自身に横向きに重力を発生させて落ちるように強引に移動した。


 すると、移動途中のファウストの横。つまり先程までいた所にズドンッ!と一筋のレーザーが落とされた。


 間一髪だったことで冷や汗が吹き出るファウストだったが、そこで全身に渡って発生していた筋肉弛緩現象や活力の喪失がなくなり、力が入るようになった。おそらく効果範囲外に出たからだろう。


 だが、白蛇の攻撃は収まるどころかますます苛烈さを増すばかりだった。


大地は欲す。天は拒む愚者を贄として 賢者の下に己が 大いなる繁栄を内栄に成すがために。浸るがために……【栄光の陰】唯我独栄


 体勢を整え直したファウストに直ぐに次の攻撃が繰り出される。

 魔法で大気を振動させての発声方法だからこそできる二重発声詠唱により、二つの魔術が同時展開される。


 大地から伸びた赤い根が脚に流れ込み激痛を齎し、天からは緋色の結晶体の雨が降り注いだ。


 脚に絡み付いて激痛を齎す大地から伸びた赤い根の模様は激痛を与えるだけでなく地面に縫い付ける効果もあったので今まさに振り注ごうとしている緋色の雨を回避するためにもこれを最優先で対処した。


 手で触れても脚の感触しかなく、触れることはできなかったので大本である地面を神力の放出で爆破した。すると、術源である地面と離れたからか赤い根の模様は消えて、術の効果が解けた。


 しかし、その頃には緋色の雨はもう回避不可能なぐらい迫っており、仕方なく神力を纏わせることで強化した魔力障壁を三重に展開した。

 しかし、緋色の雨は降り注いで穿つのではなく、ファウストの周囲で停滞した。


 疑問に思ったのも束の間。空中に停滞した緋色の雨から突如緋色の電撃が迸り、神力で強化した魔力障壁をまるで意に介さず貫通してきた。


「ーーーッッッ!」


(防御不可能の魔術とかありかよッ!)


 魔力障壁を貫通してきた緋色の電撃を浴びて声にならない声を挙げながら周囲に神力の衝撃波を放出して大本である緋色の雨を吹き飛ばして脱出した。


『無事か!』


「……ぁ、あ。少ひ……びれるぁ、……問あい、ない」


 電撃で痺れて口の筋肉を麻痺させながらそう応えて、自身に光魔法の【状態治癒】キュアを発動する。

 筋肉の麻痺を治したファウストは闇の【龍の力】ドラゴンフォースを用いた重力飛行で高速飛行して一旦距離を取った。追撃の白い炎や空間爆破を【魔力探知】サーチを使って随時発動の前兆を察知しながら回避しつつ呟く。


「これじゃジリ貧どころかワンサイドゲームになって負ける。

だが奴に攻撃を当てるとなると奴の術発動速度より更に早く攻撃する必要がある。……いや逆転の発想で……いや、流石に魔法でもこれは無理だな」


『方法はあるぞ』


 ファウストの呟きに手に持つ王鍵レガリアが応える。

 ファウストが促す声をかける前に王鍵レガリアは続ける。


『お主もさっきやっていた神力と魔力の併用。正確にはその先の融合だ』


「さっきの魔力障壁か」


 白蛇が放ってきた薄ぼんやりとした人影の兵達を刀に変形させた王鍵レガリアで切り裂きながら心当たりにあったものを言った。


『その通り。しかし先のアレは所詮魔力障壁を神力でコーティングして強化しただけの“併用”に過ぎん。奴に勝つにはその先の“融合”を成し遂げる必要がある』


「簡単に言うがそう簡単なものでもないだろ?複合魔力と違ってそもそもエネルギーの種類からして異なるものを融合させるのは容易じゃないはずだ」


『うむ。普通は不可能だ。だが、できないこともない』


「どういう……、そうか……!“統制”の力か……!」


『そうだ。“統制”の対象に内在する要素を基準点として統一する能力とは何も相手の理解不能を貶めるだけの陳腐な能力ではない。

超常……つまり、自身の不可能性を自身の可能性の枠に統一して行使可能にする能力でもあるんだ』


 つまりこの“統制”の能力の真髄を発揮すれば相手の持ち札を貶めるだけに留まらずこちらが一方的に理不尽を体現できるということだ。勿論後者を行うには“統制”の力だけでなく相応の修練やセンスが必要とされてくるが。


「なるほど。それで本来不可能な別々のエネルギーの融合が可能になるということか」


 ファウストは周囲の薄ぼんやりとした人影の兵達を回転斬りで一掃し、その先にいる白蛇を見据える。


『そういうことだ。まぁ、だからといって理論上可能となると言うだけで実際やるとなるとかなり難しいが…………お主ならできるだろう?』


 王鍵レガリアの信頼を乗せたその言葉に対しファウストは一言、「もちろん」と応えて白蛇へと切り込んだ。







「ふむ、仕掛けてくるか」


 ラスカルトは薄ぼんやりとした人影を十体創造し、それぞれに神力を与えることで強化した。

 神力に適応するためにその姿を性質に沿った形に変形させ、その背から一対の翼を生やした薄ぼんやりとした人影は陣形を組み、こちらへ切り込んでくるファウストを迎撃する。


 正面からぶつかった二体が神力で創造した剣でその進行を止め、その間に他八体が取り囲み同時に襲いかかる。


「ちっ、こいつら強化されてやがるのか」


 ファウストはまず正面の自身の剣を止めた二体を神力の放出で吹き飛ばして、武器を持ち全方向から同時に襲いかかる薄ぼんやりとした人影に対し一つ一つ防ぎ、躱すのは難しいと判断し、全てを正面から叩き斬る技を放つ。


「煌鷹流総闘術【回輪無双燕舞】」


 ファウストは王鍵レガリアを二振りの日本刀に変形させて、全方向へ高速で振るった。その太刀筋は燕の如く速く真っ直ぐで、全方向へ展開される無数の斬撃は一種の結界であった。

 ファウストへ突き出していたレイピアも、槍も、剣も、斧も、槌も、その尽くを薄ぼんやりとした人影ごと斬り散らした。


 しかし薄ぼんやりとした人影もただでは終わらない。斬り散らされた彼等はファウストの両脚にまとわりついて動きを阻害する。

 そしてそこに巨大な影が指す。


 見上げるとそこには端が見えない程巨大な氷山が真っ直ぐ落ちてきていた。


(こんなもん足枷なくても回避できねぇよ!)


 驚嘆のあまり内心で口調を乱しながらも魔法を展開する。


(できるかどうか分からないがここまでくるともうやるしかない)


 ファウストは天から墜ちる氷の大地を打ち砕くには神力と魔力を融合させた新しい魔法でないと対処できないと判断し、二つの全く異なるエネルギーを融合させていく。


(クソ、上手く混ざらない。

いや、“統制”の力を使って理論上は可能にしているんだ。混ざらないじゃない。混ぜるんだよ!)


 まるで水と油のように一向に混ざらない神力と魔力に苛立ちを覚えながらも何度も何度も繰り返す。


 しかしその間にも刻々と氷の暴虐は薄ぼんやりとした人影ごとファウストを押し潰さんと迫り来る。目測では後三百メートル。時間にして凡そ三秒。

 死神の鎌が迫る中、走馬灯と同じ原理で加速した思考世界で彼は思考試行を止めることは無い。


『急げ、もうすぐそこまで迫ってきているぞ!』


「分かってる!だけどこいつら水と油みたいに……」


(水と油……?……そうだ攪拌だ!

今までは粘土のように捏ねるイメージで合成していたが、液体に置き換えることもできる。

なら水と油のような二つの力を撹拌させて魔力の中に細かい神力を散りばめてやれば……)


 体内で掻き集めた魔力と神力を攪拌させ、合成させていく。それは見事成功し、状態・・が変化した二つの力を用いてファウストは急いで魔法を発動する。


【昊神焰】こうかえん


 放たれた莫大な光は氷山を片っ端から焼き尽くしていく。


「ぉぉぉぉおおああああああああああああああああああああッッッ!!」


 ファウストは咆哮と共に魔法の出力を上げていく。

 しかしそれでも氷山を焼き尽くすには足らず、まだまだ六百メートル級の氷山程はある。

 ファウストは切り札を切ることにした。


【限越稼働】オーバーフロー!!」


 ファウストは十年間の修行でユニークスキル【限越稼働】を技へと昇華させることで出力の上昇効率を上げ、肉体への負担軽減にも成功していた。

 しかしそれでもまだ負担は大きく、身体は悲鳴を上げる。


 技として昇華された【限越稼働】により、蒼い電光のようなエネルギーを迸り、【昊神焰】の出力が大幅に上昇する。それはまるで地から天へと伸びる薄明光線のようだった。


「焼きつくせぇぇぇぇえええええええええええええ!!」


 巨大な氷山を飲み込む程の極光となった【昊神焰】は遂に巨大な氷山の全てを焼き尽くした。


「隙だらけだ」


 膨大な魔力、神力消費に加えてユニークスキル【限越稼働】の使用で疲弊した所を狙い、ラスカルトの放った石化光線が迫る。


 しかし。


「知ってる!」


 そう答えたファウストは疲弊しきった身体を闇の龍の力ドラゴンフォースで重力を操作することで無理矢理動かして紙一重で石化光線を躱し、残り少ない魔力と神力を合成した強力な魔法を走りながら発動し、更に加速して接近する。


 あの状態から躱したことに少し驚くも想定内の反応だったので、それを初手と同じように空間転置で回避しようとしたが、まるで空間そのものの位置が固められているかのように、何故か空間転置できなかった上に自身も空間に固定されているかのように身動き一つ取れなかった。


(これは……そうか。先程奴が発動していたのは自身の敏捷性を高める魔法ではなく、ある一定ルート以外の全ての空間を固定する魔法だったのか)


 ファウストは氷山を溶かす魔法を発動した時点で予想していたのだ。たとえこれを凌いでも次の攻撃がすぐにくることも、それを無理矢理避けて高速接近しても初手の攻防の二の舞となるだけだということも。


 そしてファウストは敵が自身の身体を手に入れるために手加減していることはもちろん。自身を過小評価し侮っていることにも気づいていた。案の定評価を上方修正したとはいえ、今出せる全力なら容易に捻り潰せると侮っていたラスカルトは身体強化魔法で高速接近してくるか魔法を放って牽制してくるかの二択と踏んで万全を期して空間転置で距離を開けようと謀った。


 しかしそれを読んでいたファウストは策がバレないように万全を期すため、空間固定の魔法を使った後に走る速度を急激に上げることで使用したのは身体強化魔法だというブラフを張った上で、ラスカルトへ接近する最短距離以外の広大な聖域内の空間全てを固定することで逃げ場を奪い、そうとは知らずに空間転置を発動するというほんの数瞬の無駄な動作を起こした時間とそこから抜け出すために必要な僅かな時間の二つを作り出したのだ。


 ラスカルトならばこの程度一秒もあれば抜け出せるものだったが……、この場においてその一秒は致命的だった。


「これで、終わりだ!」


 ファウストは残りの全魔力と神力を合成した力を刀状にした王鍵レガリアに纏わせて振り下ろした。

 空間固定は次元解除式だったらしく、眼前が眩い紫の光に埋め尽くされた頃解除されたが……最早この肉体の性能では回避など不可能だった。


「…………過小評価が過ぎたか」


 その小さな囁きは極大の紫色の光の斬撃による轟音にかき消された。



 此度の魔神と王鍵レガリアを携えし若き英雄の戦いは天上の意思が創造した聖域に再興不可能なまでの傷跡を残して一旦の終幕を迎えた。



『……取り敢えず、お疲れ様』


 そう、全ての力を使い果たして倒れたファウストに神力を流して治癒力を高めてやりながら労いの言葉をかけたやった。


「おう。で……、どうだったよ。俺の融合した力は」


 もう声を発する体力も碌に残っていないのか、掠れたような小さな声でそう尋ねた。


『0点だな。アレでは融合ではなくただの混合ではないか』


 彼女の言う通り、ファウストが実際やったあの現象は“融合”ではなくただの“混合”だった。本当の融合ならば魔力中に細かい神力を散りばめるのではなく、完全に一体化していなければおかしいのだ。


「……そっか」


 少年はそう小さく呟いた。

 彼も内心では薄々感じていたのだ。二つの力が“融合”したにしてはただエネルギー量が増しただけで性質などは何も変わっていなかったからだ。


『まぁ、これから地道に模索していけばいいさ。なんせまだ誰もできたことのない前人未到の領域なのだからな』


「……そうだな」


 ファウストはそう言って静かに眠りについた。



 ◇



 そしてその後ろでは、この聖域の唯一の出入り口である光のゲートから出ていく一つの薄ぼんやりとした陰があった。



 ◇



 彼等が切り開く神話は終わらない。


 まだまだ始まったばかりだ。


 世界は美しいばかりではない。


 この先も数々の試練が待ち受け、独りではなす術もなく死んでいくことになるだろう。


 でも……彼なら大丈夫だよね。


 彼には良くも悪くも人を惹きつけるカリスマがある。


 そんな彼の周りにはきっと素晴らしい世界が広がることとなるだろう。


 そして彼もその周りの世界も、自身の居場所を護るために必死に抗うことだろう。


 これは、そんな素敵な未来物語を描くと信じて、そして見事初めての試練を乗り越えた君へ贈る……ボクからの最初で最後の贈り物だよ。


 君なら正しく使ってくれるよね。





 そうだ、彼女も頑張ってくれたし御褒美をあげようかな。


 ……喜んでくれるといいなぁ。

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