第15話 それは奇跡か。それとも…………最悪の悪夢か。



 気がつくとそこには見覚えのある景色が広がっていた。

 しかしそれは今世ではなく……前世。

 そこはガレオン社が有する特殊警務部第三制圧部隊のオフィスだった。

 書類に埋もれた机には懐かしい部下達の姿が、闇からすくい上げて光の道を示してくれた上官恩人の姿があった。


「隊長?たーいーちょー?どうしたんですか?ぼーっとして。……もしかして寝てました?」


 その心のどこかで望んでいた光景に呆然としていると、前世の部下の一人である自称茶髪のサイドテールがチャームポイントの女性藤原 咲がファウストの顔の前で手を振りながら顔を覗き込んできた。


「……え、あ、…………これ……は……。俺は……白蛇の世界で戦ってたんじゃ…………」


 先程までの文字通り世界そのものが敵となった濃密な死の空気。終わりの見えない絶望の世界の情景。その中で見つけたただ一つの希望さえも折れかかる絶望感と無力感。

 そしてもう味わうことのなかったはずの懐かしい空気、寸分違わぬ部下の性格や挙動、もう逢えないと思っていた彼等と再開できた感動。それら全てがごちゃ混ぜになり、思考が追いつかず、いつの間にか喋れるようになっていることにすら気付かない。


「あっははははは!隊長ってばどんな変な夢見てたんですかー。白蛇の世界で戦ってたって」


 と言い、藤原は回転椅子で回りながら腹を抱えて大笑いした。


「夢の中でも戦うなんて隊長らしいといえばらしいですけどね」


 そう苦笑いで言ったのは瀬文 誠司。伊達メガネに黒髪短髪の地味な風貌だが、一度スイッチが入ると、頼れる次期隊長の顔になる、ファウストが前世で恭弥だった頃自分の後を託せると認めた程の有望株だ。


「だが職務中に眠るのは頂けんな。書類仕事も大事な仕事なんだといつも言っているだろう。

ほれ、罰として追加だ」


 そう言って丸めた書類で頭をぺしっと叩いてファウストの前に追加の書類を置いたのは彼の上司であり、恩人でもある艷やかな黒髪とスーツの上からでも分かる巨乳が特徴の女性。神谷 トオルだった。彼女は殺しの道しか……闇の中での生き方しか知らなかった彼にかつて『お前の技術や知識で救える生命がある。どうだ、私と一緒にその先の未来を見てみる気はないか?』と手を差し伸べた、彼にとってのヒーローだった。


「あーあ、職務中に居眠りなんかするからだよたいちょー」


 可哀想にと顔に書いてあるような哀れんだ表情をしている彼女は部下の一人で、若干十八歳にしてガレオン社が有する特殊警務部第三制圧部隊のブレイン兼オペレーターを担当する才女、霜月 雪菜だ。身長140センチと小柄で、童顔、おまけに腰まで伸びた艶やかな黒髪をツインテールにしてるため更に幼さに拍車がかかり、見た目小学生にしか見えない外見詐欺少女でもある。


 眼前に広がる、もう会うことは叶わないと思っていた面々に。帰ることは叶わないと諦めていた居場所に。また帰ってくることができた嬉しさで目の前の景色が滲む。

 これが魔神が創り出したまやかしなのか、彼女達が起こした奇跡なのかは正直分からない。

だけど……もう彼女達に会うことは叶わないなんて、彼自身が一番よく分かっていた。だけど、だからこそ……これがたとえ瞞しだとしても、大事な仲間の前で泣く姿なんて見せたくなかった。


 そして、これだけは伝えておきたかった。


 溢れ出そうになる涙を意地で止め、未だに笑い転げている藤原を抱きしめた。

 すると彼女は顔を耳まで真っ赤にさせて狼狽えた。


「えっ、あ、ええええっっ!

た、隊長!?ど、どどどどうしたんですかいきなり!?

ま、まぁ私としては嬉しいですがね、ずっとこのままでもいいかなーなんて思ったりしちゃう訳ですがね、やっぱり皆の前だと恥ずかしいというか……」


「ありがとう。正直咲の明るさには何度も助けられたよ」


 赤面し狼狽する藤原の耳元でそう囁いた。


「隊長?」


 次にファウストは咲への突然の抱擁に固まっている神谷を抱きしめた。


「恭弥!?お、おい急にどうしたんだ?」


「透、バカな俺をいつも見ていてくれてありがとうな」


「きょう、や……?」


 様子がおかしい恭弥に心配そうな目線を向ける神谷を宥めるように頭を撫でて、今度は瀬文を抱きしめた。


「ええ!俺もですか!こういうのって普通可愛い女の子限定イベントじゃないの!?」


 まさか自分にも来るとは思ってなかったので驚愕する瀬文。そして脳裏に過ぎった不吉な予感。


「ふぉぉおお!漲るわ〜」


「おいこら霜月!腐った世界を脳裏に展開するんじゃない!書類の裏に書き込んでんじゃねええええーーーー!!」


 案の定的中した不吉な予感腐女子ワールドに瀬文は慌てて待ったをかける。

 ファウストはその光景を見て過去の情景を思い出して笑って囁く。


「フフ、瀬文。危なっかしい俺のフォローいつもありがとうな」


「危なっかしいという自覚があるならもう少し自重して欲しいものですがね」


「ハハハ、善処するよ」


 痛い所を疲れたファウストは苦笑混じりに抱擁を解き、書類の裏に腐った思考を垂れ流す霜月に拳骨を落とした。


「いたー!もう、私には抱擁じゃなくて拳骨なんですかー!?」


 思わぬ奇襲を受けた霜月はプンスカと頬を膨らませて上目遣いで睨んだ。

 その様にやっぱ雪菜は妹ポジションだなと改めて思いながら抱きしめた。


「ふぇ!?あ、ぇ……もう、落として上げるなんて卑怯ですよこのたらしたいちょー」


 そう言って顔を赤く染めて口を尖らせる霜月。


「はいはい。いつもありがとうな。お前のオペレートのお陰で何度も命を救われた。感謝してるよ」


「ふ、ふん!感謝してるならキスで許してあげますよ」


 何について許されるんだろうと苦笑し、前髪をかきあげて額に口づけを落とすと、霜月はトマトのように真っ赤になって頭から湯気を出してショートした。

 それを見て瀬文は「自分から言っといて自爆してら」と笑っていた。

そして、ファウストはみんなの前に立って、それぞれの顔を見て言う。


「皆、今までありがとう。久し振りに会えて本当に嬉しかった。でも、過去ばかり見ていちゃいけない。俺はこれから未来を切り拓く為に戦ってくる。だから、これで皆とはさよならだ」


「……そっか。わたしバカだから良くわかんないけど……でも、これだけは分かるよ。今の隊長はすっごくすっごくカッコイイって!だから応援するよ!わたし」


 胸の前に両腕を持ってきてガッツポーズみたいにしながら真っ直ぐな綺麗な目に涙を溜めて、綺麗な笑顔で応援してくれるといってくれた藤原。


「……そうだな。別れは辛いが。過去からお前の活躍を見守っているとするよ」


 悲しげな表情で別れを惜しみながらも見守ってくれるといってくれた神谷。


「後のことは俺に任してください。隊長みたいな皆を引っ張っていくカリスマはありませんが、俺は俺のやり方で皆を支えるような隊長になってみせますよ」


 自分らしい隊長としての在り方を表明し、後顧の憂いを絶って後押ししてくれた瀬文。


「う、ぅぅ、私たちの最高にカッコイイたいちょーなら、絶対に大丈夫ですよね。信じてますからね!」


 必死に涙を堪え、堪えきれなかった涙を静かに流しながら激励してくれた霜月。


 大切な人達の暖かさに支えられ、力を貸してもらい、今、一人の若き英雄が再び魔神に立ち向かう。


「じゃあな、みんな。行ってくる」


「いってらっしゃい」


 大切な人達の声を背に、ファウストは世界に立ち向かう。




 ……そして。



 …………そして。



 ………………そして。



 白蛇の魔神が構築した精神世界は一人の若き英雄と、過去から世界線も時間軸も超越してやってきた四人の英雄の手によって崩壊を迎える。


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