別章

 若い女性が壇上にいる。すっきりとした顔立ちに華奢な体型。鎖骨までの黒いストレートヘアの毛先を赤く染めている。

「調整推進派は悪夢を終わらせると言いますが、調整こそが悪夢の始まりなのです。いくら科学技術が発展しようとも、わたしたちの脳はそもそも、能力増強されるようにはできていません。わたしの父を殺した犯人のように、壊れてしまいます」

 女性の凛とした声は、数百人の人々がひしめく講堂にマイクを通して響いた。

「その犯人は、もとは国のために献身した兵士でした。現役時代は、仲間からの信頼が厚く、上層部からも高く評価されていたそうです。調整は、そんな人が精神を病んでしまうほどの危険なものであると、今一度思い出してください。事件から二十年が過ぎれば、忘れていいことでしょうか? その間になにも起こらなかったから、今後も起こらないと言えるのでしょうか? わたしは言えないと思います」

 そうだ、という声が上がる。

「この国は何十年も平和を享受してきました。特に近年は外交上の危機が過ぎ去り、かつて膨れ上がっていた国防費は減少の一途をたどっています。肉体的な危機はほぼないと言っていいでしょう。しかし、意図せずに内側から精神を破壊しようとする活動がはびこっていることは紛れもない事実です」

その時、中央列の中年女性が手を上げた。演説中にほかの人がまとまった発言することは基本的に認められていない。しかし、そのマスクをつけた中年女性のそろえた脚や指から礼儀正しい雰囲気がにじみ出ていたので、壇上の女性はその中年女性に向けて手を差し出す仕草をした。

「どうぞ。マイクを渡して差し上げてください」

 スタッフが素早く中年女性にマイクを届ける。彼女はマスク越しに声を発した。

「まずは、わたしはみなさんと同じように、調整権利を認めることに反対だということを申し上げます。でも、調整が犯人の精神を冒したというのは間違いです。彼は、別の人の潜在意識データを見たことで精神を病んだのです」

 おいおい、違うよ、という声が上がる。中年女性は、根拠がないとされている説を支持しているらしい。しかもその説を発表した人物は、故人を侮辱しているということで故人の内縁の妻から訴えられ、示談となっている。すぐにでもマイクを奪われてもおかしくない状況だったが、若い女性はヤジを手で柔らかく抑えるようにして静めた。

 マスク女性は続ける。

「わたしは当時、セオさんと一緒に行動していました。フジカゲさんとも面識があります。調整者は断じて狂人などではありません」

 フジカゲさんだって?と不穏なつぶやきが生じる。しかもセオというのは、被害者の内縁の妻から訴えられた人物だ。

女性の語気が強まり、早口になる。

「調整してはいけない理由は、気が狂うからではありません。わたしには学歴も教養もないし、正直、はっきりした理由はわかりません。でも、本能が拒否するのです。わたしは自分の本能に従って反対します」

 周りの人々は、その中年女性を猫の集会に紛れ込んだ狸のように見たが、それ以上のヤジは起きなかった。中年女性は席に着いた。

「ありがとうございます」

 若い女性はひそかに息をつく。

「えーつまり、調整権利推進派は、みなさんが望まない権利を我々に押しつけてこようとしているわけです。事件から時間が経った今、調整権利を国民に与えよと、再び声を上げている団体が、わたしたちの精神を壊そうとしています。我々の心と体を守るために、みなさん、一緒に訴えていきましょう」


 赤髪の若い女性は、会場を出ると、参加者たちの中にあのマスク女性の姿を探した。しかし、支持者が集まってきてしまい、身動きが取れない。

「ありがとうございます。ご協力感謝します」

 彼女は笑顔で人々をかき分けながら、駐車場へ移動して車を見つけた。あのマスク女性を探すのは諦めよう。

 車の運転席には彼女の母が座っている。

「お疲れさま。大丈夫だった?」

 後部座席に座るとそう言った母は、いつも彼女のことを心配している。マネージャー業務をしてくれているのも、娘のそばにいつもついているためだった。

「大丈夫よ。次の現場に直行しよう」

「監視社会について考える会だったよね」

「そう。それは勉強会だから、お母さんも一緒に入ればいいのに」

「いや、わたしは会場の外で、変な人が中に入らないように見張ってるの」

「そんなに心配しなくて大丈夫だって」

「いいの。わたしがそうしたいの」

 母の独特な見守り方に少し戸惑うこともあるが、妊娠中に父を殺されたために慎重になったと考えれば無理もない、と彼女は思った。

 また、彼女に誹謗中傷のメッセージが日常的に寄せられていることも、母を神経質にさせていた。出産後、小さな娘を抱えながら裁判で争って和解に持ち込み、女手ひとつで自分を育ててくれた母は強い女性だと思うが、安心できない現状がある。

権利破壊者だの退行人類だのといった、行き過ぎた批判もあれば、批判に便乗した、死ねやブスなどの罵詈雑言もかなりの割合を占めていることは、周囲の人々も、なにか対策を講じたほうがいいのではないかと言い始めるほどだった。調整権利推進派の政党の党首が彼女のことを「かわいそうな娘さん」と表現したことも問題となった。

 しかし、彼女はそれほど深刻には捉えていなかった。調整権利推進派の人々から批判されるのは当然のことだし、罵詈雑言を浴びせてくる人々も、本気で自分のことを嫌っているわけではないと信じていたからだ。若くして活動家として注目されていることに対する嫉妬じみた感情もあるだろう。

 人間とは、ほかの人を攻撃してしまうものなのだ。でも、大抵の人は、実際に人を怪我させたり、殺したりはしない。言葉によって傷つけられ、命を落としてしまう人もいる一方で、彼女は、言葉を受けとめはするが、心に浸透させないすべを自然に体得していた。肉体が健康であれば、わたしの心はへこたれない。


 監視社会について考える会は、小さな喫茶店を貸し切って行われた。彼女は早めに到着し、主催者の社会学者である女性に、「アネイさん、来てくださってありがとうございます。二回目ですよね?」と歓迎された。それから次々と参加者が到着し、開始時間には十名になった。

「そろそろ始めましょうか」

 と、主催者の女性が立ち上がった時、カランコロンと昔ながらのベルの音を立ててドアが開いた。

 入ってきたのは、あのマスクをした中年女性だった。

「サヤさん、来てくださったんですね。よかった、ちょうど始めようとしていたところなんです」

 マスク女性は、主催者に「すみません」と会釈をしてテーブルの隅の席に着いた。

 アネイはすぐにでも声をかけたかったが、会の邪魔をしてはいけないと思って堪えた。彼女から二人挟んだところに腰かけたマスク女性とは目が合わない。アネイに気づいているのかどうかもわからない。

「えー、それでは、監視社会について考える会を始めたいと思います。前回は、現在審議中の法案についてお話ししましたが、今回は、過去を振り返って、どのように監視社会が成長してきたのかについて、お話していこうと思います」

 主催者は、人権が強化されていった一方で、プライバシー保護の重要性は軽視されていったということを話した。

「それまで微増を続けていた監視カメラの数が急増したのは五十年ほど前です。当時の政府が人権強化キャンペーンを始めた頃ですね。それにより、人々が安全に暮らす権利を最重要視する機運が高まりました。監視カメラが増え、犯罪率は下がり、犯罪検挙率は大幅に上がりました」

 監視カメラや音声レコーダーの設置が増えたことによる利点、また、情報の不正使用の事例や人々が監視されることに慣れたことによって起こり得る弊害について、主催者は丁寧な口調でよどみなく話していった。

「ここまでで、なにか質問はありますか?」

 真っ先に挙手したのは、あのマスク女性だった。

「サヤさん、どうぞ」

「あの、監視カメラが増えて検挙率が上がったと言っても、百パーセントではありませんよね?」

「はい、そうです」

「その未解決事件には、なにか特徴というか、検挙できない理由などはあるんでしょうか?」

「そうですねえ。データによりますと」

 主催者は自分のスマートフォンを見る。

「軽犯罪よりも、重犯罪の未検挙率が高いようです。ということは、用意周到なプロの犯行がなかなか検挙されにくいと思われます。監視されていることをわかったうえで、監視カメラを壊したり、監視カメラがないところを狙ったりして、犯行に及んでいると考えられますね」

「でも、科学捜査の技術も進んでいますよね。それでも検挙されない犯罪って、ただ単にプロの犯行だからというだけで片づけられるんでしょうか」

「それはつまり、どういうことでしょうか?」

「罪を犯しても見逃される種類の人がいるという可能性はありませんか?」

「それは陰謀論的なことですか?」

「まあ、言ってしまえばそうです。ある危険人物の力を国が利用したとして、そのあとも、その人物に機密を漏らされることや肉体的に危害を加えられることを恐れて手出しをしないということもありえませんか?」

「わたしはそういうことはないと思います。」

 主催者が笑うと、マスク女性も、「そうですか」と少し笑ったように見えた。

 話は先に進み、さらに監視社会のメリットとデメリットについてまとめたところで解散となった。マスク女性はすぐに外へ出て行ってしまったので、アネイは主催者への挨拶もそこそこに、あとを追った。

「すみません」

 アネイが声をかけると、夕時の陽光の差す道でマスク女性は振り向く。

「わたしの集会にいらしてましたよね?」

「はい、アネイさん」

 彼女は会釈する。年齢はアネイの母と同じくらいだろうか。

「もしよろしければ、少しお話しませんか? セオさんとその、犯人と面識がおありなんですよね?」

「お話しするべきことはすべてセオさんが発表されています」

「問い詰めたいわけではなく、あなたのお話が聞きたいんです」

「責めていただいても構いません。わたしはたくさんの人の前で、あなたのお父さんが殺人犯であるという説を支持したんですから」

 女性の口調は冷静だった。

「別にわたしは責めようなどとは。裁判はわたしが子供の頃にすでに終わってますし、今更蒸し返す問題ではないと思います」

 要するに、あなたが支持しているのはとっくに否定された古い説なのだ、と自分は言っているのも同然だとアネイにはわかっていた。アネイは女性が怒りだすことを一瞬だけ懸念したが、そうはならなかった。

「そうですね。その通りです」

「わたしは、調整について、もっとあなたのお考えを知りたいです」

「じゃあ、わたしからも質問させてください」

「ええ、もちろん構いません」

「あなたのお母さんは、あなたのお父さんがどういう人か知っていたんですか?」

「知りませんでした。特殊部隊の元兵士だったので、自分のことを明かさないのが引退後も癖になっていたんだと思います。父があんなことになってから知って、驚いたと言ってました」

「特殊部隊というのがどういうものかご存知ですか?」

「部隊といっても個人行動が主で、敵の集団に潜入して暗殺することを専門とした、事実上の秘密部隊ですよね?」

「あのあと、セオさんが調べてくれたんです。セオさんも部隊の存在は知っていても詳細は知らなかったので、あなたのお父さんが前にその部隊にいたことが報じられてから、伝手をたどって情報を集めてくれて。特殊部隊の兵士は、作戦や細かい計画などは一切知らされず、とにかく人を殺すことだけを教え込まれたそうです。ある特殊な選抜方法があって、適性のある人を引き抜き、実際に極秘任務を与えていたそうです。調整されなかったのは、使い捨てされることが前提だったからです。元特殊部隊員はもちろん、あなたのお父さん以外にも何人もいて、所在は明かされていません」

 アネイは眉をひそめ、女性の話を手で遮った。

「そんな真偽の確かめようのないことを言われましても。なにをおっしゃりたいんですか?」

 先程、勉強会で彼女がしていた質問を思い出した。危険人物というのは、父のことなのか?

「すみません。なんでもないんです」

 女性は早口で話したためにずれたマスクの位置を直した。

「アネイさんは、フジカゲさんに会ったことはありますか?」

「いえ。面会に行こうと思ったこともあったんですが、母にとめられて」

「そうですか」

「あの、食事でもしませんか? 確か近くに手ごろなイタリアンが――」

 おかしな人だとは思ったが、父についてなにか知っているのではないか。母から父の話を少しは聞いているが、詳しく話すのはつらいらしく、アネイは父の人となりをほとんど知らなかった。アーティストだったということは聞いたが、絵などの作品は処分してしまったと聞く。

「すみません。わたしは一人でしか食事をしないことにしてるので」

「そうなんですか。じゃあ、どこかに座ってもう少しお話を」

「すみません。ちょっと用事があるので」

「じゃあ、連絡先を交換させていただいてもいいですか?」

「やめておいたほうがいいと思います。お母さんがわたしのことを知れば、きっと心配されます」

「どういうことですか? やっぱり、父のことをなにか知っているんですか?」

「いいえ」

「お願いします。わたし、父のことをなにも知らないので、知りたいんです。誰にも話しませんし、なんなら後日、ほかには誰にも話を聞かれないような場所をご用意しますので」

「本当になにも知りません。あの人のことは、少しも理解できません」

「やっぱりご存知なんですね」

「お話しできることはありません」

「あなたは、父が人殺しだと思ってらっしゃるんですか?」

 アネイは今まで、そんなことはこれっぽっちも信じたことはなかった。かつてセオという元調整者がそんなことを主張していたとしても、とっくに裁判で決着がついていることであるし、なにより、元調整者の言うことが信用できるはずがない。

 しかし、今この瞬間、初めて疑惑が自分の中で首をもたげたことにアネイは戸惑った。身元不明の初対面の女性と少し話しただけなのに。

「わかりません」

 そう言うことになにか特別な決意を持っているようにアネイには聞こえた。

「本当にわからないんです。ただ、フジカゲさんはたまたまその場にいたあなたのお父さんを殺したのではありません」

「え? いや、ただ父は運悪く――」

「違います。フジカゲさんは彼を選んで殺したのです」

「どうして父は殺されなくちゃならなかったんですか?」

「それはあなたには言えません。言っても意味がないと思います」

「どういうことですか!?」

「あなたの外見はお父さんに似ていますが、違う人間だから知る必要はありません」

「わかりました。あなたの話を聞こうとしたわたしが馬鹿でした」

 女性は一瞬、苦しそうに顔をしかめたように見えた。すぐにその表情は消え、軽く首を振ってから言う。

「これからフジカゲさんの面会に行くのでそろそろ」

「面会ですか?」

「今日の集まりの報告をするんです。わたしはあなたのお父さんを殺した犯人に頻繁に面会に行っては、社会情勢のことを話したり、お互いが出会う前の思い出話をしたりしてるんです。わたしはあなたにとって、とことん不快な存在です」

「そんなことは……でも、どうしてですか? その人とあなたは、どういうご関係なんですか?」

「ただの知り合いです」

「そうですか……」

「今日は集会で勝手な発言をしてしまって申し訳ありませんでした。ああいうことは言わないようにしようと思っていたんですけど、あなたを前にして、思わず言ってしまって」

「わたしを前にして?」

「あ、いえ……わたしの言ったことは忘れてください」

「そう言われても忘れられませんよ」

「わたしが言ったことはフジカゲさんの意志に反することでした」

「どういうことですか?」

「フジカゲさんは、セオさんのレポートをみなさんに信じてほしくないと思ってるんです。自分が狂って、なんの関係もない人を殺したと、その人が元特殊部隊員だったことは関係ないと、そう思われたいんです」

「あなたはそうじゃないと思っているんですね? セオさんを信じているからですか? いえ、そうじゃないですね。あなたにとって、フジカゲは特別な存在なんですね」

 アネイは右の指先でこめかみをもんだ。こんなに混乱したことは今までないと思った。わけがわからないのに、このマスクでほとんど顔が覆われている人のなにかが鮮烈に自分の中に入り込んできて、断片だけが確信をもって理解できてしまう。思わずフジカゲという名前を口にした時、口の中に植物の棘のような感触がした。

「別に特別ではありません。でも、わたしは彼がいるから、調整反対活動に参加しています。わたしにはもうなにもありませんが、彼がいるから生きているんです」

 彼女はわたしを不快にさせようとして、あえてこんなことを言っているんだろうか、とアネイは思ったが、なぜか不快にはならなかった。

「それのどこが特別じゃないんですか?」

「もう行きますね。活動、頑張ってください」

 彼女が差しだしてきた手をアネイは突然酸欠になったかのような夢見心地で握る。

「お話できて嬉しかったです、アネイさん。応援しています」

 彼女は自動タクシーに乗り込んで走り去った。

 目の前の駐車場に停めた車の中で待っていた母は、アネイが車に乗り込むなり、「誰と話してたの?」と尋ねた。

「勉強会に参加してた人。お母さん、あの人のこと知ってる?」

「遠くてよく見えなかった。なんていう名前の人?」

「えっとね」

 少しだけ迷ったが、アネイは言った。

「サヤさんって呼ばれてた」

「サヤさん? うーん、知らないな」

 母が知ればきっと心配する、という彼女の言葉。あれはでまかせだったのか。それとも、サヤというのは偽名? 母が嘘をついているとは思えなかった。

「なにを話したの?」

「熱心な人だからちょっと話しただけ」

「そうなの。嬉しいことだね」

「うん」

 それから、彼女の話題を出すことはお互いになかった。

 その翌日からアネイは、集会やその他イベントや人込みで、あの中年女性を思わず目で探している自分に何度も気づいた。しかし、マスクを外して髪型を変えていれば気づかないだろう。

あの勉強会の主催者に彼女のメールアドレスを訊いてメールを送ってみたものの、返信はなかった。

 やがて月日が流れると、あの女性は妖怪かなにかで、あの出会いは夢だったのかもしれないと思えてきた。年始の挨拶なら返ってくるのではないかと思って送ってみた時、送信エラーになってしまってから、その馬鹿馬鹿しい感覚はより強くなった。

 やがてその感覚も忘れた。一時期強まっていた調整権利推進派の勢力は、たくさんの国民の反対によって弱まってきてはいたものの、この活動に達成というものはないということにアネイは気づき始めた。肉体と認識能力の強化が人類進化の道であると信じる人々は、根強く存在している。

 これからもずっと、常に闘い続けなくてはいけない。科学技術が進歩し、政治の質が上がり、人権が強化され、すべての人の生活が保障され、アネイが生まれる前の一昔前と比べれば格段に幸福度の高い社会になったとはいえ、この社会を維持するために、努力し続けなくてはいけないのだ。

 やがて、アネイは活動に理解のある男性と結婚し、女の子を出産した。母は出産記念に、抱っこ紐と、赤ちゃん用の布団カバーを贈ってくれた。その布団カバーには、茶色の線で描かれた、見慣れない画風の母親と赤ん坊の絵がプリントされていた。

 この絵はなに、と尋ねると、これはお父さんの潜在意識データからつくられた絵柄なのよ、と母は答えた。

 かつて、そのようなデザインサービスをする業者があったらしい。母は何年か前に廃業した業者からそのデータをもらい受け、アネイに内緒で持っていたのだ。母が注文してつくってくれた、世界で一枚だけの布団カバー。

その絵の女性は、母にもアネイにも似ておらず、誰とも言えない匿名性があるように思えた。だからこそ、幸福の象徴に見える。

「アネイがお母さんになった時に見せようと思ってね。ぴったりでしょ?」

「うん、そうだね」

アネイは布団カバーをなでて微笑んだ。

きっと父は、優しい心を持った、素晴らしい人だったのだろう。アネイは嬉しい気持ちで、その絵をしばらく眺めていた。

お父さん、わたし、幸せです。

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発火する蛇 諸根いつみ @morone77

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