18
真夏のピークを迎えたと思えるよく晴れた日、わたしはタトゥースタジオの前で自動タクシーから降りた。帽子とサングラスをしていても、思わず外気にひるみそうになる。
うつむきながら玄関へ続く白い小道を歩いていると、「やあ」と近くで声がした。
青々とした芝が刈り込まれた庭の噴水のふちに、爽やかな青いシャツを着て、黒いサングラスをかけた男が腰かけていた。立ち上がると、スタイルのよさに惚れ惚れしてしまう。
「元気にしてる?」
声をかけられたわたしは、一歩後ずさった。
「うん、元気だよ」
反射的に笑みを浮かべる。
「そのサングラス、買ったの?」
「うん。どうかな。似合う?」
アギンはフレームに少し触れる。
「うん。似合うよ」
「よかった。サヤ、突然連絡取れなくなって帰ってこないから、心配したんだよ。ここで待ってれば来るかなあと思って、ずっと待ってたんだよ」
「そう。そう言えば少し日焼けしたね」
「そんなことはいいんだよ。まあ、サヤが元気ならそれでいいんだけど。ちょっと気になったから。今どこにいるの?」
「友達の家」
わたしは嘘をついた。本当は、作り話をして、DV被害者保護施設に入れてもらっている。
「アギンのことは、誰にも話してないし話すつもりもないから安心して」
「え? ああそのことか。それは別にいいんだよ」
「別にいい?」
「うん。とにかく、俺はサヤが元気かどうか知りたかっただけだから」
「怒らないの?」
「サヤは俺のことが好きじゃなくなっちゃったんでしょ? 悲しいけど、そういうこともあるよね。だから怒らないよ」
「そう。ありがとう」
好きじゃなくなったわけではないと言いたかった。わたしのことをどう思っているのかと問い詰めたかった。彼を目の前にして、その衝動がわき上がってきた。でも、そんなことをしてはいけない。意味がないし、わたしのためにならない。
「今日で完成だっけ? タトゥー」
「そうだよ」
「消しに来たわけじゃなくて?」
「ううん。完成させに来たんだよ」
「そっか。俺と別れたのに、ちゃんと来てくれて嬉しいよ。まあ、気に入らなかったら消して」
「うん」
「じゃあ、元気でね」
「うん。アギンもね」
「おう」
アギンは手を振って軽やかな足取りで立ち去った。やはり、アギンが不機嫌になっているところは想像できない。
スタジオの中へ入り、快適な冷気に包まれた瞬間、わたしの膝は勝手に折れてしまった。つるつるの床を両手の爪先が滑る。「サヤさん!?」とジビが駆けて来る音が聞こえた。
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